自衛隊理解の難しさか、教育訓練についての指摘か

―曽野綾子氏の一文を読んで思ったこと―

元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

 東日本大震災で自衛隊が活躍し、多くの国民の目に留まった。そして、自衛隊に対する好感度は非常に高まった。しかし、自衛隊は災害派遣に専従すればいいという意見が多かった世論調査結果などを見ると、理解には程遠かったと思った。
 産経新聞に定期的に掲載されている曽野綾子氏の「透明な歳月の光」や「小さな親切、大きなお世話」にはいつも目の付け所、表現の仕方などで感嘆することが多い。内容的にも、頷けることがほとんどである。自衛隊についても時々言及されているが、肯定的な評価やサポート風の物言いで、関係者は勇気を貰ってきたように思う。
 氏夫妻は防衛大学校に関心を寄せ、三浦朱門氏は関連した著書をだし、曽野氏は自宅で防大生がボランティアをしてくれたという話をされたこともある。
 そうした防大生を通じて、また各所で記述される文面を通じて自衛隊にもかなり通暁されていると思ってきた。しかし、次のコラムを読んで、待てよ、自衛隊を理解するのはこれほど難しいということかと思い直した。
 (平成26年)7月27日付コラムの前半(車で米国から中米まで走っていた時やサハラ砂漠を縦断した「武装しているか」と聞かれた話と、「軍というものは、いざという時には人を殺すことも、自分が死ぬことも前提に入れている人が就く仕事だ」)の言説には自身の経験に照らして納得した。他でもないが、留米した最初のオリエンテーションで、ピストルを持っているか、もっていなければ持ちたいかなどの質問があったし、その後の自衛隊でも気持ち的には生死を超越する域に置こうとしてきた積りである。
 ところが後半の実戦的な状況に遭遇した時の自衛隊の反応についての記述では、イラクに派遣された隊員の自殺者が増えたと聞いたとして、隊員で任に堪えなかった惰弱な若者が増えていたと断言される。
 そうかな~と頭をかしげ、続く「実戦が始まれば、すぐに自衛隊を逃げ出す人がいるのも確かだろう。しかし中にはそれこそ自衛隊のみが出来る本来の責務だと考える人もいるだろう」という言説にはやや戸惑った。
 「中には」という用語は、前半の行動をとるのが大部分であろうがあるが、幾分か(少数)は「(実戦こそ)自衛隊のみが出来る本来の責務だと考える」と言っているように理解できる。
 そうした意味で書かれているのであれば、誤解されているか、あるいは自衛隊の(精神)教育や訓練について(欠陥があると)指摘をされているかのどちらかではなかろうか。
(平成26年7月28日記す)