核兵器禁止条約加盟に関する論考!
(副題:日本は核兵器禁止条約に署名・批准すべきか?)

平成30年8月12日
山下 輝男

1 始めに
 核兵器禁止条約(英語: Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons または Nuclear Weapon Ban Treaty)は、核兵器の全廃と根絶を目的として起草された国際条約である。正式には、「核兵器の開発、実験、製造、備蓄、移譲、使用及び威嚇としての使用の禁止ならびにその廃絶に関する条約」である。
 今年も、73回目の8月6日及び9日が訪れ、広島・長崎では平和祈念式典が挙行された。安倍首相が核兵器禁止条約に触れなかったこと、日本が一向に同条約に署名し、批准しないことにマスコミや野党・識者・被爆者或いは平和団体は一斉に厳しく批判している。唯一の被爆国として、同条約に署名し批准して、世界を主導すべきであると云う。
 オバマ前大統領の広島訪問に感動・涙し、国連事務総長の今年の式典参加に意を強くした人も多いのだろう。今年は核兵器禁止条約の採択から1年という節目であり、期待感がいやが上にも高まったと云える。
 日本政府は同条約には参加しないと云い、一方には、理想論、人道・人権絶対善主義の下、同条約を積極的に評価し署名・批准を求める大きなうねりがある。斯様に、核兵器禁止条約に関して、国民の意識・認識が分断されているようだ。
 核兵器禁止条約に如何に対応すべきかを、情に流されることなく、冷静かつ現実的に検討する必要があるとの問題意識の下に本稿を纏めたものである。現下の状況打開に幾何かの寄与が出来れば幸甚である。










2 核軍縮等に関する現在の国際的枠組み
(1)核軍縮の流れ
 キューバ危機(1962年)を契機として核軍縮の動きが加速し始めた。それを時系列的に示せば以下の通りである。

①1963年:PTBT(部分的核実験禁止条約)にアメリカ/ソ連/イギリスが批准
 大気圏内、宇宙空間及び水中における核兵器実験を禁止する条約

②1968年:NPT(核兵器拡散防止条約)
 核軍縮を目的に、アメリカ合衆国・ロシア・イギリス・フランス・中華人民共和国の5か国以外の核兵器の保有を禁止する条約である。1970年に発効した。

③1969年:SALT(戦略兵器制限交渉)
 アメリカとソ連の間でかわされた交渉で、お互いの保持できる核兵器の量を取り決めたものである。SALTは1982年以降、戦略兵器削減交渉と名前をかえて、新しい核兵器の軍縮の交渉が続けられている。

④1987年:INF(中距離核戦力全廃条約)
 このINFが初めて核兵器の削減を明記した軍縮条約である。

⑤1996:CTBT(包括的核実験禁止条約)
 CTBTとは、国連で採択された宇宙空間・大気圏内・水中・地下を含むあらゆる空間での核兵器の核実験による爆発、その他の核爆発を禁止した条約である。
 採択され、157ヶ国が批准(日本は1997年)しているが、発効要件(核兵器保有国を含む44か国の批准)を満たしていない為未発行である。
 核保有国であるアメリカ・イスラエル・イラン・エジプト・中華人民共和国・北朝鮮民主主義人民共和国・インド・パキスタンが批准していない。



(2)核不拡散条約(NPT)について
 核軍縮を目的に、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中華人民共和国の5か国(P5)以外の核兵器の保有を禁止する条約である。
 核兵器保有国は、核兵器の削減に加え、非保有国に対する保有国の軍事的優位の維持の思惑も含めて核兵器保有国の増加すなわち核拡散を抑止することを目的として1963年に国連で採択された。関連諸国による交渉、議論を経て1968年に最初の62か国による調印が行われ、1970年3月に発効した。
 25年間の期限付きで導入されたため、発効から25年目にあたる1995年にNPTの再検討・延長会議が開催され、条約の無条件、無期限延長が決定された。
 未加盟国は、インド、パキスタン、イスラエル、南スーダンの4ヶ国である。イランは、1970年より加盟しているが、核兵器を開発しているとみられている。イラクは核疑惑がもたれていたが、イラク戦争の結果その証拠は発見されなかった。
 北朝鮮は、加盟国(特にアメリカ合衆国)とIAEAからの核兵器開発疑惑の指摘と査察要求に反発して1993年3月12日に脱退を表明し、翌1994年にIAEAからの脱退を表明したことで国連安保理が北朝鮮への制裁を検討する事態となった。その後、北朝鮮がNPTにとどまることで米朝が合意し、日米韓の署名によりKEDOが発足した。しかし北朝鮮が協定を履行しなかったためKEDOが重油供与を停止する措置を採った。これに対し北朝鮮は2003年1月、再度NPT脱退を表明した。


