「民主主義」考で日本のメルトダウンを防げ

元自衛官(陸上) 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

  不信任決議間違いなしと見られていたが、本会議直前の「一定のめど」協定で不信任案は否決された。驚くのはその後の寝返りである。大差で否決したのだから「菅政権は信任された」と公言して、政権維持としか思えない法案作りに励む。腰が座っていない岡田幹事長はちょっとした揺さぶりでぐらつくことを見越して、党の意見にはほとんど耳を傾けない。

 国民は、非常時における宰相としての資格がないと知っており、総理の座に居座る不見識に失望している。こうして首相の座をメルトダウンさせてしまった。菅首相をその座に付けた民主党には党是もない状態なので、党としてはとっくにメルトダウンしており、党が選んだ代表に鈴さえつけることが出来ない。

 自民党をはじめとする野党も、被災者や被災地復興への熱意が見えない不甲斐ない政府をいかんともすることが出来ない。今や日本のメルトダウンへと一直線に向かいつつあるのを、如何にして防ぐか、この一点に焦点は絞られている。

  ここに来て、大きな疑問に曝されているのが、「民主主義」ではないだろうか。いや、正確にはデモクラシーというべきであろう。ポツダム宣言によって持ち込まれた米国型民主主義である。

 ポツダム宣言に「日本国政府ハ日本国国民ノ間ニ於ケル民主主義的傾向ノ復活強化ニ対スル一切ノ障害ヲ除去スベシ」、とあった文言に烈火のごとく反発したのが石橋湛山であった。湛山は、デモクラシーでこそなかったが、日本には聖徳太子以来の民主主義があった。17条憲法がそうであり、明治の欽定憲法もそうだった。また五箇条のご誓文も民主主義の結晶であると嘯き、米国なんぞに言われるまでもない! 米国に言われて民主主義を取り入れるなんぞ、日本の恥じであり、先祖に対する冒涜である、という趣旨のことを述べている。

  ヒットラーも民主主義的に選ばれ、国民熱狂のうちにドイツを崩壊させてしまった。民主主義には、日本人が思いもつかない危険も潜んでいる。

 今こそ、「日本」を崩壊させないために、「民主主義」を考える時である。

(平成23年6月27日記す)