新(第二次)日英同盟の実効性を高めよ!

平成29年12月17日
山下 輝男

1 はじめに
 12月12日の産経ニュースに「日英同盟復活の兆し 14日に日英2プラス2開催し防衛協力強化へ」との記事が掲載され、日英同盟について再考する絶好の機会となった。
(http://www.sankei.com/politics/news/171212/plt1712120042-n1.html
 共に、島国であり資源小国であって、海洋国家としてしか生きる術のない国家でありながら七つの海を制した国家、立憲君主を頂く自由と民主主義を基調とする国家体制の相似性、共に国としての一体性を長く保持し得た歴史等々から、我が国民は英国に対して、得も言われぬ親近感を抱いてきたし、現在もそうであろう。
 本稿のタイトルである「第二次日英同盟」は、日露戦争前の1902年に締結され約100年続いた日英同盟を第一次日英同盟とし、揺籃期にある今般の日英協力関係を第二次日英同盟と便宜的に銘じたものである。
 本稿は、第一次日英同盟を回顧し、第二次日英同盟の現状、今日的意義及び今後に対する期待等を述べるものである。

2 第一次日英同盟の概要及び評価
(1)日英同盟の概要
 日英同盟は、日露戦争開戦前の1902年1月に締結された「攻守同盟条約」であり、2次3次と継続更新されたが、1921年のワシントン海軍軍縮会議の結果調印された「四か国条約」成立に伴って1923年に失効した。失効してから間もなく100年を迎えようとしている。
 日清戦争後、清国政府は露・仏両国に対し、清国内における様々な権益を付与した。結果、北からはロシアが、南からはフランスが勢力を伸長し、英国の権益が侵される恐れが高まり、他方日本もロシアの南下政策により安全保障上の脅威を覚えるに至った。
 英国においては、露・仏同盟に対抗するためには日本との提携が必須であるとの論が起こった。一方、日本においては、日露協商を模索する動きがあったものの、ロシアとの対立は避けられないものと判断され、日英同盟締結へと舵を切った。斯くて、日英の利害・思惑が一致して、締結交渉が行われ発効に至ったのである。
 その内容は、① イギリスの清国における、日本の清、韓両国における利益擁護 ② 一方が第三国と交戦の場合他方の厳正中立 ③ 一方が 2ヵ国以上と交戦の場合他方の参戦義務などであった。


(2)日英同眼の功罪  当時世界一の超大国ロシアとの衝突は非常に厳しいものとなること恐れられ、日露戦争のための戦費調達も困難とみられていた。然しながら、日英同盟が締結されたことにより、日本の戦費調達に益し、ロシア以外の国の参戦を抑止・防止する役割をも果たした。為に、フランスはロシアに協力することも叶わず、日英同盟は結果的に日本の勝利に大きく寄与した。最大の脅威であったバルチック艦隊の極東回航に際しては、英国はバルチック艦隊の動きを掣肘し、英国の諜報情報を得た日本は、バルチック艦隊の動きを掌握でき、我が連合艦隊は日本海海戦に勝利を収めたのである。
 この様に、日英同盟の効果もあり、日本は最大の国難とも云うべき日露戦争に勝利し、その後の国際的地位の向上、国運の上昇・繁栄をもたらした。
 第一次世界大戦では、日英同盟に基づき連合国の一員として参戦した。参戦条項に基づくものだが、欧州正面への参戦は、遠国での戦いとなるので、陸軍は派遣せずに、、海軍の第一・第二及び第三の特務艦隊を、インド洋・喜望峰正面、地中海正面及び南太平洋・豪州正面に派遣したのみで、本格的な参戦とは云い難かった。特筆すべきは、地中海派遣艦隊は充分な護衛任務を果たしたことだろう。
 アジア正面において参戦した日本は、三国干渉の結果ドイツが得た青島、膠州湾租借地、スペインの南洋諸島を瞬く間に占領した。
 連合国の勝利に貢献したこれらの功績により、大日本帝国は連合国五大国の一国としてパリ講和会議に参加し、ヴェルサイユ条約によりドイツの山東省権益と、パラオやマーシャル諸島などの赤道以北の南洋諸島を委任統治領として譲り受けるとともに、国際連盟の常任理事国となった。国土も直接の戦火を免れ、且つ連合国の他の参戦国から軍需品の注文を受けて、日本郵船が繁忙を極めたり成金が出現したりする大戦景気に沸いた。
 大国としての地位を盤石にした日本に脅威を覚えた米国は、英国に対し、日英同盟撤廃を強く働き掛けた。更には、日本の支那大陸への進出に対する警戒感を露わにし、また日本の人種的差別撤廃提案に対して強硬に反対する等、日米関係の将来には不透明感が漂い始めた。これらのアメリカによる一連の行動に対し、日本では反米感情が高まり日米関係が悪化し始め、大東亜戦争の因ともなった。
 日英同盟の失効により、調停者或いはアドバイザーとしての英国に期待することも叶わず、日本は次第に国際的孤立の道を歩き始め、遂には大東亜戦争の敗戦となってしまった。
 歴史に、ifはないが、日英同盟が失効することなく継続していたならば、日本は違った道を歩いていたのではないかとも考えられる。英国の価値観や戦略的思考、国際感覚・常識が当時の日本の政策決定に大きな影響を与えたのではなかろうかとも考えられる。
 よく言われることだが、日英同盟を念頭に海洋国家と提携した時に発展し、日独伊三国同盟を意識して大陸国家と結んだ時に衰亡に向かうと。

