日本人スパイ?

平成30年3月16日
山下 輝男

1 始めに
 さる講演会に参加して、中国で日本人8名がスパイ容疑で拘束、起訴されているとの話を伺い、色々調べてみた。その概要を紹介し、如何なる対応をすべきかを考えてみた。何れにしても、起訴されている日本人の早期日本への帰国を促すべく、日本政府に格段の努力を強く要望するものである。



2 起訴された日本人の概要
 インターネットで検索し、それらを総合した結果は以下の通りである。出典は省略する。

(1)神奈川県在住の男性(55歳) 遼寧省丹東付近(2015年5月)
 父親が在日朝鮮人で、母親は日本人。3歳のころ両親と共に北朝鮮に渡り、父親が軍関係の仕事で殉職したことで「英雄」と認められ安定した生活を送っていた。しかし、大量の餓死者が出た1998年、北朝鮮での生活に嫌気がさし、母親や兄弟等と脱北。東南アジア諸国を放浪した末に2003年に日本に入り、2006年には日本に帰化した。
 その後、北朝鮮にいる親族と連絡したり送金するため中国遼寧省の中朝国境地帯を訪問。最近では、1ケ月に1回の割合で国境地帯に赴いていた。
 公安調査庁が情報収集を依頼していた可能性も指摘されている。現地の道案内などを含め朝鮮族の男性を雇用しており、同行朝鮮族の男性も起訴された。
 男性は、5月中旬からホテルで約4か月間軟禁され、9月15日に送検されていた。

(2)愛知県〇〇の男性会社員(51歳) 浙江省平陽県(15年5月)
 2015年5月に浙江省の軍事管理区域に立入った疑いがもたれている。男性の家族が瀋陽の総領事館に訴えたことで事件が発覚。男性は元公安職員で、中国を中心に海外情報に携わっていたとの情報もある。
 離職後数年以上経ち、現在は愛知県内の中国人経営の調査・人材派遣会社に勤務。浙江省温州市平陽県沖の南キ列島にある軍事施設周辺(海洋監視船を指揮する中国海警が大型基地建設中)で大量の写真を撮影していたとされる。巡邏中の軍部隊に見咎められ現行犯逮捕された。

(3)札幌市の団体役員の男性(60代)   北京市(15年6月)
 北京で脱北者を支援する活動などに携わっていたとされる。銀行口座の不正開設を理由に拘束。
 過去に航空会社に勤務し、定年後に北海道で牧場経営に携わりながら、日中間の人材派遣の会社を立ち上げた。日中の政財界にも人脈を持ち、党機関紙の人民日報にも取り上げられたことが有ると云う。関係者は「中国社会に深く入り過ぎて党内の権力闘争に巻き込まれた」と話している。

(4)東京都の日本語学校経営者(or事務長)の女性(50代) 上海市(15年6月)
 東京の日本語学校に勤務していた、50代の日本人女性が国家安全省に拘束された。誰もが、「至って普通の女性です」と評する。関係者によると、女性は上海出身。来日後、日本国籍を取得し、新宿区内で家族と暮らしていた。日本語学校には約6年前から勤務。毎日午前9時前に出勤し、午後6時頃真面目に働いていたという。事務長として年2~3回、上海に数日出張し、優秀な留学生を集めることも業務の一つだった。
 女性は密かに公安調査庁の協力者となっていたと報じられているが、「スパイ」とうたがわれたことには首を傾げる人が多い。

(5)日中青年交流協会のS理事長(実名報道もあり)    北京市(16年7月)
 中国で国家安全危害にかかわる容疑で拘束されているこの日本人は、7月11日、関西経済連合会訪中団のメンバーとして北京を訪問した際に逮捕された。本来なら7月15日に帰国する予定だった。
 この団体は2010年に創設されて比較的新しいが、彼自身は30年以上、中国との関わりをもつ典型的な日中友好人士である。団体の目的は日中両国の青年交流を通じて中国の緑化、植樹活動を支援することである。
 S氏が中国と本格的に関わり始めたのは1983年。中華全国青年連合会の招待を受けて上海、北京を訪問後、東北の戦争跡地も訪問した。この訪問団は戦後初めて、日中戦争跡地を訪問した日本の代表団だった。
 その後、97年から北京外語大学教授、中国社会科学院中日関係研究センター客員研究員などの中国の教育・研究職に、足かけ6年就いていた。思想的には社民党系の左派リベラルだが今年4月から日本衆議院調査局国家基本政策調査室の客員調査員でもあり、中国情勢、朝鮮問題についての分析調査も行っていた。5月には「中国の外交」をテーマに講演を行っていたが、これが今回の逮捕と関係があるのでは、とみられている。昨年7月に拘束、今年6月に起訴され、8月に非公開で初公判が開かれた。

