日本人洗脳工作=WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)

平成30年1月8日
山下 輝男

1 はじめに

 最近読んだ本で、何回か「ウォー・ギルト・インフォメション・プログラム」(以下本稿ではWGIP(War Guilt Information Program)なる語彙に遭遇したので、調べてみた。文芸評論家の江藤淳氏(1932~1999)が、その存在を指摘したもので、『戦争についての罪悪感を日本人の心に植え付けるための宣伝計画』(225p)である。「閉ざされた言語空間 占領軍の検閲と戦後日本」(文藝春秋社刊)を参考に、WGIPの概要について述べる。
 WGIPは、「何を伝えさせるか」という積極的な政策であり、何を伝えさせないかという消極的な政策(プレス・コード等)と表裏一体の関係にあるとされる。プレス・コードは何れ紹介したい。
 尚、小生は反米主義者ではなく、寧ろかなりの親米主義者である。従って、本稿は米国を貶める意図は全くなく、日本自身に覚醒を促す一文であるとの趣意に因るものであることを誤解なきよう述べておきたい。
 また、当然ながら、一次資料は現認できないので、江藤氏の書籍やNET情報等を参考にしたことを付記する。


2 根拠文書等
(1)日本の降伏以前から種々の準備着手
 WGIPと対を為すプログラムに「日本人再教育プログラム」(後述する。)がある。この2つのプログラムの背景には、「国務・陸軍・海軍三省調整委員会(SWNCC)」の下部機関であったSFE(Subcommittee for the Far East)が重要な役割を持っていた。
 SWNCC91 シリーズの文書の一つである、1945年(昭和20年)4月5日及び7日の文書には、「占領後の帝国日本政府:公共情報と表現に関するメディアの管理について」との題が付けられ、情報の管理・統制の重要性が示されている。
(新聞連載「太平洋戦争史」の比較調査 同志社大学社会学部 三井愛子氏論文から)


(2)米国の初期の対日方針、マッカーサー元帥に指示
 9月22日の降伏後ニ於ケル米国ノ初期ノ対日方針で、米国はマッカーサーに対し「日本国国民ニ対シテハ其ノ現在及将来ノ苦境招来ニ関シ陸海軍指導者及其ノ協力者ガ為シタル役割ヲ徹底的ニ知ラシムル為一切ノ努力ガ為サルベシ」と指令した。


(3)WGIPの実施を命ずる連合国軍最高司令官(SCAP)一般命令第4号(1945/10/2)
 この命令は、WGIPの実施の根拠文書とされるもので、その第4号第二項a(3)にWGIPの具体的な事項が示されている。
 (3)項は、「各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を周知せしめること」と述べている。(226p) 


(4)「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」(1948/2/6付)
 GHQの民間情報教育局(CI&E)からG-2(CIS)宛の文書である。
 ・冒頭部分:日本人の心に国家の罪とその淵源に関する自覚を植えつける目的で、・・・文書の末尾に勧告が添付・・・この勧告は、同局が、「WGIP」の続行に当たり、かつまたこの「プログラム」を広島・長崎への原爆投下に対する日本人の態度と、東京裁判中に吹聴されている超国家主義宣伝への、一連の対抗措置を含むものにまで拡大するに当たって、採用されるべき基本的な理念及び一般的なまたは特殊な種々の方法について述べている。」(226p)


(5)CI&E(民間情報教育局)によるWGIPの第一段階(1946年初頭から同年6月)
 この第一段階は、「太平洋戦争史の新聞連載」、「本の刊行と太平洋戦争史の学校教材としての採用」であり、「ラジオによる真相はこうだ」の放送と「”真相はこうだ”の質問箱等の設置」であるが、新聞に関しては、既にいち早く昭和20年のうちから開始されていた。
ア 「太平洋戦争史」の新聞各紙への連載
 戦争の真相を叙述した「太平洋戦争史」と題する連載企画は、CI&Eが準備し、G-3の戦史官の校閲を経たものである。
 ”太平洋戦争史”は、主要紙に1945 年12 月8 日から10 回にわたって連載された。12 月8 日(現地では7 日)は日本軍による真珠湾攻撃が行われた日であり,敢えてその日を選んでの連載開始であった。(筆者の所感:えげつないことをするものだ。)
 戦前からの用紙割当制度により紙の供給制限があり,当時の新聞はわずかに用紙1 枚,裏表2 ページだった。それをこの日だけ特別に4 ページにし,そのうち2 ページをこの連載の第1 回目にあてている。連載の副題は、朝日新聞が「真実なき軍国日本の崩壊」毎日新聞「満州事変から降伏調印まで」読売新聞「敗戦日本15年の足跡」「惨たる今次戦争の実相」等となっていた。
 (新聞連載「太平洋戦争史」の比較調査 同志社大学社会学部 三井愛子嘱託講師)