3 新日英同盟(第二次日英同盟)について
(1)最近における日英間の連携状況
 日英の最近の連携状況を、防衛白書から拾ってみると、次の通りであり、ここ数年の緊密化ぶりが際立っているのが解ろう。
2012年6月:防衛協力のための覚書締結
2013年7月:防衛装備品・技術移転協定発効
2014年1月:日英情報保護協定発効
2014年5月:日英首脳会談で日英「2+2」の開催、 物品役務相互提供協定(ACSA)の交渉開始、
     日英共同訓練の強化を目指すことで合意
2015年1月:第一回 日英外務・防衛閣僚会合 (ロンドン)
     安全保障及び防衛分野の協力強化で一致
2016年1月:第二回 日英外務・防衛閣僚協議 (東京)
①防衛装備・技術協力について、これまで実施してきた2件の共同研究の
 進捗と共に新たに人員脆弱性評価に関する共同研究開始
②同年内の英国空軍機タイフーンの訪日やペルシャ湾での国際掃海訓練時
 における日英共同訓練追及
③東南アジア諸国の能力構築において二国間で連携していくこと
④ACSAの可能な限り早期の締結を目指すことなどについて確認した。

2016年6月&10月:能力構築支援に係る日英防衛当局間課長級WG開催
2016年10月~11月:タイフーン戦闘機部隊が三沢基地を訪問し、空自との共同訓練
Eurofighter Typhoon
  Eurofighter Typhoon(ウィキペディアから)

2017年1 月:日英ACSA11 への署名(その後、関連法令を整備)
2017年8月:日英安全保障宣言(メイ首相来日時)
2017年12月:第三回 日英外務・防衛閣僚協議(ロンドン)
「自由で開かれたインド太平洋地域の維持」を共通の利益とし、英国に
よる安全保障面での関与強化を歓迎する共同声明を発表。

2017年12月:英国防相太平洋に最新鋭空母クイーン・エリザベスを派遣表明
(航行の自由確保に向けた動き)
HMS Queen Elizabeth
  HMS Queen Elizabeth (ウィキペディアから)


参考:第3回「2プラス2」共同声明の骨子(外務省HP)
( http://www.mofa.go.jp/mofaj/erp/we/gb/page4_003549.html
『1 総論
①日本と英国はアジアと欧州で最も緊密な安全保障上のパートナーであり,本年8月の
 メイ首相の訪日に際し,両国のグローバルな安全保障上のパートナーシップを新たな
 段階に引き上げることにコミットしたことを踏まえ,新たな段階を迎えるにふさわし
 い日英協力の在り方を確認
②既存の国際秩序が挑戦を受ける中,法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持
 ・強化に向け,両国が緊密に協力していくことで一致
③日本側から,「自由で開かれたインド太平洋戦略」に基づく取組を紹介しつつ,英国
 のインド太平洋地域への更なる関与を歓迎。自由で開かれたインド太平洋地域の実現
 に向け,日英間の協力を具体化していくことで一致


 2 地域情勢
①国際社会が直面する最も喫緊かつ重大な脅威である北朝鮮について,核武装した北朝鮮
 は決して受け入れられず,日英両国が連携して国際社会による圧力を最大限まで高めて
 いくことを確認
②法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序の重要性を確認し,緊張を高めるいかなる
 一方的行動や,力や強制による現状変更の試みに対しても反対することで一致
③ロシア・ウクライナ情勢,中東和平を含む中東情勢等についても意見交換


