新大綱もさることながら!

平成30年6月6日
山下 輝男

1 始めに
 年初以来、新大綱見直しに関する諸報道があり、平成30年5月29日には自民党が「新たな防衛計画の大綱及び中期防衛力整備計画の策定に向けた提言」
https://jimin.jp-east-2.os.cloud.nifty.com/pdf/news/policy/137478_1.pdf?_ga=2.55086635.1687704815.1527844325-2131038198.1527844325)を取りまとめ、6月1日安倍首相に手渡した。首相は、「しっかり検討、参考にする。」と述べたとされる。
 自民党の提言内容については、全体としては賛成であるが、より激変しつつある我が国周辺情勢から、大綱の見直しのみに限定して良いものだろうか?地殻変動の予感がする東アジア情勢に立脚した戦略策定が先ず為されるべきではないか?本稿は、そのような問題意識を述べんとするものである。

2 自民党の提言内容の概要
(1)ニュース報道では
 防衛力整備の指針となる「防衛計画の大綱」の見直しに向け、自民党は、海洋進出を強める中国を念頭に、空母の役割を担う「多用途運用母艦」の導入を検討するよう求める提言を、安倍総理大臣に手渡しました。
 自民党の安全保障調査会と国防部会がまとめた今回の提言では、中国が海洋進出を強め、南西諸島から台湾にかけてを「第1列島線」と呼んでいることを念頭に「列島線防衛」を掲げ、空母の役割を担う「多用途運用母艦」の導入を検討するとしています。
 さらに、多用途運用母艦にも搭載できる短距離の滑走で離陸可能な最新鋭戦闘機、F35Bを取得することや、NATO=北大西洋条約機構がGDP=国内総生産の2%の防衛費を目標としていることも参考に、十分な防衛予算を確保することを求めています。
 提言を受け取った安倍総理大臣は、「安全保障環境が大きく変わり、装備の技術も革命的に変化している。国民の命と領土・領海・領空を守っていくため、大綱の見直しに向けて、しっかりと検討の参考にしたい」と述べました。
 このあと自民党の中谷安全保障調査会長は記者団に対し、「『列島線防衛』を掲げ、日本列島をしっかりと防衛できる体制を作るための提言だ。日米協力や防衛省の体制強化、それに予算の獲得が必要だ」と述べました。
 (NHK https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180601/k10011461611000.html?utm_int=news-politics_contents_list-items_005)  太字は筆者
 安倍晋三首相は1日、自民党の中谷元元防衛相らと首相官邸で会い、政府が年末に改定する「防衛計画の大綱」と「中期防衛力整備計画(中期防)」に向けた提言を受け取った。首相は「安全保障環境が大きく変わってきている中、領土、領海、領空を守るという認識のもと提案を頂いた。しっかり検討、参考にしていきたい」と話した。
 提言は、防衛費について「NATO(北大西洋条約機構)が対GDP(国内総生産)比2%達成を目標としていることを参考に、必要十分な予算を確保する」と明記し、事実上「GDP比2%」の目標を掲げた。中国や北朝鮮などを念頭に、陸海空に加え宇宙、サイバー領域も活用した「多次元横断(クロスドメイン)防衛構想」も掲げた。
(産経 http://www.sankei.com/politics/news/180601/plt1806010017-n1.html)


(2)提言の概要紹介
   尚、(*  )は簡単な内容紹介)

Ⅰ 情勢及び基本方針 1 我が国の周辺情勢の変化
2 米国の新戦略と日米同盟の深化・拡大及び友好国との協力
3 新大綱策定の基本方針
 新たな国防方針を統合的な防衛構想に基づき策定し、・・・次世代に通用する実効性あるより積極的な防衛体制(アクティブ・ディフエンス)を実現することを基本方針と定め、以下の点を重視したうえで、大綱及び中期防を策定
① 脅威に応じた防衛力整備
  多次元横断的(クロス・ドメイン)な防衛力整備 列島線防衛の観点
② 同盟・友好国との連携と安全保障協力の強化
③ 必要かつ十分な予算・基盤の確保
  「NATOの対GDP比2%達成を目標」にを参考にしつつ
Ⅱ 具体的方針
1 防衛力の質・量の拡充
(1)対処能力の強化
①統合運用の推進(*統合司令部、IAMD、その他の分野での統合推進)
②先進的な装備体系の導入による対処能力の強化(*長距離打撃力等)
③IAMD・BMDの強化(*統合防空ミサイル防衛、敵基地攻撃検討推進)
④島嶼防衛の強化

(2)継戦能力の強化
①基地等の抗堪化  (*本稿において多用途運用母艦、STOVL機取得を記述)
②後方支援能力の強化・統合(*輸送アセット、弾薬庫等)
③衛生機能の強化(*CBRNE対処能力)
④予備の充実  (*人的縦深性、弾薬等の備蓄)

(3)ISR機能(情報収集・警戒監視・偵察)の強化
(4)宇宙・サイバー・電磁スペクトラム等の能力強化
①新たな領域の体制の構築(宇宙・サイバー・電磁スペクトラム等、統合部隊も)
②宇宙安全保障能力の強化(*運用部門新設、宇宙状況監視を空自に)
③サイバー防衛体制の強化(*国防の最前線と位置付け、法的論点整理)
④電子戦能力の強化(*電磁スペクトラム管理)

2 同盟・友好国との連携及び安全保障協力の強化
(1)日米同盟の連携・協力の強化
①米国の拡大抑止の強化
②日米間の連携・協力の強化(*柔軟な抑止のための措置(FDO)検討)
③米軍来援基盤の維持
④基地負担軽減と抑止力維持の両立

