核装備の流れに思うこと

星槎大学非常勤講師、元陸上自衛官  森 清勇

東西冷戦が熱戦に代わることはなかった。米ソ(当時)両国は核兵器を保有するどころか、理論上は、オーバーキルと称する、一度ならず何度も相手国を破壊・殺傷できる核兵器を保有した。相互の核保有が、核の使用は破滅以外の何ものでもないことを悟らせたのである。
 また、疑心暗鬼が必要以上の核装備をさせたが、相互確証破壊という戦略理論の確立と必要以上の保有がもたらす国家財政の圧迫が削減交渉のテーブルに向かった。
 兵器の常道で、攻撃兵器の槍が作られると、それを防ぐ盾が作り出される。戦略攻撃ミサイルにも間もなくして迎撃ミサイルが登場した。センチネル計画として開発され、後にセーフガード計画と呼ばれたもので、大気圏外でスパルタン・ミサイルが迎撃し、撃ち漏らしたものを大気圏内でスプリント・ミサイルが迎え撃つ仕組みであった。
 しかし、迎撃兵器の存在は攻撃兵器の引き金を引きやすくする、すなわち攻撃兵器を野放しにする結果になり、戦略兵器削減交渉にも悪影響をもたらす。即ち、迎撃ミサイルの配備は、戦略兵器を制限しようという機運を台無しにするものであるということから、完成して数年もたたない中に制限され、遂には廃止される運命をたどった。
 迎撃ミサイルが禁止されたもう一つの理由は共に核弾頭による迎撃で、被害が自国にも及ぶという恐怖もあったであろう。こうして、新たに出てきた迎撃ミサイルがTMDと称される戦域ミサイル防衛システムで、非核のイージス艦搭載SM-3とペトリオットPAC-3である。
 その後、核兵器は国家存続の保障や名誉を勝ち取る政治兵器としての活用に重点が移りつつある。北朝鮮が核ミサイルを持ちたがっているのも、イランが同様の動きをしているのも、ともに核クラブに入って政治力を発揮したいという意思表示であろう。しかも、核を巡って翻弄されたサダム・フセイン(イラク)やカダフィー大佐(リビア)の最後を知っているだけに、核への執着はなお一層強いものがあるようだ。
 ところで、インドとパキスタンが7年ぶりの首脳会談を行い、関係改善の道を歩み始めた。パキスタンのザルダリ大統領はインドのシン首相に対して、インドと中国が領土問題を抱えながらも過去4年間に貿易額を2.4倍も拡大させたことを引き合いに、印パ間にもカシミール帰属問題があるが印中モデルを適用できないかと提案したという。
 核兵器の保有が地域の安定につながる一つの証左ではないだろうか。日本は非核3原則で核兵器を作らない持たないとしているが、北朝鮮の核装備問題、更には核の脅しを陰に陽に行うようになった中国に対処するためにも、国際社会に見える形での「真剣な核論議」が必要であろう。

(平成24年4月11日記す)