退役老兵の独り言

海自OB 中原 信久

はじめに
 私が海上自衛隊に入隊したのは昭和49年3月のことである。入隊先は広島県呉市にある呉教育隊、海上自衛隊の新兵養成部隊である。入隊したその日は奇しくも私の18歳の誕生日で、爾来、平成22年3月、54歳の定年退官まで海上自衛隊に勤務した。
 昨年は戦後70年であったから、その約半分の期間・36年間を海上自衛隊にお世話になったということになる。在職中の階級は2等海士に始まり、最後は1等海尉であった。
 防衛大学校、一般大学出身者ではなく、いわゆる兵隊から特務士官になった“たたき上げ”である。兵の仕事、下士官そして士官の勤務も経験しているので、それぞれの立場の気持ちもわかる、と思っている。退官して約6年たつが、まだまだ現役との付き合いも浅くなく、後輩からの相談に乗ることも少なくない。
 自分が育ってきた海上自衛隊と現在の海上自衛隊を比較するつもりはないのだが、現役との付き合いを通してやや気になる面もあり、老婆心ならぬ老兵心として後輩の下士官・兵の皆さんの参考になればと思い、筆をとった次第である。

水上艦艇勤務における信頼関係
 36年間の海上自衛隊勤務のうち31年間を水上艦艇に乗り組み、海上で過ごした。
 海上での行動・航海は長い、2週間上陸できないなど序の口である。また、年間の約半分は家で過ごすことがない。海上での訓練、訓練の繰り返しである。現在はもっと大変で、訓練に加え海賊対処とか尖閣諸島方面への行動、はたまた外国との共同訓練等々、私が過ごした時代よりはるかに長い期間を海上で過ごしているようだ。
 水上艦艇勤務は海上自衛隊の職域の中ではかなり厳しいものだと思う。(もっとも潜水艦勤務には足元にも及ばないと思うのだが。)訓練に次ぐ訓練、緊張を強いられる任務行動、当然酒など飲めない禁欲生活の連続である。このような状況下で多くの男たち(最近は女性も艦に乗り組んでいるが)が顔つき併せて暮らしていることになるので、特に水上艦艇勤務にあっては信頼関係が重要になってくる。
 数年前、某護衛艦でいじめが発生し、いじめを受けた乗組員が自殺するといった痛ましい事件があった。チャンネルNipponでも海上自衛隊OBの元艦長がその原因等について投稿されている。(「護衛艦乗員の自殺に想うー元艦長からの直言」及び「護衛艦乗員の自殺に想う(追記)ー元艦長から再び直言」 )
 この事件の最大の要因は、同僚はいじめを目撃しながらも我関せず、上司もまた見て見ぬ振り、など当該護衛艦の艦内における信頼関係が体をなしていなかった、ということだろう。
 上司が部下を信頼し「情」・「部下を思いやる気持ち」をもって接し、部下は上司の「情」に応えるべく任務完遂に邁進することが、特に水上艦艇勤務にあっては必要である、ということをよくよく再認識してもらいたいと思う。
 指揮官はいわば神輿である。神輿は組織のトップなのだが、担ぎ手なしでは歩けない。僭越ながら、指揮官は担ぎ手である部下を大切に思う心を常に持つこと、そして部下は神輿を懸命に支え、それに応えることが大事なのだ、と思う。また、同僚への気配りなども極めて重要であることは言うまでもない。手前味噌になるが、私は退官後の今も親父と呼べる指揮官に巡り会えたし、私を兄貴・親父と慕ってくれる元部下もいる。一生の財産を手に入れたと思っている。

職務に対する心構え
 水上艦艇には大砲、ミサイル、魚雷を扱うセクション、レーダー、電波逆探知装置、情報等を所轄するセクション、エンジン、発電機などを受け持つ部門、さらに給食、衛生、物品そして搭載するヘリコプター関連部門と多岐にわたる職務があり、これらが一体となって艦の任務行動を遂行する。
 各部門にはそれぞれに士官の長が配置され、その下に下士官、兵がつく、という組織の構成になっている。士官、下士官そして兵と、受け持つ役割と責任の度合いは異なっており、 当然、階級が上になるほど責任は重くなってくる。士官は受け持つセクションの指揮を執り、 下士官、兵は指揮にしたがって役割を遂行することとなる。簡単に言えば、士官が号令をかけ、これに基づいて下士官、兵は弾を撃つとか、エンジンの回転数をあげるとか、の具体的なアクションを起こすということである。
 チャンネルNipponに昨年2月から:みね姉の見た「防人たちの素顔」:が連載されている。峯まゆみさん(女性)が自衛隊基地訪問時等に接した自衛官の素顔を紹介しているのだが、なかなか軽妙な筆致で毎回楽しみに読んでいる。
 その中の「その17」に「自衛隊を支えるスペシャリスト」と題したものがある。これは、 士官と下士官の違いを述べたものなのだが、階級を単なる上下関係ではなく、士官と下士官の関係を「役割の違い」と分析している。下士官はその道を究めたスペシャリストであり、自衛隊の任務遂行を支えているのは、このスペシャリストだというのだ。士官と下士官の関係をこのように分析した民間の人は私には初めてである。見事な観察力である。
 私の下士官・兵時代の水上艦艇における職務は、レーダー、電波逆探知装置、情報等を担当する職域名「電測」である。その部門に所属する下士官・兵は「電測員」というスペシャリストの集団(もちろん、階級、経験による技量の差はあり、スペシャリストの卵もいる)であり、電測員の長は「電測員長」である。水上艦艇において「○○員長」というのはスペシャリストの最上位、Veteranであり、Veteranは若年士官の教育にも関わらねばならないし、艦長にも直言できるスキルも保有していなければならない。私は「電測員長」として3隻の練習艦に乗り組み、合計8年半にわたり勤務した経歴を持っている。そこで、峯まゆみさんの稿も参考に下士官・兵の勤務に対する心構えを述べてみたいと思う。
 まずは、最低限階級に見合った仕事ができること、そして、この段階をできるだけ早くクリアーし、より上位の仕事を任せてもらえるようになること、である。
 「階級に合った仕事ができれば良し」では、なんとも情けないことなのだ。誰にも負けない仕事をする、そして、実力をつけ、スペシャリストとなり、上司からも部下からも信頼を勝ち取り、最終的には技量・実行力等あらゆる面に優れたVeteranの域に達することを目標にしてもらいたいと思う。各人のスキルが上がれば上がるほど所属するセクション、チームの力は向上し、最終的に艦の任務遂行に大きく貢献することになるのだ。

おわりに
 間もなく安全保障関連法が施行され、海上自衛隊の任務行動はさらに拡大することが予想される。下士官・兵の皆さんには、艦における強固な信頼関係を土台とし、スペシャリストまたVeteranとして任務遂行に貢献していただきたい、と切に願っている。(了)