戦後の虚構

森 清勇

 昨年5月、ドレスデンやポツダムなどを訪れた。ドレスデンの聖母教会は無差別爆撃を受け崩壊したが、漸く2005年に復旧再興した。黒焦げに破壊された瓦礫をコンピュータを使って復元し、不足部分には新しい材料を使用したので、白黒のまだら模様になっている。破壊した英米にみせしめる痕跡を残したところに執念深さが読み取れた。
 ポツダムは戦後ソ連に占領されベルリンの壁の東側に所属し、美しい町並みがソ連将校のみすぼらしい建屋の林立で一変したという。ホーエンツオレルン家の狩猟館に米英ソの首脳が会して日本に発したのがポツダム宣言(1945.7.26付)である。
 日本政府はこれを受け入れた。そこには過誤を犯せるものの除去、主権の範囲、武装解除など7項目からなる条件が示されていた。民主主義的傾向の復活と共に言論・宗教・思想の自由・基本的人権の尊重もあり、政府が交渉して受け入れた「条件付き降伏」であった。
 連合国はその直後から、日本があたかも無条件降伏したかのように振る舞い、9月6日に連合国最高司令官マッカーサー元帥に発出した通達では「我々ト日本トノ関係ハ、契約的基礎ノ上ニ立テイルノデハナク、無条件降伏ヲ基礎トスルモノデル」と、「無条件降伏」を明記している。
 こうして、宣言で保障された言論、宗教、思想の自由などは検閲と称する手段でことごとく反故にされ、今日に至るまで東京裁判史観が跋扈し、日本国民を自虐史観が翻弄している。その延長線上に従軍慰安婦問題も南京大虐殺問題もある。
 他方、ドイツはヒットラー政権が自滅して無政府状態となり、連合国が分割統治することになった。交渉するドイツ政府が無いわけで、まさしく無条件降伏以外の何物でもない。しかるに、戦後の態様を見ると、日本は軍隊を廃止し、教育は米国使節団によって米国式に改編させられた。ドイツは軍隊を保有し、教育も自国の思うとおりにやってきた。あべこべになっているが、どこでどう間違ったのだろうか。

(平成23年12月25日記す)