退役老兵の独り言 その2
士官候補生と下士官

海自OB 中原 信久

 先に配信された「退役老兵の独り言」において、私は下士官時代「電測員長」として練習艦3隻に合計8年半勤務したと述べた。そして、その際の経験を基に後輩の下士官・兵の皆さんに勤務上の参考事項を申し上げたところであるが、今回は「退役老兵の独り言 その2」として士官候補生と下士官の関係について述べてみたいと思う。

 海上自衛隊における士官候補生には防衛大学校出身者、一般大学出身者に代表されるいわゆるキャリア組と、下士官から選抜された部内出身者、そして航空学生からの飛行幹部候補生がある。(私は士官候補生ではなく、士官予定者としての教育訓練を経て特務士官となった。)防衛大学校・一般大学出身者をA幹(幹:幹部の略)、部内出身者をB幹、士官予定者をC幹と俗称している。さらに、C幹については年齢が高いので親しみを込めて:とっちゃん幹候:とも呼ばれている。
 士官候補生及び士官予定者の教育は、海上自衛隊幹部候補生学校においておこなわれている。海上自衛隊幹部候補生学校は広島県江田島市の旧海軍兵学校跡地にあり、旧海軍当時の生徒館(いわゆる赤レンガ)、大講堂など旧海軍の面影を色濃く残している場所である。(数年前、NHKにて「坂の上の雲」が放送されたが、そのロケ地ともなった。)
 士官候補生の教育期間はA幹1年、B幹8ヶ月半、飛行幹部候補生が半年、士官予定者は4ヶ月半であり、士官としての素養、心構えを座学、鍛錬行事(山登り、カッター競技、遠泳その他)などを通じて身に着けていく。幹部候補生学校校内における教育訓練に加えて校外実習があり、その代表的なものが練習艦、護衛艦等艦艇に乗艦しての実習(乗艦実習)である。私が勤務した練習艦は護衛艦隊などの実動部隊ではなく、専ら実習を通じて士官候補生等の教育・指導に当たることを任務とする艦艇であり、士官候補生等に「現場」という活きた教材を提供する所である。練習艦の乗組員は艦長以下全乗組員が教官として士官候補生等の教育・指導に当たっており、その教官の最先端に位置する下士官が前回において述べた「○○員長」・Veteranである。前置きが長くなってしまったが、士官候補生と下士官の関係を、練習艦における乗艦実習を通じての教育・指導を題材に述べてみたい。
 なお、記述の発散を避けるため、教育・指導の対象をキャリア組・A幹の士官候補生に絞って話を進めていく。

 キャリア組に対する教育・指導は、将来の指揮官、はたまた提督となるであろう士官候補生を徹底的に鍛えるということにある。大学を卒業して海上のことを何も知らない者が教育・指導の対象である。(防衛大学校出身者は防衛大学校在学中、数回の乗艦実習経験はあるものの、艦における実務が確実・迅速にこなせるレベルにはない。)いわゆるド素人に対して昼夜を問わない訓練、船酔いに苦しみながらの各種実習、狭い空間でのプライバシーのない生活などを体験させ、強い士官となるための基本、海上武人としての心構えを体得させるのである。したがって、指導を受ける方も指導する側も大変である。
 私は妥協を許さない教育・指導を徹底しておこなったので候補生からは鬼とも悪魔とも呼ばれていたが、士官の部下となる下士官の立場から考えると、:士官なかんずく指揮官には「良き命令」を発して欲しい:との思いがあったからに他ならない。
 :指揮官の命令が「良き命令」であれば部下は「理性ある服従」をもって応える:という私の信念からであった。実習終了後は何かと相談してきたり、士官候補生から士官になり実務に就いてからも連絡してくれる教え子も少なくない。実習時は指導の厳しさのみを感じていたかもしれないが、士官候補生を本物の船乗り、“真の士官”に育て上げるという当方の情熱を感じ取ってくれ、一人前の船乗りに近づいた時、当時の厳しい教育・指導に感謝してくれたのではないかと思っており、私の教育・指導が将来の指揮官を育てる一助になったものと自負しているところである。
 私が教育・指導に当たった士官候補生もここ数年で艦長職に就いている者もいる。下士官・Veteranの立場で教育・指導した候補生が期待通りの“真の士官”に成長している姿を見るのは嬉しいものである。士官候補生の教育・指導に占める下士官、特にVeteran の役割は極めて重要なのだ。下士官特にVeteranは、将来の指揮官、国民の負託にこたえ得る強靭な士官を育てるという「情熱」を持って士官候補生の教育・指導に当たってもらいたいと思う。(了)