(2)友好国との協力及び安全保障協力の推進
①友好国との連携強化(*自由で開かれたインド・太平洋戦略の基)
②周辺国との関係推進(*中国との海空連絡メカニズムの実効的運用)
③国際協力環境の変化に対応し、日本の特性を活かした安全保障協力の推進

3 十分な予算・基盤の確保及び国民の命を守る体制の確立
(1)防衛予算の確保及び人的基盤の強化
①十分な防衛関係費の確保
②精強な自衛官の確保(*募集体制の強化等、女性自衛官活用促進)
③自衛官の処遇改善
④自衛官の知見活用(*再就職支援の魅力化、定年延長)
⑤訓練環境の整備
⑥防衛施設関連施策の充実(*各種周辺対策事業)
⑦自衛隊員の安全の確保  (*公文書特に日報の公開のあり方検討)
⑧自衛官の活動への国民理解の増進

(2)防衛生産・技術基盤の維持・強化
①国内基盤の維持強化(*キーサプライヤーの保護、スピンオフの推進)
②技術的優越の確保及び研究開発の推進(*先進技術分野に対する重点的資源配分)
③装備品移転の促進 (*国と企業の連携の一層の強化)
④政府全体で取り組む体制の構築 (*日本版DSB,CSTI等)

(3)国民保護の強化
①住民避難訓練の促進
②広報活動の強化
③避難施設の拡充
④在外邦人退避の態勢構築
                                       以上

3 自民党提言に対する評価及び政府に対する要望等
(1)高く評価するも!
 自民党の提言内容は、正面後方、情勢に応じる所要の重視事項等を漏れなく網羅し、直面する情勢に対応しており、高く評価したい。唯、聞き慣れぬ英単語が多く、馴染みにくい。他に適当なる日本語はないのか?


(2)速やかなる実行を!
政府が、本提言を真摯に受け止め、速やか且つ最大限具体化・施策化を図って頂きたいものである。


(3)可能な限りの前倒しを!
 大綱で規定した整備項目を中期計画に従って整備することとなるが、大綱事項の完成は早くても5年後と云うこととなる。情勢がそこまで待っていてくれるのであろうか?可能な限りの前倒しが肝要だ。整備された防衛力が実際に運用できるまでには相応の時間を要するものである。


(4)対GDP2%の妥当性は!
 2%というNATOの目標を日本も目標とするのは妥当なのか?如何なる脅威があって、如何なる防衛を行うために如何ほどが必要かとの積み上げが見られない。所要防衛力から所要防衛費を算出し、財政的・政治的判断があるべきだろう。数字の一人歩きが怖い。最も、如何に少なく見積もっても2%は優に超えるのではなかろうか?

4 東アジア情勢の地殻変動と新安保戦略
 現大綱の基礎となるものは、平成25年12月17日策定された「国家安全保障戦略」(NSS)である。本戦略は概ね10年程度の期間を念頭に置いたものであるとされるが、その後における中国の異常な軍拡と南シナ海への強硬なる進出、北朝鮮の非核化をめぐる米朝首脳会談と予断を許さぬその行方等々を考慮すると、現NSSを前提とした大綱は見直しが迫られていると言えよう。
(1)朝鮮半島情勢の見極め
 北朝鮮の非核化等に関連する米朝会談が、如何なる結果になるのか、現時点では予断できないが、その結果如何では、朝鮮半島情勢更には東アジアの情勢が地殻変動を起こす可能性もなきにも有らずだ。WMDの完全廃棄がなされたとしても、北朝鮮及び韓国が中国と戦略的有効関係を採るとしたら、日本の安全保障は抜本的に再考する必要がある。年末の大綱策定時までに見極めは出来ないだろう。とすれば、情勢激変への柔軟性保持に留意するのは当然だし、そのような姿勢があって然るべきだ。


(2)南シナ海情勢の激変対応
 南シナ海の情勢が厳しくなっており、日本は何を為すべきなのだろうか?軍事的対応だけではなく総合的な観点からの対応を考えていくべきだ。ASEAN諸国に如何に支援するか、日米として何を為すべきかを調整する必要があろう。
 そのような観点から、安保戦略の見直しをも必要となるのではないか?南シナ海のみならず朝鮮半島情勢からも安保戦略見直しが迫られる可能性が高い。
 戦略は、情勢の変化に応じて見直すべきだし、見直すべきだろう。


(3)開かれたインド太平洋確保のための対応は
 我が国は、安倍首相の提唱する「インド・太平洋戦略」を精力的に進めようとしており、米国も太平洋軍を「インド・太平洋軍」と改称するなど我が国と歩を一にしている。また、インドも豪州も中国に対する警戒感から賛同しつつある。ASEAN諸国も一部の親中国は別にして警戒感を露わにし、日米に対する期待感が強い。
 我が国にしても米国にしても、具体的な行動となるとやや及び腰であるようだ。日米豪印の主要国による戦略調整と具体的活動を行うべきではないか。


(4)国際貢献について
 国際平和協力の推進は、現NSSでも謳われているが、所謂PKO参加五原則をはじめとした海外における自衛隊の活動には制約が多く、十分な貢献ができない恐れがある。積極的な国際貢献を国是とするのであれば、それを推進し得る体制整備が必要だ。


(5)防衛法制や憲法改正等
 安全保障戦略の大前提たる憲法改正問題と、自衛隊が所謂国際標準の武力組織と同等の権能を有するための防衛法制全般にわたる再検討と改正が必要だ。

5 終わりに
現NSSを前提とした大綱見直しを進めつつも、地殻変動を起こしつつあるインド・太平洋情勢に応じた新戦略を早急に策定し、それに応じた更に新たな大綱を策定しても良いのではないか。情勢の急変にはそれに応ずる柔軟性も必要だ。

(了)