(6)地質調査会社社員6名拘束、うち2名が起訴 山東省と海南省(17年3月)
 今年3月に中国当局が拘束した地質調査会社などの日本人社員2人が起訴されていたことが23日、分かった。4名は7月に帰国した。中国の測量法違反のほか、スパイ行為に関わったとして国家安全法や反スパイ法違反で訴追された可能性がある。
 彼等は、「日本地下探査」(千葉県船橋市)の社員と「大連和源温泉開発公司」(遼寧省大連市)の社員である。
 関係者によると、起訴された日本地下探査の社員は現場責任者だった。中国共産党機関紙、人民日報系の環球時報は、両社が無許可で違法な測量を行っていたとし、2人のパソコンなどから80点近くの「機密にかかわる地図」が見つかったと主張している。

(7)日本人男性1名    遼寧省(17年5月)
 2017年6月3日、中国メディアの観察者網が、中国当局が今年5月に遼寧省で、新たに60代の日本人男性を拘束したと伝えられたことについて、中国外交部は定例記者会見で拘束の事実を認めた。
 記事は、日本メディアの報道を引用し、日本の外務省によると、60代の日本人男性が中国国内法に違反した疑いで5月下旬に治安当局によって拘束されたと、中国側から瀋陽総領事館に通報があったと伝えた。
 詳しい容疑の内容などは明らかになっていないものの、日本メディアの中にはスパイ容疑がかけられた可能性を指摘しているものもある。
 この件について中国外交部の華春瑩報道官は会見で、「今年5月、中国の関係部門が、法にのっとって、中国の国家の安全に危害を与えた疑いのある1名の日本人を調べ始め、『日中領事協定』に基づき関係する駐中日本領事に通報した」と明らかにした。
 政府は、今年5月から中国当局に拘束されていた60代の日本人男性が逮捕されたことを確認した。今後、中国遼寧省大連市の領事事務所などを通じ、面会を通じた支援活動を行う。
 中国紙・大連日報は、大連市の国家安全局がスパイ容疑で取り調べていた日本人を逮捕すると伝えていた。



 (本図は、産経ニュース2017.12.24から転載)
 http://www.sankei.com/politics/news/171224/plt1712240002-n1.html
   これ以外に防衛駐在官が強制退去となった事例が2件ある。1996年と2002年である。



3 若干の分析

(1)反スパイ法施行を機に頻発
 中国は2014年11月に反スパイ法(4項に記述している。)を施行したが、その翌年の5月から6月に掛けて4名の日本人が拘束・起訴された。日本人をターゲット・狙い撃ちにしたのではないかと思える位だ。否、多分そうなのだ。
 対日交渉カードとして利用しているのか?我が国の特定秘密保護法制定により中国の諜報活動に支障が出る可能性への対抗だとの穿った見方もあれば、特定秘密保護法は怖いものだと日本人に認識させるためだ等との信じられぬような話もある。

(2)スパイ行為とは言いがかりに過ぎぬ!
 日本では諜報活動は許されていず、そのような組織も予算もない。外務省、防衛省、警察庁、内閣情報調査室や公安調査庁等が、中国と頻繁に往来する日中友好人士等に協力を依頼することは、在り得るのかも知れないが、依頼を受けた人士の行動は余りにも稚拙であり、スパイというイメージからは程遠い。素人だ。彼等が中国に頻繁に出入りするからと言って重要な情報に接する機会はない筈だ。藁の中にダイアモンドが紛れていないとは云わないが、労功償わぬ。
 中国に係る如何なる情報をも日本に提供することは許さないとの威嚇なのだろう。



4 中国の狙い・背景等
(1)反スパイ法等の制定
 2014年11月に施行された「反スパイ法」は、海外スパイの摘発を目的としている。外国人等の監視や捜査にあたる国家安全省に盗聴や裁判所の令状なしでの家宅捜索など、極めて強い権限を与える一方、捜査対象者には供述を拒むことを禁じる内容である。
 中国国内では、外国政府や台湾当局による情報活動を禁じるため、刑法のスパイ罪に加え、特別法でスパイ行為の摘発を定めてきた。これまでは1993年2月施行の「国家安全法」(旧法)が摘発の根拠法だったが、2014年11月に新法として「反スパイ法」(新法)が施行された。
 摘発対象となるスパイ活動の定義について、新法では「中華人民共和国の国家安全に危害を加える活動」(38条)に統一された。スパイ行為の認定について、治安当局に幅広い解釈が認められた形だと云われる。新法に違反した外国人等に対しては「国外追放」の措置とともに、「刑事責任を追及する」と規定されている。刑法のスパイ罪で逮捕、起訴された場合は、無期懲役までの量刑が規定されているほか、最悪の場合は特別規定で死刑の適用もあり得る。