3 核兵器禁止条約と各国の参加状況
(1)経緯
 1970年に発効した核不拡散条約(NPT)の現状に不満を抱いた幾つかの非核保有国が、1996年頃から核兵器禁止に関する活動を開始し、モデル核兵器禁止条約(mNWC)を起草する等の成果を得た。2007年にはNPT運用再検討会議準備委員会に改訂版のNWC(核兵器禁止条約)を提出した。2011年10月にはマレーシアなどが提出した核兵器禁止条約の交渉開始を求めた国連決議が採択された。2016年に10月には多国間の核武装撤廃交渉を来年から開始する決議が可決された。(賛成123、反対38、棄権16、米、英、仏、露、日本は反対票、北朝鮮は賛成、中国は棄権)
 核兵器禁止条約は、2017年3月から国連本部で制定に向けた交渉が行われ、7月7日、122ヶ国・地域の賛成多数により採択された。2017年9月に署名手続きが開始され、批准国数が50ヶ国に達してから90日後に発効する。核保有国や日本及びNATO諸国の大多数は採択に参加しなかった。
 尚、ここに至るまでの核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN 2007年設立))の貢献が大であるとされ、同団体は、2017年10月6日ノーベル平和賞を受賞した。


(2)条約の内容と署名・批准状況
 ア 目的と特徴
 この条約の目的は、「核兵器の全面廃絶と根絶」である。但し、平和目的での原子力の保有は禁じていない。前文において、「被爆者」(被爆者との日本語が用いられている。)の苦痛に対する憂慮と共に国際人道法と国際人権法の原則が、核兵器廃絶に関して再確認されている。
 特徴は、核兵器又は核爆発装置を所有、保有、管理していた締約国が申告を要する点にあるとされる。
 核兵器の「開発」や「保有」それに「使用」などを禁じるとしている。更に、“核兵器を使用する”と「威嚇」することも禁じている。これは、核抑止の考え方を明確に否定することを意味すると云える。「威嚇」の明示については、核保有国だけでなく、核の傘に依存する国々にも影響を及ぼすため議論を呼んだが、最終的に盛り込まれた。
 今回の核兵器禁止条約は、核なき世界を実現できないNPT体制にしびれを切らした非核保有国が、既存の核保有国に対して行った大胆な抗議行動であると指摘する識者も居る。

 イ 国連における採択と署名・批准国  全核保有国は不参加、米国の核の傘に下にあるカナダなどNATO加盟国や日本、オーストラリア、韓国なども不参加である。反対票は、オランダ一ヶ国、棄権はシンガポールの一ヶ国のみであった。当初条約に賛成だった北朝鮮も核兵器の開発に成功後、不参加に転じた。
 2018年7月現在の署名国は60ヶ国、批准国は14ヶ国に留まっている。


4 日本は積極的に参加すべきとの論拠
 安倍首相は、2018年8月6日、広島での平和祈念式典に出席した後の記者会見で「核兵器禁止条約には参加しない」考えを改めて示した。この様な、日本政府の姿勢に対して被爆者、各平和団体、マスコミや識者は、核兵器禁止条約に参加すべきと主張しているが、その論拠は以下のように集約できる。

①唯一の被爆国として、核兵器禁止条約に賛同し、世界を非核化に導く道義的責任を果たすべきである。

②日本は、1994年から23年連続して、国際社会に対して「核兵器廃絶決議案」を提出して例年多くの賛成を得て採択されている。世界の核軍縮のリーダーシップをとるという日本の国策の信頼性を大きく損ないかねない。

③核兵器は、人道上許されないとの理想的な規範を国際的に樹立することにより、核兵器を使いにくい、持ちにくい状況を作為することが出来る。

④核兵器禁止に関する国際世論が高まり、核保有国に対して軍縮を促す圧力になり得る。

⑤核兵器に頼らない安保政策に転換すべきである。

⑥日本政府は禁止条約の発効に向け、憲法が掲げる平和主義を体現し、対話と協調を進める役割を果たすべきである。

⑦被爆者等は、『核兵器を所有し、またこれから保有しようとすることは、何の自慢にもならない。それどころか恥ずべき人道に対する犯罪の加担者となりかねないことを知るべきである。核兵器と人類は共存できない。こんな苦しみは、もう私たちだけでたくさんです。人間が人間として生きていくためには、地球上に一発たりとも核兵器を残してはならない。』と訴えている。

