フジタ社員拘束で思い出すこと

元陸自北海道地区補給処副処長・現星槎大学非常勤講師  森 清勇

2010年9月7日、尖閣諸島「久場島」北西約12キロ付近をパトロールしていた海上保安庁の巡視船「みずき」が日本領海で違法操業していた中国漁船「?晋漁(みんしんりょう)5179」を発見し、退去するよう命じた。
しかし、漁船は命令を無視して違法操業を続けた挙句、巡視船2隻(「みずき」「よなくに」)に体当たり衝突を繰り返し、逃走しようとした。

 従来、尖閣諸島では中国への配慮から日本は例外的に領海外への退去を命ずるだけであったが、今回は翌8日、悪質として公務執行妨害で船長を逮捕し、その他の船員と漁船も連行した。

中国は該地域を自国領であるとして逮捕は非合法で効力はないと主張し、「関係海域周辺の漁業生産秩序を維持し、漁民の生命・財産を保護する」という目的で同海域に向け漁業監視船を既に派遣したと発表した。

また、駐中国日本大使を4回(深夜を含む)も呼び出し、逐次高位の人物が対応する形で執拗に抗議した。
この間、中国は様々な報復措置を行ってきた。報復措置をみると、かなり計画的で即興的でないところからは周到に準備されたもののようであった。

日本政府は、事情聴取していた船員14名を13日帰国させたが、船長については19日に拘留延長を決定した。
その翌日(20日)、日中の政府協定に基づく遺棄兵器処理に従事する中堅ゼネコン「フジタ」の社員4人が中国河北省石家荘市で拘束された。
日本が25日に船長を釈放すると、3人が30日解放され、残る1人も10月9日に解放された。

帰国した社員は、軍事管理区域と気付かずに入り写真撮影したと説明しており、民兵の倉庫などがあるという軍施設に通じる道路の入り口には、部外者の立ち入りを制限する軍事管理区域を示す標識は見当たらなかったとも言っている。
この事実から見ても、船長の拘留、更には延長に対する意図的な報復処置の可能性が大である。


こうした一連の行動から思い出されるのが、かつて203高地を訪ねたときのことである。
203高地一帯は1990年代初頭、観光客に開放された。
1999年に旅順をはじめとして、ハルピン、長春(旧新京)、瀋陽(旧奉天)など、かつて満鉄が敷設され発展した地域をツアーで回った。

203高地周辺では「ここは開放されています」とか、「ここから先は非開放地域です」などと教えてくれるが、それを明示する標識などは見当たらない。
しかし、ツアーガイドに教えられたのであるが、2名の公安が我々からやや離れて付いてきており、監視されていることが分かった。
行動は慎重にするが、ハッキリした表示がなく、どこまでが許されるのか判断に困ったことがしばしばであった。
要するに、公安の意思次第というわけである。これが彼らにとっての妙味なのかもしれない。フジタ社員の場合も、「標識は見当たらなかった」わけであるが、後で標識が「在った」ように工作をすることなど朝飯前である。

ツアーで訪ねる少し前、旅順・大連との貿易に関わって何度もこの地域を訪問したという社長が、うっかり非開放地域に足を踏み入れ拘束されという新聞報道があった。
記事では要求を聞かないとパスポートに「好ましからざる人物」と注記して、二度と入国できないようにする旨脅迫され、莫大な保釈金を要求されたたということであった。

旅順港の詳しい地図を売っていたので買おうとした時、シーボルト事件(オランダ商館付医師で、帰国時に持ち出し禁止の日本地図が見つかり、国外追放・再渡航禁止の処分を受けた)を思い出した。
販売している地図と持ち出し禁止の地図では大いに異なるが、どんな言いがかりをつけてくるか分からないのが該国である。ガイドによくよく確認して購入したことを思い出す。

(平成22年11月記す)