 この「太平洋戦争史」は、戦争を始めた罪とこれまで日本人に知らされていなかった歴史の真相を強調するだけでなく、特に南京とマニラにおける日本軍の残虐行為を強調している。(227p)
 連載第一回を見開き2頁に組むために各新聞社に用紙を特配したが、その前書きには、
 『日本の軍国主義者が国民に対して犯した罪は枚挙に追がないほどであるが、そのうち幾分かは既に公表されてゐるものの、その多くは未だ白日の下に曝されてをらず、時のたつに従って次々に動かすことの出来ぬ明瞭な資料によって発表されて行くことにならう。これらの戦争犯罪の主なものは軍国主義者の権力濫用、国民の自由剥奪、捕虜および非戦闘員に対する国際慣習を無視した政府並びに軍部の非道なる取扱ひ等であるがこれらのうち何といっても彼らの非道なる行為の中で最も重大な結果をもたらしたものは真実の隠蔽であらう。この真実の「管制」は一九二五年(大正十四年)治安維持法が議会を通過した瞬間に始ったものである。この法律が国民の言論圧迫を目的として約二十年にわたり益々その苛酷の度を増し政治犯人がいかに非道なる取扱を受け人権を揉詞せられたかは既に世人のよく知るところである。(以下略)』(228p)

 この戦争史は、正にアメリカから見た戦争史である。日本の侵略戦争の起点を満州事変に置き、満州事変→日中戦争→アジア・太平洋戦争を一連の連続した戦争と捉えている。また、アメリカの巨大な戦力が軍国主義の打倒に最大の貢献をしたとの立場で記述している。
 本戦争史では、軍部を中心にした「軍国主義者」の責任だけが問題にされ、その他の勢力は「穏健派」として軍国主義者に対する勢力として位置づけられた。日本国民に対しては、軍国主義者が国民に対して真実を隠蔽したことが強調され、軍国主義的指導者とそれに騙された国民という歴史理解を強要したものと考える。

イ 「太平洋戦争」なる呼称の導入と「大東亜戦争」と云う呼称の禁止
 前記文書で「太平洋戦争」なる呼称を導入したが、昭和20年(1945)12月15日、所謂『神道指令』を発し、”大東亜戦争”なる呼称の禁止を命じた。
 曰く、「公文書に於て「大東亜戦争」「八紘一宇」なる用語乃至その他の用語にして日本語としてその意味の聯想が国家神道、軍国主義、過激なる国家主義と切り離し得ざるものは之を使用することを禁止する、而してかかる用語の即刻停止を命令する」である。

ウ 本の刊行と教材採用命令
 新聞連載が終了した後、昭和21年(1946)3月と6月に、東京の高山書院から「太平洋戦争史 : 連合軍総司令部民間情報教育局資料提供 奉天事件より無条件降伏まで 」が刊行された。
 中屋健弌訳、著者:連合軍総司令部民間情報教育局、168P
 この書肆は、10万部を完売したとされるが、それは、この本が学校の教材としての使用を命じられたからでもある。

エ ラジオ
 「真相はこうだ」(これは、「太平洋戦争史」を劇化したものである。)という番組を1945年12月9日から1946年2月10日まで、10週間にわたって放送した。
 日曜夜8時から30分番組で、所謂ゴールデンアワーでの放送である。更に念の入ったことには、月曜日の午後12時30分から、及び木曜の午前11時から再放送が行われた。
 満州事変から終戦に至るまで、軍国主義者の犯罪や国民を裏切った人々を白日の下に、偽りない事実を、などという論評で、叙情的な音楽や音響効果音を駆使しながら、ドキュメンタリー形式を装ったドラマ仕立てにされた番組であった。

