まさか「不惜身命」の積りではあるまい
 ―歩きスマホとリンを鳴らさない自転車―


元陸上自衛官 現星槎大学非常勤講師 森 清勇

 国際法を何とも思っていない国が近隣にあるのを忘れて、日本は「安全」と思い込んできた。普段から自らに警告を発しないと、警告を発すること自体を忘れてしまう。
 「自らの命は自ら守る」も、言うまでもないことである。しかし、この基本中の基本が、国の守りを放棄してきたと同様に、等閑視されているのが実情ではなかろうか。

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 いまの時代、スマホ(特にポケモンGOの出現)と自転車で命知らずと思える人も多い。仏法の世界に不惜身命で悟入するのであれば価値あることかもしれない。しかし、スマホと自転車での事故、最悪の場合は落命を惜しまずというのでは余りに勿体なさすぎる。
 新月に近い夜道を歩いていると、遠くの方で突然幽霊かと思われる青白いのが浮かんで見える。どんどん近づいても消えてなくならない。然もありなん! スマホの反射光で顔だけが青白く浮かび上がって見えていたのだ。
 こうした経験は数えきれない。相手はこちらの接近に気付かないのか、敢えて知らんぷりをしているのか、顔も上げず、そのまますれ違っていく。
 そして、この人が事故や事件に巻き込まれても不思議ではないと思う。現に、事件も起きているし、線路に落ちたなどで命を落とした人もいるようで、問題になっている。
 最良策は歩きスマホをしないことであるが、やめられない人もいるだろう。次善の策としては接近する人を映し出し、警報を発するなどの仕掛けがあってもいいかもしれない。
 16号線は国道というにはあまりにも狭い。特に多摩地区は酷く、ほとんどが片側一車線であり、歩道も人がやっと歩ける程度のところもある。
 従って、車道を走るべき自転車も歩道に上がってくる。歩道を歩いていると、何時の間には後ろに自転車がいる。しかし、全部と言っていいほどリンを鳴らして合図しない。
 自転車の利用は、特に母親と子供が多い。前後に子供を乗せた母親運転の自転車もよく見かける。歩行者の近くまで来て、急に速度を落とすため不安定になり、乗っている母子ともども危険極まりない。
 私は、そうした情景に会うたびに、「リンを鳴らしたら!」と声を掛けるようにしている。リンをうるさいと思う人は誰もいない。多くの人は自転車にリンがあることを忘れているようで、人に接近した時にリンを鳴らすことなど眼中にないようだ。
 車のクラクションは正しく騒音であるが、自転車のリンは「近寄っていますよ」という合図であり、リンリンは可愛い音にさえ聞こえる。日ごろから鳴らす練習をしていないと、いざという時、ぎこちなくまた危険でもある。「リンを鳴らそう」を流行語にしたい。

(平成28年7月23日記す)