全学連は生きていた


元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

 昨日(8月31日)、本郷の東大付属病院に入院している友人の見舞いに行き、帰り際に赤門を出ると、学生たちが大きな声を出してビラを配っていました。受け取ってみると、「学生運動の力で 安倍たおそう! 戦争とめよう!」「9.3~4 全学連大会へ!」と書いてあります。「違うよ、違うよ」と言いましたが、きょとんとしていました。
 3.11(2011年)原発事故後、法政大を先頭に、京都大、東北大、福島大、広島大、富山大などで、学生自治会再建の戦いをやり抜いてきたと書いてあります。往年の勢はないが、第75回定期全国大会と書いてあるところからは存続はしていたようです。
 また、新宿駅西口では「戦争をさせない1000人委員会」なるものが演説し、「戦争させない 9条壊すな 9.4総がかり行動」「戦争関連法案成立を阻止しよう 憲法破壊の安倍政権を退陣させよう」などと書いたパンフを配っていました。
 委員会には大江健三郎、落合恵子、菅原文太、瀬戸内寂聴、鳥越俊太郎、なかにし礼などが名を連ねております。朝日・毎日系でしょうが、9条守って日本沈没ということを知らないわけではないでしょうから、罪です。

 全学連に関心があるのは、大学院時代徹底して研究の邪魔をされたからです。昭和41~43年(1966~68年)は70年安保改定を控えて全学連の最盛期で、学部学生は昼間から集会を開き、総長をつるし上げていました。総長の横には侍医が居て、注射を打ちながら心配そうに見守っていたものです。こうした光景は一度や二度ではありません。
 全学連にも中核派や革マル派などがあり、双方がヘルメットを被って信長時代のように列を作り、手に持った青竹などで戦闘宜しくガチンコして、構内は静かな雰囲気ではありませんでした。
 核融合を研究していたこともあり、七夕の短冊には牽牛・織姫の代わりに「原爆研究」などと書かれ、トイレには「自衛官帰れ」の張り紙が散見されました。
 研究室の教授や助教授、技術助手や同僚院生の理解と協力で、午後から実験準備にかかり、夕方から深夜にかけて実験する日々が卒業するまで続きました。若かったこともあり、明け方には宝ヶ池のアベックを覗き見に行ったりしたものです。

 全学連も1000人委員会も安倍政権退陣に邁進するようですが、折角「日本を取り戻そう」としている政権の道をふさがない様に、彼らに「反対」を言うのは、自衛隊OBたる者の役目であろうと、思いつつ帰宅しました。(平成26年7月28日記す)