オ 「真相はこうだ」の質問箱、放送終了後は「真相箱」の設置
 聴取者の質問受付の番組で、41週続き、1946年12月4日に終了した。この番組には、毎週平均900通から1200通の聴取者からの投書が寄せられている。(235p)


(6)WGIPの第二段階
 この段階においては、民主化と国際社会に秩序ある平和な一員として仲間入りできるような将来の日本への希望に力点を置く方法が採られた。しかしながら、時として極めて峻厳に、繰り返し一貫して戦争の原因、戦争を起こした日本人の罪、及び戦争犯罪への言及がおこなわれた。(236p)
ア 新聞
・ 週3回の記者会見、毎日の報道提供、新聞社幹部と記者の教化等、活動の大部分は民主化を強調するプログラムにあてられている。
・ 日本の戦争に関する罪や、破滅をもたらした超国家主義に直接言及し、罪悪感を扶植する努力もなおざりにされていない。
・ (極東軍事)裁判に関する一切の情報を日本の新聞に取得させるために、特に注意が払われているが、とりわけ検察側の論点と検察側証人の証言については、細大洩らさず伝えられるよう努力している。
・ 新聞や雑誌の幹部に対し、公式の席上や日常の記者会見の席上で、戦前戦中の日本の報道機関の腐敗ぶりを指摘する試みが、繰り返し行われている。

イ ラジオと映画の分野で行われたプログラムについては江藤氏の本では割愛
  
ウ 民主主義映画(wikiから)
 GHQが、占領政策を推進するために、邦画各社に政策を奨励した(実質的な指示であろう。)一種のプロパガンダ映画を「民主主義映画」云い、それは次のような作品であった。
 主な作品
 東宝:わが青春に悔いなし(1946/10/29)、戦争と平和、或る夜の殿様
    浦島太郎の後裔 今ひとたびの
 松竹:お嬢さん乾杯! 破れ太鼓 女性の勝利 *喜劇は終わりぬ(1946/1/10)
 大映:*犯罪者は誰か(1945/12/27) 最後の攘夷薹
 (注:*印はWIKIには記述なし、映画名の( )内は公開日)


(7)第三段階(極東裁判の最終論告と最終弁論が行われる目前の時期)
 第三段階の開始に当たって、留意すべき問題として列挙している事項(現在なりを潜めている超国家主義者たちが、再起する可能性を懸念して)、『今一度繰り返し日本人に、日本が無法な侵略を行った歴史、特に極東において日本軍の行った残虐行為について自覚させるべきだという提案が、非公式にCI&Eに対してなされた。』と述べられている。
ア 超国家主義に対する解毒剤としての政治的情報・教育の強調
イ 超国家主義の復活を示す具体的な動きの暴露、細大洩らさず報道
ウ 影響力ある編集者・・・政界等々の指導者との連絡密接維持
エ 進歩的、自由主義的グループの組織発展の奨励
オ 以下、新聞、ラジオ、展示の項目毎具体的方法を指示
 担当相校を指定して、戦争犯罪人裁判の最終弁論と評決について、客観的な論説と報道を指導、広島も同じ。等々


(8)WGIPと対を為す「日本人再教育プログラム(Reeducation and Reorientation of the Japanese People)
 1945年(昭和20)9月17日、GHQ情報頒布部によって「日本人再教育プラン」が公表された。これは、次のような5項目からなる。
① 軍国主義と極端な国家主義の撲滅
② 日本の敗戦の事実を明らかにし、日本国民に戦争の責任、日本軍の犯した残虐な行為及び日本指導者の戦争犯罪を熟知せしめる。
③ 健全なる経済を育成し、民主主義組織を促進する。
④ 国民に対し責任をとる自由政府の建設を援助する。
⑤ 政治及び国民の自由を拡大し、集会、討論、教育、自由選挙の権利を増大させ、人権を尊重せしめる。


3 WGIPについての評価等
(1)江藤氏は、”太平洋戦争史”という宣伝文書を「日本の軍国主義者」と「国民」とを対立させようと云う意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている」と分析。(233p)
 また、「もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&Eの「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と再び米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいない」とも指摘している。(233p)
 また、「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである」としている。(233p)
 前掲のCI&E文書が自認する通り、占領初期の昭和20年から昭和23年に至る段階では、「WGIP」は必ずしも、期待通りの成果を上げるには至っていなかった。しかし、その効果は、占領が終了して一世代以上を経過した近年になってから、次第に顕著なものとなりつつあるように思われる。(234p)と述懐している。


