ビスマルクの示唆は生きている


元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

 松岡洋右外相はスターリンと談判し、不可侵条約を提案する。スターリンは中立条約ならば結んでもいいだろうと譲歩、1941年4月締結する。
 当時の日本では南進論が主体で、ソ連とは敵対しておらず、大東亜戦争終末期には停戦仲介を依頼しようとした国であった。
 中立条約の有効期限は5年で1946年4月まで。どちらかが1年前に破棄通告しない限り更に5年間有効であった。ソ連が破棄通報したのは1945年4月5日で、日本がポツダム宣言の受諾交渉をしていた8月はまだ中立条約の有効な時期であった。
 日本の立場からすれば、ソ連が一方的に条約を破ったのは確かである。日本は北方領土奪還を目指す根拠として、ソ連の違約を論難し続けている。当然である。
 しかし、その前にはある動きがあった。
 ドイツが独ソ不可侵条約を破ってソ連に侵入した1941年6月、松岡は突如として北進論を主張し、ドイツに連動してソ連を挟撃するべきだと言い出したのである。
 これが実現していれば、日本が中立条約に違約することになったであろう。
 ここで思い出すのが岩倉具視を団長とする遣欧米使節団に対してビスマルク宰相やモルトケ参謀総長が語った、万国公法(今日の国際法)は強いものに味方し、弱い国は泣き寝入りするよりほかはないという話である。
 くだけて言えば、国際信義と安全は別物であるということであろう。



 強国ロシアを目指すプーチンのブタペスト覚書(ウクライナの領土一体化保障)の反故化、大国中国を目指す習近平の南シナ海や尖閣諸島における動きなどは、ビスマルクの示唆を地で行くようなものである。
 中国は中英合意も解釈の相違で破棄した。習近平はマカオが中国に返還された15周年の式典で、改めてマカオの自由は中国が決めると明言した。明らかに香港の自治に対する中国の意志表明である。
 香港の自治を巡って、市民と香港特別行政区政府の間で見解の相違が発生した。特別行政区政府が中国の意向で動いていることは明確だ。
 英国が共同宣言の有効性確認のために訪中議員団を送ろうとしたが、中国側が拒否した。香港に50年間保持するとした「高度の自治」を明記した1984年の「中英共同宣言」について、返還された97年まで有効であったが「今は無効」で、確認の必要はないということであろう。
 見解の相違は2014年12月に開催されたAPECでの日中首脳会談に先立って合意したとされる4項目についても明らかになっている。中国は今後、日本の理解と異なる解釈で尖閣諸島や靖国問題で出てくるであろう。
 国際社会が化かし合いであることはキューバの対中・対米行動にも表れている。2014年10月にキューバを訪問した習主席は、アメリカの裏庭を勢力圏に収めたと意気揚々として引き揚げて行った。
 しかし、それから2か月後、キューバがアメリカと会話を始めるとは夢にも思わなかったに違いない。
 国際社会は一段と複雑怪奇さを増している。地球儀外交で友邦国を作る一方で、自分の国は自分で守る立場から足元をしっかり固めなければならない。

(平成27年1月7日記す)