リビア方式は実現するか?

平成30年5月9日
山下 輝男

1 始めに
 北朝鮮の非核化等をめぐる動きが目まぐるしい。
5月8日には異例とも云うべき中朝首脳会談が大連で行われた。ボルトン米大統領補佐官は、北朝鮮の非核化については、「リビア方式」で実施すべきと言明(5月1日)している。(なお、ボルトン氏は、リビア大量破壊兵器廃棄時には、米国務次官として辣腕を振るった。)米国のポンペイオ国務長官は、北朝鮮を訪れて(5月9日)、米朝首脳会談に関する事前交渉を行っている。
 斯様に、北朝鮮の非核化(等)の進め方等に関する米朝協議の下準備が進められている。日中韓首脳会談(5月9日)でも連携確認がなされた。
 リビア方式とは如何なる方式なのか、どのように実施されたのかを各種ニュース報道及び「リビアの大量破壊兵器開発計画放棄、国際社会の…調査」(経産省委託調査 2007.3㈶日本エネルギー経済研究所)等を参考に取りまとめると共に、何が論点かを検討した。

2 リビア方式の概要
(1)米国の要求
 米国が望む朝鮮半島の非核化は、北朝鮮の完全且つ検証可能、不可逆的な非核化(CVIDと云う。Complete(完全) 、Verifiable(検証可能)、Irreversible(不可逆  的)、Dismantlement(廃棄))である。
 2003年3月イラク戦争が勃発、5月には大規模戦闘が終結、12月にはフセイン大統領が拘束された。これに衝撃を受けたリビアのカダフィ政権は大量破壊兵器(WMD)の放棄を表明し、これを実行に移した。この際の成功例を、米国は踏襲しようとしている。


(2)リビア方式
ア イラクのサダム・フセイン大統領が、地中に潜んでいたところを米軍に発見拘束(2003/12/13)された映像を見て、その3日後には大量破壊兵器の放棄を世界に宣言した。

イ 交渉と迅速な合意
 イラク戦争の開始に伴い、リビアは米英に大量破壊兵器を放棄する意向を伝えた。以来、約9か月間、米英の情報機関がリビアとの事前の水面下の交渉を担い、2003年12月には、合意が成立した。ここに大きなポイントがある。徒に交渉を長引かせない、迅速な交渉であり、それを可能にしたリビアの大量破壊兵器に関する情報の蓄積である。

ウ IAEAの査察等
 IAEAは、WMDの放棄宣言を受けて、早速核施設の査察に乗り出し、12月には事務局長自身がリビアに赴き、4ヶ所の各施設を査察し、関連書類の提出要求と開発担当者へのインタビューを行った。
 リビアは、2004年1月包括的核実験禁止条約(CTBT)を批准し、3月には追加議定書に調印した。
 また、ミサイル技術管理レジーム(MTCR)の対象となる射程300㎞を越える弾道ミサイルの廃棄を約束し、米国がその実施を確認している。

エ 米英によるWMDの除去作業
 IAEAの査察と同時に、米英両国の専門家によるWMDの除去作業が行われた。2004年1月には、WMD関連の資器材の米国向け搬送が米軍機と艦船により開始され、同年3月には完了、搬出された資器材は合計500トンに及んだ。
 化学兵器についても査察が実施され、化学兵器禁止機関(OPCW)は、マスタード・ガス、神経ガス、化学兵器製造施設の存在を公表し、その一部化学兵器弾頭部3500発を廃棄処分した。
 2006年7月には、ロシアは3㎏の高濃縮ウランをロシアに移送している。(米露政府間協定に基づくものである。)

オ リビアは、WMD放棄後の軍事能力の低下を補うため、米英両国に高性能武器の供与を求めているが、これに対応する形で英国はリビアと防衛協力協定を締結した。リビアが生物或いは化学兵器によって攻撃されるようなことがあれば、英国は国連安保理の行動を要求することを確約し、同時にリビアの防衛能力増強に英国が協力することを内容としている。

カ リビアへの見返り
 リビアへの見返りは、核・ミサイルの廃棄完了後に提供された。金融制裁と航空機往来禁止解除が2004年9月、テロ支援国指定解除が2006年6月である。


(3)リビアのWMD放棄の理由等
 詳述を避けるため、上述の調査報告記載の項目のみ列記する。
ア 内定環境の作用
 ①国内の技術的基盤の不在と開発の遅れ
 ②政策転換の契機到来と政治指導力
 ③経済・安全保障上の損失
イ 外的環境の作用
 ①軍事攻撃への懸念の増大
 ②ロッカビー事件をめぐる交渉及び安保理との関係
  (ロッカビー事件とは、1988年12月21日に発生したパンナム機爆破事件)

