中国の南シナ海支配

元中部方面総監 松島 悠佐

2012・7・26

中国の南シナ海支配が最終段階に入ってきた。
 6月21日、中国国務院は南シナ海の南沙・西沙・中沙諸島を合わせて「三沙市」として新たに行政組織を作り、海南省の下に置くことを発表した。
中国政府は、西沙諸島の最大の島「永興島」に市政府を設立し、7月23日には市長と市議を選出し南シナ海一帯の行政機構の整備に乗り出した。
 7月19日に共産党中央軍事委員会が、新たに作られた「三沙市」に「三沙警備区」の設置を決定し、南シナ海の防衛体制を強化する姿勢を示している。
 中国軍はこれまでにも軍事力を少しずつ強化しており、1998~99年に西沙諸島の永興島に滑走路を建設し、軍事基地として使用している。
 中国軍の「警備区」は戦略上の要衝や大都市など重要な地域に設置されるのが通常で、「三沙警備区」が設置されたことは、南シナ海の今後の防衛態勢が格段に強化される事を意味している。
 南沙諸島・西沙諸島はベトナム・フィリピンとの間で領土権の係争中であり、中沙諸島のスカロボー礁をめぐってはフィリピンとの間に対立が続いている最中であり、7月12日にはアセアン地域フォーラム(ARF)が開かれて、アメリカも参加し領有権争いの平和的な解決を目指した話し合いをしたばかりだった。

 南シナ海の戦略的価値は大きく分けて二つある。その一つは豊富な海底資源であり、他の一つは、太平洋とインド洋を結ぶ海上交通の要衝としての価値である。
 南シナ海周辺諸国、フィリピン、ブルネイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアが鋭く対立しているのは、石油・天然ガス・レアメタルなどの海底資源の確保であり、特に南沙諸島には大規模な石油や天然ガス資源が眠っていると見られている。
 この海域の海底資源採取の可能性が認識されるようになったのは、1960年代から70年代にかけてのことであり、じらい、各国間の対立が激しくなり、長い間領有権争いが続いてきた。
 1994年国際海洋法条約が制定され、排他的経済水域(EEZ)が認められてからは、一つの島を領土にすれば、その周辺200海里(約370㎞)以内は、自国の排他的経済水域として、優先的に資源を開発する権利を得られることになり、領有権の争奪戦が激しくなっている。
 現在ではそれが複雑に絡み合って錯綜した状態になっており、台湾、フィリピン、ベトナムならびにマレーシアがそれぞれ一部の島に軍を駐留させ実効支配している。
中国はこれらすべての島々を自国海南省の一部だと主張しており、約十個の島と岩礁を占領し、海軍の艦艇を定期的に派遣して実効支配を確実にしてきた。

 だが、中国にとって南シナ海の価値は、単に海底資源の確保だけではない。
南シナ海は中国にとって太平洋正面ならびにインド洋正面に進出するための最重要海域であり、台湾~香港~海南島の重要地域を防護するために支配しておきたい戦略的な価値がある。
 中国の軍事作戦構想を[接近阻止・領域拒否(A2AD)]と呼んでいるが、まさしくその領域拒否として、アメリカに自由に使わせたくない海域が南シナ海である。中国が南シナ海領有を強引に進めているのは、こうした戦略的意味に着目しているからに他ならない。
 逆にアメリカとしては、南シナ海を中国が支配することなど容認できるわけはない。現在では世界の貿易船の四分の一が南シナ海を通過しており、米海軍もアフガンなど中東に向けた作戦の主要な後方連絡線として活用している。日本にとってもきわめて重要性が高く、中東からの原油を運ぶタンカーをはじめ貿易航路の主軸になっている。日米をはじめ国際的にも、南シナ海の通航の自由と安全を確保することは最低限の要件である。
 海域内における大きな島は海南島だけだが、その周辺は水深が深く潜水艦の展開に適しており、ここにアメリカ本土を攻撃できる弾道ミサイルを搭載した原子力潜水艦の基地が作られている。
 アメリカが毎年議会に報告している「中国の軍事力」によれば、海南島海底基地には、弾道ミサイル搭載攻撃型潜水艦、最新鋭戦闘艦の両方を数隻収容するに十分な規模の海底施設があり、その海底施設を出ればすぐ南シナ海の深海部につながっており、潜水艦は誰にも察知されずに重要な作戦海域に直接出て行くことができると分析している。
したがってアメリカは海底基地周辺の情報収集に懸命であり、他方中国側は海底潜水艦基地そのものを秘匿しようとする思惑からこれまでにも係争事態が度々発生している。
2001年4月には、海南島近くで、米電子偵察機(EP3)に中国の戦闘機が異常接近し、機体同士が空中で接触し、中国人パイロットが行方不明になる事件が起きた。その後米軍機は海南島に不時着したが、中国政府は乗員の米国人を一時拘束し、米軍機を分解し、米軍機の情報収集の実態や秘密漏洩の有無を検証した。

 2009年3月、南シナ海の公海上で調査活動中の米海軍の海洋調査艦「インペッカブル」が複数の中国艦船に取り囲まれ針路を妨害される事件が起きた。米中の両政府が互いに相手の行動を国際条約に違反した行為だと批判したが、事件が起きた海域は、中国の重要な軍事拠点である海南島に近く、中国軍の活動を監視するために、米軍が日常的に情報収集活動を行っている海域である。

 アメリカの思惑は、南シナ海における安全な通航権を確保するとともに、中国がこの戦略的な要衝を勝手に利用することを排除することだろう。
 逆に、中国は南沙・西沙・中沙諸島を自己の牽制下に置いて、南シナ海に支配的な影響力を及ぼそうとしている。
 両国の思惑は平行線をたどっており、妥協の余地は少ない。

 アセアン地域フォーラム(ARF)において、アメリカも参加し南シナ海の領有権争いの平和的な解決に向けた話し合いをするのだが、アメリカと南シナ海周辺諸国との足並はなかなか揃わない。
 中国の領有権問題の対応は深謀遠慮で、ジワジワと長い時間をかけて進めるが、愈々となったときには一気呵成に進めてくる。
 今回、「三沙市」を設置し行政機構を整備し、「三沙警備区」を設けて軍事態勢を強化してきたことは、愈々領有支配を決定的に行動に移してきたと見るべきだろう。
これからは米中の確執が先鋭化すると思われるが、中国としてはそのことも織り込み済みと思われる。現在、アメリカ経済の対中依存度はきわめて高く、アメリカとしてもなかなか思い切った手が打てないからである。
 わが国が注意しておかなければならないことは、南シナ海でやってきた事が、東シナ海でも行われているという事実であり、米中の確執が東シナ海に波及してくるのも時間の問題と見ておく事である。
 尖閣諸島を中国の領土だと言い始めて既に40年、自国で勝手に制定した領海法に領土と明記し国際的に公言しはじめてから既に20年が経ち、最近では漁業監視船が尖閣諸島周辺を我が物顔に航行している。
 中国海空軍・ミサイル部隊の増強が著しく、わが国の南西諸島~台湾~フィリピンを結ぶ第1列島線での防衛体制が逐次整い始めてきた。
 南シナ海での手法をよく見ておかないと、わが国も対応を誤る事になる。
残された時間はあまりない。このままだまって見ているとやがて尖閣諸島にも手をかけてくるだろう。
 今やるべき事は、中国に手出しを控えさせるために日米防衛体制を強化する事だろう。中国は強い相手には向かってこないからである。