ASEAN綱引き激化と我が国の対応!

平成30年4月14日
山下 輝男

1 始めに
 中国は12日、同国が軍事拠点化を進める南シナ海で、初の空母「遼寧」が参加した「中国史上最大規模」の観艦式を行った。更には、18日には台湾海峡で軍事演習を実施すると云う。南シナ海での「航行の自由」作戦で中国に対抗し、台湾にも接近するトランプ米政権を強く牽制する狙いがある。
 また、ASEAN諸国は中国の切り崩しにより、一枚岩とはなり得ず、何もなし得ないどころか、中国の意を受け入れる面さえある。
 中長期的視点で、海洋強国化を図り、南シナ海の聖域化内海化を進めてきた成果が表れ始めている。
 これに対して、日米は巻き返しを図りつつあるも、十分に奏功しているとは云い難い。本稿ではそれらの状況を概観したい。



(防衛白書から転載)

2 南シナ海を巡る米中露の覇権争奪戦
(1)南シナ海の概要
 南シナ海は、中国、台湾、フィリピン(比)、ベトナム(越)、マレーシア、ブルネイ等に囲まれた広大な海域であり、漁業資源だけではなく、石油・天然ガス等の海底資源の埋蔵の可能性が指摘(ECAFE 1969年報告書)され、シーレーンとしては世界貿易の半分以上が通過するとされる。
 中国が主権を主張する九段線の海域内には、南沙諸島(英語名スプラトリー諸島)、西沙諸島(同パラセル諸島)、東沙諸島(同プラタス諸島)及び中沙諸島(同マックレスフィールド岩礁群)の島嶼群が形成されている。
 中国が主張する九段線域内の制海・制空権を確実にするためには、西沙諸島スカボロー礁及び南沙諸島のトライアングルの確保が必須である。正に不沈空母に相当する。



(「中国の南シナ海進出と国際社会の対応」参議院事務局発行 から転載)

(2)中国の野望:着々と
ア 九段線の設定と域内島嶼群の実効支配の強化の状況と背景・狙い
 中国は、2009年、南シナ海における自国の「主権、主権的権利及ぶ管轄権」が及ぶと主張する国連宛口上書に、九段線を添付した。
 中国は、その九段線内の島嶼群に対して、米・露の撤退等による力の空白に乗じて、逐次に実効支配に乗り出した。
 更に、近年では更に強硬的な動きが目立つ。南沙諸島や西沙諸島での軍事拠点化の進展著しく、内海化している感すらある。
その概要は以下のとおりである。
①1974年、ベトナムが実効支配する西沙諸島を軍事占領(米軍のベトナム撤退後)
②1988年、南沙諸島の一部をもベトナムとの交戦の結果支配下に置いた。(ベトナムにおける旧ソ連の軍事プレゼンス低下)
③1995年、更にはフィリピンが実効支配する南沙諸島の一部を奪取した。(1992年米軍の比からの撤退)
④2009年 九段線を発表
⑤2012年 スカボロー礁で、比海軍と中国公船対峙、比海軍撤退
⑥2014年 中国、南沙諸島で大規模埋め立て開始


(防衛白書から転載)