⑧核兵器禁止条約は、「核兵器のない世界」の達成と維持は、世界の最上位にある公共善であり、国および集団の双方にとって安全保障上の利益に資する。

⑨核保有の不平等こそが不安定化の要因である。



5 参加すべきでない理由・論拠等
(1)広島での記者会見で、安倍首相は、以下のように述べた。「条約が目指す核廃絶というゴールは我が国も共有しているが、我が国の考え方とアプローチを異にしている。」

(2)核保有国抜きの禁止条約は実効性がないばかりでなく、溝を深めかねない。核兵器保有国と非核保有国と、更には非核保有国間の分裂を拡大し、核なき世界という共通目標を遠ざける。唯一の戦争被爆国として、核兵器国と非核兵器国の橋渡し役になるべき日本が、核禁止条約に参加することは核兵器国に対する対立を煽りかねず、デメリットが大きい。

(3)日本は、中露の核の脅威下にあり、特に北朝鮮の核は日本にとっては喫緊の課題である。これらの核の脅威に対して、日本は米国の核の傘に依存している。日本の安全に万全を期すためには、核戦力を含む米国の抑止力の提供が重要である。米国の核の傘に依存しながら、核禁止条約に参加するのは矛盾している。米国との信頼関係を損なう可能性が大である。

(4)現実的ではない。実際に核保有国の参加が見込めなく、核保有国抜きの核兵器禁止条約は、単なる宣言に過ぎず実効性が全く期待できない。

(5)核軍縮、廃絶は、核保有国と非保有国が一体となって進めるべきである。

(6)核兵器禁止条約に係る決議案に日本が反対した理由について政府の答弁書は以下の通りである。(内閣衆質一九二第九四号 平成二十八年十一月八日)
 『核軍縮に関する我が国の基本的立場は、核兵器のない世界の実現のためには、核兵器の非人道性に対する正確な認識及び厳しい安全保障環境に対する冷静な認識に基づき、核兵器国と非核兵器国との間の協力による現実的かつ実践的な措置を積み重ねていくことが不可欠であるというものである。御指摘の決議案は、北朝鮮の核・弾道ミサイル開発が我が国の安全に対する重大かつ差し迫った脅威となっている中で、このような我が国の基本的立場に合致せず、また、核兵器国と非核兵器国との間の対立を一層助長し亀裂を深めるものであるとの理由から、慎重な検討を重ねた結果、反対したものである。』

(7)核なき世界は、保有国と非保有国の現実的な協力のプロセスの中で実現されるべきである。

(8)日本が、長年に亘り提出している「核兵器廃絶決議案」は決議案であり、いわば決意表明でもある。一方、核兵器禁止条約は法的拘束を持ち性格が異なる。従って、日本政府の従来の立場と矛盾はしない。

(9)核兵器禁止条約は、逆にNPT体制の弱体化につながる懸念が有るとの意見もある。



6 今後の方向性について
(1)私見
 核兵器禁止条約は、いきなり核なき世界という理想を実現するというものであり、核を主題とする現在の安全保障体制を全く無視しており、現実的ではない。
 核保有国に対して核軍縮に励むべしとの圧力にはなるものの、廃棄するか否かは核保有国の自主的判断であり、現在の体制からは核保有国の参加は考えられない。
 核を基礎としない多国間安全保障体制を構築することが可能であれば、核兵器禁止条約も一考に値する。が、それは見果てぬ夢に過ぎないのだろう。理想だけでは現実は変えられない。

(2)どうあるべきか
 一気呵成に核なき世界を求めるよりも、CTBTやNPTを通じて、着実に核軍縮に向けて努力することが現実的だ。厳しく長い交渉が必要であろうが、世界はそれに耐えねばならない。
 核保有国が一致して核兵器の全廃をするのでない限り、囚人のジレンマにも似た状況に陥る。そこまでの信頼関係が構築できるか、疑問でもある。国家安全保障を考えると、国民を危殆に陥らしめる可能性のある理想に掛ける訳にはいかないのだ。



7 終りに
 被爆者の心情には同情を禁じ得ず、核兵器がその非人道性故に忌避されるべきであることも理解はできるが、核なき世界を一気に実現することは、余りにも理想的、急進的であり、決して叶えられない。理性的に現実を直視しつつ、現実的な方策を追求すべきである。そういう意味においては、日本政府の現実路線は正しい。核保有国と非核保有国との橋渡しは容易ではないが、希望を持ち地道なる努力を続けて欲しいと切望する。

(了)