海外戦没者の慰霊・追悼に関する現状と課題!
(副題:慰霊・追悼に係る国民的合意形成こそ喫緊の課題だ!)

平成30年9月3日
山下 輝男

1 始めに
 今年も終戦の日恒例の政府主催の「先の大戦(*注1)による戦没者310万人を追悼するための全国戦没者追悼式」が、今上陛下同皇后陛下御臨席のもとに、日本武道館で挙行された。平成最後となる天皇陛下のお言葉に関心が集まった。その一方で、ご遺族の世代交代が益々進みつつあり、戦没者の慰霊・追悼を如何に継承するかとの論評も見られた。(海外)戦没者の慰霊・追悼の継承は、ご遺族等の高齢化が進み、遺骨収集も慰霊碑の維持管理や慰霊巡拝も正に問題だらけで、正に喫緊の課題であると云えよう。
 本稿では、海外戦没者の慰霊・追悼の状況を管見し、課題を考察したい。

注1:先の大戦とは、昭和12年の支那事変から昭和20年8月の終戦までの戦争を云う。



2 戦没者の慰霊・追悼について
 大東亜戦争の戦局悪化以降、「英霊ハ必ス還ルヘク」とされたにも関わらず、現実的には「空(から)の遺骨箱」をご遺族に伝達せざるを得なかった。戦後、GHQの示唆により海外戦没者処理システムを構築した。そこでは、御遺体・御遺骨の完全な内地送還を方針としたが、進展しなかった。サンフランシスコ平和条約の調印後、遺骨収容を求める声の高まりを受け、種々検討され、日米交渉の結果、収容された一部の遺骨をその戦域全体の戦没者の「象徴遺骨」と見做す方式を採用した。勿論、現地慰霊をも重視された。然しながら、慰霊の重要な柱である慰霊碑の建立は現地感情もあり思うに任せなかった。この過渡的な措置が今日の海外戦没者の慰霊・追悼に大きな影響を及ぼしているとおもわれる。
 また、戦後の日本においては、先の戦争を如何に評価・解釈するかによって、戦没者の慰霊・追悼についての考え方が見事に分裂してしまう。我が国には、敗戦国なるが故の戦没者の慰霊・追悼の複雑さがあるようだ。先の戦争の正当性に疑義が抱く者が居る場合には、戦没者の顕彰に対しても議論が巻き起こる。更には、敗戦により、日本では軍事的なものと向き合わないという残念な傾向が顕著となってきているのも、戦没者慰霊の無関心さの増大につながっている。
 日本政府は、過去の戦争の評価等を棚上げし、専ら戦後補償に焦点を当てた施策をしてきた。戦没者ご遺族の援護をメインとされたので、戦没者の慰霊・追悼に係る所管をも厚労省とされた。何れにしても、日本が正面から先の大戦を評価して来なかったことに起因している。
 今日の我が国の平和と繁栄が、戦陣に散り戦禍に倒れた210万に及ぶ将兵等のご加護の上にあることを忘却し、更には日本が直面した国難、戦争があった事すら忘れて、繁栄を謳歌しているが、これが果たして正しい姿か疑念を抱かずにはおれない。先の大戦で、我が国のため、愛する家族や郷土を守るために散華された戦没将兵等に敬意と感謝を捧げ、その霊をお慰めすることは斉しく国民の義務であり、国家の責務でもある。



3 先の大戦における戦没者の状況について
 本稿に言う戦没者とは、1937年(昭和12年)の支那事変から1945年の終戦までの間に亡くなられた軍人、軍属、準軍属だけでなく国内の空襲等戦災死没者をも含んでいる。
 因みに『支那事変(巷間、これ以降を日中戦争と呼称しているが…)も含めて「大東亜戦争」』とすると、1941年(昭和16年)12月12日に東條内閣が閣議決定しているのであって、先の大戦とは、即ち「大東亜戦争」のことである。毎年8月15日に行われる「全国戦没者追悼式」は先の大戦における戦没者を追悼する式典であるにも拘らず、政府は、敢えて「大東亜戦争」との文言への言及を避けているが、先の大戦は、即ち大東亜戦争と呼称されるのは当然であり、そろそろ、GHQによるWGIPの呪縛から脱するべきだろう。
 WGIPの詳細は、小生の拙稿 JPSN掲載「プレスコードの影響未だに強く!」http://www.jpsn.org/opinion/word/11743/ を参照して頂きたい。