イ 南シナ海強硬進出する中国の狙い・背景等
①領有権や海洋権益の確保を確固たるものにする。
②中国の海上交通路の安全確保、並びに日・台・韓のシーレーンへの脅威
③南シナ海の内海化(軍事プレゼンス、対米戦略A2/AD上の要域)
 最近指摘されているのが、核戦略上南シナ海の聖域化を狙っていると云うものである。運用拠点に適しているという。沿岸国の警戒監視能力は脆弱であり、水深も深く、位置が探知されにくいのだ。因みに、中国の晋級ミサイル原潜は、JL-2:7400㎞を搭載している。  
ウ 一帯一路構想,AIIBとASEAN加盟国  中国西部-中央アジア-欧州を結ぶ「シルクロード経済帯」(一帯)と、中国沿岸部-東南アジアーインドーアフリカー中東―欧州と連なる「21世紀海上シルクロード」(一路)からなっている。100を超える国と地域から支持あるいは協力協定を得ているとされる。
 沿線国の経済不足を補い合い、アジアインフラ投資銀行(AIIB)や中国・ユーラシア経済協力基金等により、インフラストラクチャー投資を拡大するだけではなく、中国から発展途上国への経済援助を通じ、人民元の国際準備通貨化による中国を中心とした世界経済圏を確立すると言われている。
 日本総研の調査資料等によれば、ASEANを含む沿線諸国との貿易関係は拡大傾向にあるが、中国の過剰生産製品の受け皿となっている面もある。また総じて、沿線諸国からの対中直接投資は概ね低調である。一方、産業協力パーク(経済貿易協力区などの総称)では、マレーシア、インドネシア、タイ、ベトナム、カンボジアで推進されている。対外経済請負も緩やかではあるが拡大傾向にあると云われる。
エ これら以外にも、中国のASEAN諸国への外交攻勢は頻りである。 例えばフィリピンは、ハーグ国際仲裁裁判所で全面勝訴したにも拘らず、中国に近づき経済的権益を得ようとしている。インドネシアについても、東チモール問題から米国との関係が拗れ、この機に中国やロシアが戦闘機ミグ・スホイや攻撃ヘリ等の売り込みに成功し、ロシア艦隊も寄港している。
オ マレーシア
 マレーシアでは、中国が提示する東海岸6600㎞の鉄道敷設計画があるが、これは昆明からラオス、カンボジア、タイを経てマレーシアを通過してシンガポールに至る大長距離鉄道であるこの余り必要性のない鉄道路線は中国のシーレーンのバックアップではとの疑念がもたれている。この鉄道に付随して、クアンタン港、マラッカ海峡諸都市の港湾整備等々海のシルクロードプロジェクトが目白押しだ。
 ナジブ現政権は、のめり込み過ぎとの批判があり、来る総選挙では厳しい戦いが予想されるが、形振り構わぬ選挙戦術をとっている。
カ モルディブ
 ASEANではないが、中国のやり口が解る事例がある。ASEAN諸国が辿るかも知れぬ道かもしれない。
 インド洋に浮かぶ美しい島国モルディブはインドにとって長年、南アジア戦略の要所だった。1965年にイギリス保護領から独立したモルディブを、インドは政治経済の両面で手厚く支援してきた。
 だが近年、新シルクロード経済圏構想「一帯一路」を掲げる中国がスリランカやパキスタンと同様にモルディブにもカネをばらまき、インドのお膝元であるインド洋一帯で権益拡大を狙っている。驚いたことに中国は、12年までモルディブに大使館を置いてさえいなかった。だが今やこの小さな島国には中国人観光客が押し寄せ、中国からの出資が殺到。8億3000万ドルをかけた国際空港の拡張工事も中国主導で進んでいる。中国への急接近を主導する大統領に対して、従来型の親インド路線を掲げる野党勢力は批判を強めている。野党陣営によればモルディブの中国への借款は対外債務の約7割を占め、年間返済額は国家予算のおよそ1割に当たる年間9200万ドルに上るという。国家の命運を中国に握られた状況を、中国の「負債トラップ」にはまったスリランカの二の舞いとする声も上がっている。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/04/post-9880.php
悪徳サラ金を彷彿させるではないか。


(3)米国の退潮と巻き返し開始
 米国のベトナムやフィリピンからの軍事力の撤退に伴い、更には米国のアジアへの関心低下に伴って、中露特に中国が南シナ海に進出してきた。勿論、指を加えていた訳ではないが、中国の海洋進出を抑止できなかった。TPPからの離脱もあった。
 危機感を抱いた米国は、米軍の駐留を事実上認めるフィリピンとの協定締結、航行や上空飛行の自由の強調、更には中国の埋め立てを進める南沙諸島の12カイリ内を航行させる「航行の自由作戦」を時折実施して中国を牽制している。航行の自由作戦は、2018年3月で6回目となり、中国は猛反発しているが、米国は今後も継続するだろう。
 2018年3月、旧敵国である米国の空母寄港をベトナムが受け入れた。カール・ビンソンが、ベトナム中部のダナンに寄港した。米越の協力関係がどのように進展するのかはまだ不明だが、注視する必要があろう。
 南シナ海と東シナ海の両睨みが可能な台湾の地政学的地位が向上しつつあり、米国は相次いで新たな台湾政策を実行しつつある。
 台湾国防産業発展協会と米国軍事企業と技術協力を議論するフォーラムの初めての開催、台湾が最も関心を持っている潜水艦自主建造計画に米企業が商談参加することを米政府が初めて認めた、また、全レベルの米政府職員に台湾への渡航と当局者との面会を許可し、同時に台湾当局者に対し「敬意のこもった条件で」訪米し米政府当局者と会うことを許可する台湾旅行法の成立等である。
 勿論、これら具体的な行動以外でも、米国はことあるごとに力による現状変更に強く反対することを鮮明にして中露を牽制している。


