似て非なるギリシャと日本の「危機」
 ―放漫財政と平和ボケの付け―


元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

 歴史に燦然と輝いたギリシャである。しかし、オリンピック100周年を記念して発祥地で開かれたアテネ・オリンピックでは、金融不安から施設建設が計画どうり進捗せず国際社会をやきもきさせた。
 その後も、EUやIMFに緊縮財政を確約して借金するが、国民に阿(おもね)り放漫財政を抑えることができなかった。それ以後も、何回か危機に見舞われる。しかしその都度、EUやIMFの支援受けや返還延期などを許されてきた。
 日本人には考えられないような、ギリシャである。遂には、選挙公約で緊縮財政を採らないとする、国民迎合の政策を打ち出したチプラス首相を選ぶ。EUもIMFも度重なる延滞などに、今回は業を煮やしたようである。
 一旦肥満した体型を引き締めることは、文字どうり「言うは易く行うは難し」だ。飴玉だけを与えられてきた子供に、急に鞭で対処しようとしても簡単にはいかないということでもあろう。



 「戦争は嫌い」は万国共通であるが、いざという時には「自国のために戦う意思があるかどうか」となると、国によってはっきり分かれる。ジュネーブに本部を置く各国の世論調査機関が加盟する「WIN-ギャラップ・インターナショナル」が64か国・地域で実施した結果を2015年3月18日に発表した。
 情勢が不安定なモロッコやパキスタン、ベトナムなどは80~90%台、独裁的国家の中国やロシアで60~70%台、民主主義国家の米国や仏英などは30~40%台であるが、日本は最下位で11%でしかない。
 この支持率からも日本が特異な国といえるが、他方で、「(戦う)意思なし」が43%、「(戦うかどうか)分からない」が47%と、調査対象国中で最高になっている。
 「(侵略)戦争はしない」(侵略戦争はしない)ことは不戦条約にも合致するが、同時に理不尽に他国から攻められた場合の「守り」、すなわち「自衛戦争」の権利までも放棄してしまった日本の姿を正しく顕示したと言えよう。
 安保法案は日本の存亡にかかわる最重要法案であるが、国会ではそうした論戦はほとんどなく、「リスクが増大する」という野党や市民の声ばかりが大きくなってきた。
 日本が二度と戦争できない国にすることを意図した米国の目論みは、見事に結実してきた。「憲法在って国滅ぶ」は現実になりつつあり、煽動しているのは象牙の塔にいる憲法学者たちであろうか。
 ギリシャは放漫財政で自滅しつつあるが、日本は平和憲法で坐して死を待つことを本当に望んでいるのだろうか。

(平成27年7月1日記す)