リビア情勢から思うこと

元自衛官(陸上) 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

  リビア情勢の推移を見ながら、2点について思いを巡らしている。

  第1点は傭兵からの連想である。報道によると、自国の軍が相次いで離反するなか、首都トリポリ防衛を固めたカダフィ大佐は、一日2000ドル(16万円相当)でチャドやスーダンなどの近隣諸国から傭兵を募集していると当初の段階で伝えられた。
その後の情勢は定かでないが、実際、首都が包囲される情勢になったとき、数千人規模とみられる傭兵を使って反体制派への猛烈な反撃に出たことが報道されている。トリポリ住民は、傭兵部隊が市内各地のモスク周辺でデモ参加者を無差別に銃撃していたとも話している。傭兵だから、リビアの市民に被害が出ようが、リビアの国がどうなろうが、はっきり言って関係ないと思っているだろう。
 これから思うことは日本のことである。日本は少子化で、有力政治家が(思いつきで、熟考ではないと思うが)1000万人のアウトソーシングを提案したりした。また、防衛費の伸びが期待できない一方で国際活動など従たる分野は増大している。こうしたこともあって、自衛隊も選択と集中で兵站業務や駐屯地業務などの後方業務をアウトソーシングで賄う効率的な運営をしたらどうかと説く識者(と称する人)もいる。
 しかし、自衛隊の特色は自己完結能力である。後方業務はその自己完結性の重要な一つの輪である。アウトソーシングすると言うことは、この輪を普段(平時ということで)に欠くことを意味するのではないだろうか。
 また、後方・兵站といえども、「身を賭して」任務に殉じる隊員でなければ、緊要な時に指揮統率ができないわけで、大いに問題があるのではないだろうか。民間人にアウトソーシングして、隊員を減らしていったら、有事や今次災害のような非常時の隊員は出せないし、それこそ、国民の負託に応えられないことになる。隊員確保こそが自衛隊の基本中の基本であることが忘れられようとしている。

  第2点は核問題である。カダフィ大佐は2003年に核開発を断念し、国際社会から歓迎された。しかし、今回のような民衆の立ち上がりと、それに続く欧米諸国の反政府支援を見て、どのような感慨を抱いているだろうか。
 リビア情勢ばかりでなく、民主化要求の発端であったチュニジア、続くエジプト情勢などに、北朝鮮は固唾を呑んで注視していると思われる。そして、いかなることがあろうとも核は手放さないという意思を固めているのではないだろうか。
 日本からは遠いリビア情勢であるが、日本や北朝鮮に大きな示唆を与えているように思えてならない。

(平成23年4月5日記す)