(2)反テロ法やNGO管理法
 反テロ法ではテロを宣伝する物品の所持や拡散を禁止するほか、模倣犯を誘発するとしてテロ事件の詳細を報道することも規制している。更にテロ捜査のためにIT企業に対してデータ解読に必要な暗号情報の提供も求める。報道規制で当局の治安活動がブラックボックスになる恐れがあるほか、暗号情報提供では企業秘密が漏えいするのではとの懸念が根強い。
 外国NGOが中国国内で中国の安全、利益、民族の団結などを損なう活動をしたと判定された場合、新法が適用されて即座に活動が停止される。具体的には外国NGOは、事前に公安当局に届け出が義務付けられ、一切の政治、宗教、営利活動等への関与が禁止される。新法を通じて外国NGOの組織を詳細に解明、活動資金の流れを掴み、西側先進国の情報、価値観が中国国内に影響を与えることを抑止するのが目的のようだ。運用は国家安全省など公安当局が担うことになっているため、適法の対象が民主化、人権問題などに取り組むNGOに集中する可能性も高いとされる。

(3)中国のAI監視システムについて
 「重要指名手配の指定から身柄の確保までわずか7分だった」英BBC放送は10日、実験的に中国の犯罪者追跡システム「天網」を運用した結果を報じた。
 「天網」と名付けられたこの追跡システムは顔識別分析機能を備えており、当局が2015年に構築を開始した。当局は同システムの導入について、犯罪者の追跡が目的だとしている。しかし専門家は、当局の狙いは、監視の強化によって政権の脅威となりうる全ての市民を取り締まることだと指摘した。(以下略)
  http://www.epochtimes.jp/2017/12/30271.html
   監視社会、密告社会である中国では、思いも掛けぬ言動が犯罪とされる可能性がある。日本人はこのような事に余りにも無知だ。



5 対応について
(1)日本は為す術なしか!
 拘束・起訴された邦人の釈放要求しか対処する方法はないようだ。とは、言え、国は邦人の安全保持に責任がある筈だし、中国政府に日本は諜報活動はしていないし、拘束起訴された邦人は冤罪であると強く申し入れることは重要だ。しかし、冤罪を立証するのは至難である。
 とは言え、拱手傍観する訳にはいくまい。媚中派でも何でも良い中国に人脈を持つ者を動かす等あらゆる伝手で、中国に釈放を働きかけるべきだ。おりしも日中関係改善の風が吹き始めている今こそその時であろう。
 残念なのは、我が国には中国との取引カードがないことだ。スパイ防止法があれば、取引材料を手に入れることができたかも知れないのだがとつい考えてしまう。

(2)中国旅行者に対する注意喚起の要
 一般の旅行者が、誤って中国の重要情報に接する機会もないとは言えない。ノー天気な日本人が、秘密情報をめぐる熾烈な戦いに巻き込まれないように必要な注意喚起を行うのも必要だ。
 一時的滞在者である旅行者よりも駐在する会社の方が機微な情報を有している筈だ。それらを吸い上げ・集約化して情報化するシステムが必要だ。残念ながら、そのようなシステムも組織もない。

(3)日本にもスパイ防止法が必要では
 2013(平成25)年12月に「特定秘密保護法」が公布され、国家機密の保護措置が整ったかにみえるが、果たして万全だろうか?この法律は、外交、防衛、スパイ活動などの特定有害活動の防止及びテロ活動の防止の4分野を対象とし、特定秘密を漏洩した者は10年以下の懲役に処せられるというものである。民間人に対しても、欺き・暴行・脅迫、窃取、施設侵入、不正アクセスした者を取り締まることができるとされる。情報漏洩の罰則が強化されたことは評価できる。しかし、スパイという専門的な組織や個人を十分に取り締まれるのか心許ない限りだ。
 我が国には、諜報活動やスパイを対象とした一般法はなく、本法で十分なのか疑問が残る。スパイと目された外国人に対しては、今までは事情聴取をして国外退去を命じて終りとしてきた。
 かって、国家秘密に係るスパイ行為等の防止に関する法律案(通称「スパイ防止法」)の制定が議論され、議員立法として提出されたたことも有ったが、審議未了で廃案となった経緯がある。世界各国では、アメリカの防諜法、イギリスの公務秘密法、ドイツのスパイ防止法等があり、常識的に言えばスパイは死刑に相当する筈だ。
 本稿の主題ではないので多言はしない。

(4)外国に舐められぬ国家に!
 日本の無為無策が、中国での邦人のスパイ容疑起訴となり、北朝鮮による邦人拉致となっている面があることは否めない事実だ。日本は、NATO(no action talk only :言うばかり!)と揶揄されるのだから、外国に軽んじられているのだ。日本は、国力に相応した外国への対応力が乏しい。だから舐められているのだろう。国力を背景にした毅然とした対応を採るべきだし、そのような権威ある国家にならねばならぬ。如何にして善良なる国民を守るかは国家たるの最大の責務だ。



6 終りに
 世界は熾烈な情報戦を戦っている。その状況を窺わせるのが邦人スパイ嫌疑・起訴である。中国は何故に素人をスパイとして逮捕・起訴するのか、それほどにセンシティブになっているのか?日本に心理的プレッシャーを掛けているのだろう。
 我が国も国際情報戦に負けぬように各種施策を真剣に検討すべきだろう。

(F)