(4)関係諸国の動向・思惑等
ASEAN諸国は、中国の南シナ海進出に対して、国際仲裁裁判所への提訴や行動規範の策定提起等を行ってきたが、十分な成果を上げているとは云い難い。
 ア 国際仲裁裁判所提訴と判決
 オランダのハーグに設置された南シナ海仲裁裁判所は、2016年7月12日、中国の南シナ海における行動に対して初めての国際司法判断を下した。この仲裁裁判は、フィリピンが2013年1月に国連海洋法条約(UNCLOS)に基づいて提訴し、提訴から3年半後の7月12日、南シナ海仲裁裁判所は、15項目に及ぶフィリピンの提訴項目全てに対して裁定を下した。この裁定は、1つの提訴項目を除いて他の全ての提訴項目でフィリピンの主張を認めた、中国の完敗ともいえるものであった。南シナ海における中国の強引な力による現状変更の試みは、UNCLOS違反と決め付けられる結果となった。南シナ海仲裁裁判所の裁定は最終的なもので、UNCLOS加盟国としての中国に対しても法的拘束力を持つが、フィリピンと中国の南シナ海における領有権紛争の直接的な解決をもたらすものではないし、中国に対して裁定の遵守を強要するメカニズムもない。しかしながら、中国の南シナ海における力による現状変更に国際司法が断罪を下したことに大きな意義がある。

 イ 海上行動規範の策定等
 2002年にASEAN・中国間で合意した「南シナ海における関係国の行動宣言(DOC)」は、その役割を果たせず、これをより発展させた行動規範(COC)の策定に向けた動きがなされている。
ASEAN諸国は、中国と昨年5月、行動規範の策定について合意したとはいえ、その協議の進展は遅々としており、その一方で中国による軍事拠点化のみが進展している。法的拘束力の要否で中国とは対立があり、膠着したままである。

 ウ 一枚岩ではないASEANと中国のターゲット
 ASEAN諸国は、中国との経済メリット、安全保障上の脅威回避、そして自国の国益を考慮して南シナ海問題に対応している。南沙強硬派は、フィリピンやベトナム、風見鶏的中立派と目されるのは、タイ、ミャンマー、マレーシア。シンガポールであり、親中派はラオスとカンボジアと云えるかもしれぬ。
 中国が、風見鶏的中立派に積極的に働きかけているが、奏功している感無きにしも非ずだ。仲裁裁判所に提訴・勝利したフィリピンは、豹変したのかも知れぬ。


(5)第3勢力ロシアの動向
 ロシアのプーチン大統領は2016年5月、東南アジア諸国連合(ASEAN)の首脳らと南部ソチで首脳会議を開いた。会議後、協力方針を盛り込んだ共同宣言と行動計画を発表し、「戦略的パートナーシップを目指すことで合意した」と表明した。米中が覇権を競うアジアで「大国」ぶりを演出し、存在感を示す狙い。テロ対策や武器輸出をテコに取り込みを図ろうとしている。
 2018年4月6日、ロシアとベトナムは、2020年までの軍事協力の工程表で合意したと報じられた。捜索・救助活動、合同軍事訓練の実施を行うものとみられる。ロシアはラオスにも近づいている。その思惑は奈辺にあるのだろうか?
 プレイヤーが多ければその分複雑化する。

3 我が国に対する影響と対策
(1)現状認識
 日米欧が手を拱いている間に、中国による南シナ海の実効支配は着実に進み、その直接の当事者であるアセアン諸国は、中国による飴と鞭により切り崩され、一致した行動をとれず、南シナ海はその名の通りに中国の内海と化した感がある。
 現状に危機感を覚えた日米が巻き返しを図りつつあるが、既に手遅れとも感じざるを得ない。


(2)警鐘と説得・包摂を
 日米は連携しつつ、法と正義に基づき、力による現状変更を認めない旨、中国や他の諸国に働きかけてはいる。目に見えた成果が上がっているとは云い難いが、原則を主張し続けることは重要である。同意する多くの国々の声の力を信じたい。
 かって、米国をはじめとする西側諸国は、中国を西側の価値観を共有させることによって、その態度を変えることが可能であるとの認識を持っていたが、それは幻想であったということに気づきつつある。彼らは力無き時にはその本音を隠し、一度力を得ればその本性を露わにするのだ。
 如何にして、彼等に海における法の支配の重要性・必要性を理解させるか、極めて難しい課題である。力による現状変更の無謀さを認識させ、法の支配に従うことがメリットの大なることを時間をかけて説得するしかないのだろう。余りにも前途遼遠で難しい。結局はパワーの原理が作用するのだろう。
 地域における多国間協力への中国の参加を促す努力も必要ではあろう。中国を包摂し得れば、これに勝るものはなかろうが・・。