 3 日英安全保障・防衛協力」について
①両国の今後の協力の方向性を示すものとして,共同声明の発出及び中長期的な日英間の
 具体的な取組を記載した行動計画(非公表)の策定を歓迎
②自由で開かれたインド太平洋地域の実現に向け,海洋安全保障・海上安全及び
 途上国の能力構築支援における連携を強化していくことで一致
③共同訓練に関して,昨年のタイフーン戦闘機の訪日の際の共同訓練を含めこれまでの
 進展を歓迎するとともに,来年,HMSサザーランド及びHMSアーガイルが訪日する際に
 海上自衛隊との共同訓練を実施する方向で調整していくこと,及び来年,日本国内で
 初となる日英陸軍種間の共同訓練を実施することを確認
④防衛装備品・技術協力に関して,四大臣は,「共同による新たな空対空ミサイル(JNAAM)」
 の実現可能性に係る研究の第二段階の進捗を受けて,試作研究及び発射試験を含む次の
 同研究プロジェクトを早期に進めることへの期待を表明
⑤テロ対策及びサイバー分野において,明年1月に開催予定の第3回テロ対策協議及び
 同2月に開催予定の第4回サイバー協議等を通じ,両国の協力を更に強化していくことを
 確認 また,四大臣は,2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け,2012年大会
 を成功に導いた英国の経験も踏まえつつ,同分野で緊密に連携していくことで一致
⑥宇宙分野についても意見交換を行い,この分野での日英協力の在り方に関する議論を
 深めていくことで一致』

共同声明において、『日英両国が欧州とアジアにおける「最も緊密な安全保障上のパートナー」と確認し、協力関係を「次の段階へ引き上げる」』と明記したことは即ち、同盟関係或いは準同盟関係にあると見做すということと同義だ。


(2)第二次日英同盟の今日的意義
 英国にとっては、アジア所在の英連邦諸国に対する盟主としての責任も然ることながら、自身の将来のEU離脱を見据えた新たなパートナー探しの側面もあるだろう。どちらかというと中国傾斜の対応が強かった英国の戦略転換は、アジア太平洋地域に大きなインパクトを与えるだろう。
 南シナ海の覇権を虎視眈々・着実に進める中国に対する抑止力となり、ASEAN英連邦国家の安心感の増大に寄与するのは間違いない。
 日英同盟を、現在安倍首相が進めつつある「日米豪印」同盟にリンク・結合させることにより、太平洋・インド洋の海洋安保遂行力が確実に増大する。
 防衛装備技術面の協力は日英双方にとってメリットが大であろうし、英国の国際政治や戦略面における膨大な知見やノウハウの蓄積は日本にとって参考とすることが多かろう。
 G7諸国のうち3国と同盟関係があるということになり、日本の安保理常任理事国入りも英連邦諸国の協力が期待できる可能性もある。日本の国際的地位の向上にもたらすメリットは計り知れない。


(3)如何に発展させるか?
 若い同盟をしっかり根付かせるためには、双方の努力が必要不可欠だ。その為に為すべきことは多々ある。
①あらゆるレベルでの官民の交流促進
米国との交流と同等レベルの人的交流が必要だろう。米国とカナダが多数を占め、英国留学生の数は心許ないような気もする。
②歴史認識問題
大東亜戦争当時の捕虜取り扱いをめぐる英国の国民感情は、未だに燻っているやに思える。それらを克服する努力も重要だろう。誤解に基づくものもあり、それらを解きほぐすことも肝要だ。中韓の執拗な歴史戦に我が国の言い分をしっかりと周知させねばならない。
③日本の実情周知
単に当面の戦略利害の一致のみでの同盟は永続し得ない。

④経済文化面での協力関係推進
⑤安全保障面での協力推進
アジアの安定はアジアの英連邦諸国(インド、 パキスタン、スリランカ、 セイロン、マレーシア、シンガポール、バングラデシュ、ブルネイの8ヶ国)の国益にも合致し、更なる英国の関与拡大が必要だ。当然だが、中国の覇権的行動に対する共通の懸念共有と実動で日英同盟の実効性を示さねばならない。
 不断の戦略対話は必要不可欠だ。閣僚級のみならずあらゆるレベルでの対話を行うシステムを構築すべきだろう。

4 終りに
 日本人には、英国に対する強い親近感、シンパシーがある。それは第一次日英同盟に由来し、我が国皇室と英王室との確かな絆もあるのであろう。当面の利害ではない、より深い文化的な共感を根底とする本格的な同盟化が望まれ、日英間にはそのようなものがあると思われる。
 第一次日英同盟は、国際政治の荒波の中で高々20年余の命しか持ち得なかった。第二次日英同盟は、国家百年の大計に裏付けられた永続的なものであるべきだ。
 同盟関係を永続させるためには、双方の相応の努力が是非とも必要である。日米豪印英のG5同盟の更なる実効性増大のための努力をすべきだろう。

(了)