(2)そもそも、日本人は戦後,GHQによるWGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)による洗脳の被害を受けた「当事者」です。(ケント・ギルバート氏著「やっと自虐史観のアホらしさに気付いた日本人」(129p)


(3)月刊正論「これが戦後の元凶だ! 米占領軍の日本洗脳工作「WGIP」文書、ついに発掘」(2015/4/8産経ニュース)
 http://www.sankei.com/life/news/150408/lif1504080003-n1.html


(4)高橋史朗明星大教授
 「東京裁判が倫理的に正当であることを示すと共に、侵略戦争を行った日本国民の責任を明確にし、戦争贖罪意識を植え付けることであり、いわば日本人への『マインドコントロール計画』だったと論じている。(wikiから)
 同氏は、『「日本を解体する」戦争プロパガンダの現在 WGIPの源流を探る』を宝島社から上梓している。


(5)江藤氏の「閉ざされた言語空間」の書を巡って
 ”先駆的な仕事である”と評価されている一方、”そんな大それたものか、反米主義に行きつく”と指摘する識者も居る。
 WGIPに係る文書の存在に疑義を呈する識者も居たが、3(3)項で紹介した通り、文書の存在事実は争えないようだ。


(6)当時の国内外情勢とリンクした宣伝内容
 WGIPは、米国の占領政策、東京裁判と極めて密接にリンクしており、ジャーナリズムと政治の一体性の是非について考えさせられる。現在ではジャーナリズムの独立性を声高に叫ぶ者も当時は声すら出し得なかったのだと思える。このプログラムを、”大砲をペンに代えての戦い”であったとも評する向きも居る。


(7)”繰返し執拗な報道”の絶大且つ永続的なる効果!
 飢餓と敗戦に戸惑い、情報に飢えた国民にとって、WGIPの内容は衝撃的であり、その効果は、その当時よりも現在の方がより顕著であるとも云える。
 WGIPは、米軍の占領直後に始まり、サンフランシスコ講和条約によって日本が主権を回復した昭和27年までの7年間の占領期間に実施されたものであるが、その影響には計り知れないものがある。時間的な7年間の影響力に慄然たる思いが軍国主義(者)を悪玉とし、国民は被害者とする二分法は、単純だが、効果的だ。繰返しの発信により、国民のイメージ形成を行い、刷り込みを行う巧妙な手法である。洗脳されていると気付かぬうちに洗脳してしまうと云うのは極めて巧妙という他ないと思うし、人間は意外に弱いものだと感じる。
 ワイドショーの「モリ・カケ」報道ばかりを観ているシニア層の安倍政権・自民党支持率が、テレビをあまり見ない若年層のそれよりも低いのは、執拗な報道の影響力の大きさを物語っていると云えよう。(閑話休題)


4 今なお残るWGIPの影響
 端的に言えば、日本(軍)悪玉論、大本営・軍国主義・一部政治家は悪で国民は被害者、原爆投下は米兵の命を助ける為、日本の残虐行為に日本国民は反省すべき等々日本人の誇りや事実関係を一切否定し、米側に都合よい情報のみを垂れ流し、日本を貶め、戦前からの日本の価値観をも否定する所謂自虐史観が横行した。その影響は今なお、日本社会や歴史学会、教育界、マスコミ等に根強く残っていると云える。その詳細は割愛する。


5 終りに
 刷り込まれたイメージを払拭するのは一筋縄ではない。確かに、戦後70年を経て、近現代史に対する再評価の動きも出始めているが、その動きは遅々たるものである。
 失われた誇りを取り戻すのは容易ではないが、それは我々が為すべき極めて重要な作業だ。心ある諸氏や団体の更なる努力に大いに期待するものである。
 そろそろ、日本人も自虐史観の呪縛から解放されてもいいだろう。本来ならば、サンフランシスコ講和条約締結、主権回復直後にすべき事だったのだが・・。マッカーサーもWGIPの驚くほどの影響に驚いていることだろう。

(了)