 決定的な出来事は、2003年12月のサダム・フセインの拘束であると云われる。

3 論点等
(1)非核化のみならず、WMDまでをも放棄し、且つ中距離弾頭ミサイルの破棄までもが為されるかどうか?
 20万トンともいわれる化学兵器や生物兵器、その運搬手段(日本を射程に収めるノドン等)をも破棄することが日本にとっては肝要だ。
 日本は、米を通じ、非核化のみならず、WMDの完全廃棄更には、拉致被害者の全員帰国をも要求していくことが肝要だ。


(2)迅速な廃棄が可能か?
リビア方式は、事前の秘密交渉があったとは云え、放棄宣言から廃棄完了までが想像以上に迅速である。北朝鮮の場合も、一気呵成に行う事が重要だ。北朝鮮に対応の暇を与えることなく、一気に進めねばならない。小手先の逃げを打たれないように。


(3)廃棄先行か、同時並行か?
 リビア方式は廃棄先行方式である。ただ、北は同時並行方式を強く求めるだろう。北にとっては“廃棄はしたが、支援が得られない”という事態は絶対に避けたい筈なので、経済支援或いは体制保証を、北朝鮮を納得させる形で保証するかがポイントである。中国を巻き込む最大の理由は、中国を後ろ盾にしての体制保証の確約であろう。
 北朝鮮に対する経済支援となれば、日本が主たる役割を担うこととなる可能性もある。その際、安易に経済支援を行うのではなく、廃棄や拉致の解決状況をしっかり確認して、日本が納得できる形の状況になってから支援すべきだろう。良い所取りだけは許してはならない。


(4)完全な廃棄の確認は可能か?
 北朝鮮が完全且つ不可逆的な廃棄を行ったかどうかを検証することが可能か?米国等がどの程度の情報を掌握しているかがポイントなのだろう。中国が情報を出すとも思われないし、北が正直に情報を提供するとも信じられない。


(5)北はリビア方式に異論在ると云われるが?
 北朝鮮がリビア方式を嫌う理由は、カダフィの末路が何れは我が姿との思いが強いからだと云われ、一部識者は、リビア方式は成功しないのではと危惧する。が、リビアがWMDを廃棄したからカダフィ政権が倒れた訳ではない。アラブの春でリビアの政権が打倒されたのは、2011年10月でありリビアの大量破壊兵器廃棄から7年が経過しており、直接的関係はない。確かに、カダフィのカリスマ性は喪失してはいたが・・
 北朝鮮の体制保証を担保するのは中国である。中国にとって、朝鮮半島北側に友好国が存在することが最大の関心事項であり、北の体制保証は中国が最も望むものである。北には米国の要求を呑む以外に道はなく、如何に有利な条件を勝ち取るか、如何にWMDを高く売りつけるかが交渉の焦点だろう。北には他の道は有り得ない。


(6)非核化の対象は、朝鮮半島か北朝鮮か?
 朝鮮半島の非核化の内容が不明ではあるが、米軍に係る点で愚にもつかぬ妥協をすべきではない。軍事バランスが激変しないようにして欲しいものだ。在韓米軍撤退論者でもある(?)トランプ大統領の決断が気に掛かる。安易な妥協が為されぬような努力が必要だ。日本の安全保障を根底から見直さねばならぬような軍事バランスの激変は避けて欲しい。
 最も、朝鮮半島の軍事バランスの変化を見極めつつの、我が国の新たなる安全保障戦略をも視野に入れての検討もすべきだろう。


(7)日中韓の連携維持を!
 北朝鮮が完全にWMDを廃棄するには、日中韓の連携は欠かせない。3ヶ国間の思惑の差はあり微妙に異なっているが、その差を可能な限り埋めることが、北朝鮮の完全廃棄を促進するだろう。本日の久々の第7回日中韓首脳会談は有意義であり、安倍首相のリーダーシップを称賛したい。




4 終わりに
北朝鮮が非核化に舵を切ったのは確かなそうに見える。問題は、それを如何に具体化するかであり、その際に参考になるのが2003年~2004年にかけてリビアのWMDが廃棄された所謂リビア方式である。
 それらを念頭に置きつつ、米朝協議やその後の動きを注視したい。

(了)