(3)ASEAN諸国への積極的支援・援助
ア 沿岸監視能力の増大への寄与
 我が国にとって、南シナ海のシーレーンの重要性は云うまでもなく、ASEAN諸国とは同じアジアの国家として、政治的経済的にも密接な関係がある。従って、為しうる限りの支援を行って、南シナ海の自由通行を確保するべく、関係諸国に対して支援をすべきだ。その一環として
(ア)海上保安庁が主体となって、次のような施策を遂行中である。①諸外国からの研修生の受け入れ ②専門家の派遣 ③技術協力プロジェクト ④巡視船・航空機の派遣による研修や共同訓練実施
(イ)また、巡視船をマレーシアに2隻、フィリピンに10隻、ベトナムに6隻供与予定もしくは一部引渡して、海上における法執行能力向上に寄与している。
(ウ)TPPの早期発効によるアジア経済圏の確立とウィン―ウィン関係の構築トランプ大統領がTPP復帰を模索しているやに報じられたことは喜ばしいことだ。
イ 日・米・豪による南シナ海の監視活動の強化
中国の違法な埋め立て行動を常続的に監視し、海洋活動状況を詳らかにすることは、抑止効果も大である。負担が大きいので、効果的な方法を検討すべきではあるが・・
ウ 日米豪印によるASEAN特に沿岸国に対する積極的な協力支援
 搾取にも似た中国の援助活動とは一味も二味も違う日本ならではのきめ細かな政治・経済援助を通じて、引き続き我に協力的な友好国とする事が不可欠だ。
 刈り取り場と化したASEAN諸国を繋ぎ留め、我が方に引き付けるための努力が必要だ。
 ASEAN諸国も強かである。両天秤にかけてそれぞれの国益に叶う方を選択するであろう。高速鉄道敷設で苦杯を舐めたこともあったが、これに懲りずに諸国との調整を推進して欲しい。この際、日米豪印が戦略調整して、それぞれの持ち味を最大限に活かすことが必要だ。


(4)我が国自身の防衛努力等
 南シナ海で起きていることは東シナ海でも起きることであり、否既に起きつつある。尖閣諸島周辺における中国公船の監視活動は常態化し、領海侵入も相次ぐ。海空軍による示威行動も活発化している。1月には「商」級と見做される潜水艦が尖閣接続水域を航行した。データ収集が目的だったのではとの指摘もある。商級原潜は、対艦巡航ミサイル(540㎞)を十数発同時発射可能とされ、米空母打撃群にとっては大いなる脅威である。
 今年3月の組織改編で、中国海警局が、人民武装警察部隊(武警)に編入され、軍の指揮下に置かれた。現在既に、日中の監視船(巡視船)の船舶数は、中国120隻に対し、日本はその半数である。
 中国との間で海上連絡メカニズムで合意したのは偶発事態回避のために必須ではあるが、大事なことは中国に自制を促すことであり、抑止することであろう。
 島嶼防衛の為に色々な施策を行っている。水陸機動団の新編、9航空団の新編と南西航空方面隊の新編等、哨戒機の取得等による監視体制の増強等を行っているが、力の懸隔は大きくなりつつあるかもしれぬ。
 普天間の早期移設を実現させて抑止能力を高めねばなるまい。
2016年策定の「海上保安体制強化に関する方針」に基づき海上保安能力の強化を図りつつ、日米安保の深化と自身の防衛努力が重要だ。


(5)米国に対して
 思い付きで予測不能なトランプ大統領ではあるがそれでは世界が困る、重要なのは米国の政策が、中長期的一貫性を持つことであり、それが世界の平和と安定には不可欠である。大統領に物申しうるのは、多分安倍首相しかおるまい。グランドデザインを描いて、密接な戦略調整の下、協調して東アジアの安全と安定に寄与して貰いたいと願うものである。

4 終わりに
中国が恐れるのは、日米豪印による戦略包囲である。ASEANを我が方に包摂し得るか否かが、中国の無謀ともいえる野望を挫くか否かのカギである。
 無論、徒に彼の国を敵視するものではなく、自由世界の一員としての紳士的な振る舞いを期待しているのだ。共通の価値観の下、自由で公平な競争をしたいだけだ。彼らが変わるまでは我らも更に努力する必要がある。

(F)