(閑話休題)
 国内外における戦没者数は以下の表の通りである。

国外 240万人 軍人・軍属 210万人
一般邦人 30万人 (注2)
国内 70万人 空襲・原爆死没者を含む
310万人

注2 沖縄及び硫黄島における一般邦人をも含む。沖縄・硫黄島の一般邦人の戦没者を
   国外に含めることに違和感はあるが、そのデータはないので、止むを得ない。



4 海外戦没者の慰霊・追悼事業の概要
 海外(国外)戦没者の慰霊事業は、「戦没者慰霊事業を所管する厚労省による事業」と「遺族会・戦友会等による慰霊事業」がある。
 厚労省事業
  ①遺骨収集事業(日本戦没者遺骨収集推進協会が指定団体として実施)
  ②慰霊巡拝
  ③戦没者の御遺骨等の遺族への伝達等
  ④戦没者慰霊碑の建立
  ⑤戦没者の残存遺骨情報の情報収集
  ⑥海外民間建立慰霊碑移設等整理事業(部外委託)

 民間団体等
  ①慰霊碑の建立と維持管理
  ②現地慰霊祭の挙行・執行
  ③慰霊友好親善事業等
  ④推進協会が派遣する遺骨収集事業に参加

 本稿は、海外戦没者の慰霊・追悼をテーマとしているが、一口に“戦没者の「慰霊・追悼」”と云っても、中味は様々である。民間立や自治体立の平和博物館・祈念館の中には、明白に、非戦・反戦の立場からの展示・説明等がメインであり、偏向ではないかと厳しい批判が起きたこともある。何れにしろ、大東亜戦争の性格の評価と慰霊・追悼の対象者・犠牲者とは誰かが曖昧模糊としていることの証左である。。



5 厚労省所管事業について(厚労省HP及びNET情報)
(1)遺骨取集
ア 概要
 海外などからの戦没者の御遺骨の収容は、昭和27年度から南方地域において始まった。その後、平成3年度からは旧ソ連地域における抑留中死亡者について、更に平成6年度からはモンゴルにおける抑留中死亡者についても御遺骨の収容が可能になった。
 この結果、これまでに約34万柱の御遺骨を収容し、陸海軍部隊や一般邦人の引揚者が持ち帰ったものを含めると、海外戦没者約240万人のうちの約半数(約128万柱)の御遺骨を収容している。
 尚、旧ソ連及びモンゴル地域においては、先の大戦の後に約57万5千人の方々(帰還者からの聴き取りによる推計)が抑留され、約5万5千人の方々が抑留中に死亡された。こうした抑留中死亡者の方々に関する埋葬地の特定や御遺骨の収容の実施に努めており、平成28年度までに19,869柱の御遺骨を収容し、モンゴル地域については概ね収容が終わっている。
 平成28年3月には、「戦没者の遺骨収集の推進に関する法律」(平成28年法律第12号)が成立した。この法により、戦没者の遺骨収集が国の責務と位置づけられたほか、平成36年度までの期間が遺骨収集施策の集中実施期間とされ、関係行政機関との連携強化、基本計画に基づく遺骨収集の実施について規定さた。
 また、平成28年5月31日には上記法律の規定に基づく、「戦没者の遺骨収集の推進に関する基本的な計画」が閣議決定され、同年8月19日に上記法律に基づき、戦没者遺骨の情報収集・遺骨の収容、送還を適正かつ確実に行うことができる法人として「一般社団法人日本戦没者遺骨収集推進協会」が厚生労働大臣から指定された。指定法人は、厚生労働省の指導監督の下、民間団体等の協力を得ながら、戦没者の遺骨に関する情報の収集及び遺骨収集を実施している。

海外戦没者遺骨の収容状況は以下の通りである。

平成30年6月30日現在


海外戦者
概数

約240万人
収容遺骨概数 約 128 万柱
未収容遺骨概数 約 112 万柱
 うち[1]海没遺骨 約 30 万柱
   [2]相手国事情により収容が困難な遺骨 約 23 万柱
 上記[1]、[2]以外の未収容遺骨(最大) 約 59 万柱

(注1)遺骨収集事業による収容遺骨数   約34万柱
(注2)千鳥ヶ淵戦没者墓苑納骨数     約37万柱


イ 遺骨収集の担い手
 遺骨収集推進法の施行に伴って遺骨収集の担い手は、“推進協会”に一元化されたが、従前は、日本國戦死者遺体収容団、日本遺族会、JYMA日本青年遺骨収集団、空援隊、戦友会である全国ソロモン会や東部ニューギニア戦友・遺族会など、NPOや民間人が日本政府・厚生労働省と協力または独自に捜索・収容活動を実施していた。
 この過程で、空援隊による遺骨収集には疑義が呈せられた。平成22年には、空援隊によるフィリピンでの遺骨収集活動は中断された。
 2018年8月16日のNHK NEWS WEBによれば、比で収集され現地保管されていた遺骨に鑑定結果によれば日本人の遺骨は一つもなかったとの鑑定結果がまとめられていたが公表していなかったと報じられた。
 毎日新聞2017年3月29日の記事によれば、日比両国は遺骨収集再開に合意した。DNA鑑定の徹底などの再発防止策を盛り込んだ覚書を交わすと伝えている。

ウ 遺骨収集状況
 筆者は、硫黄島の遺骨収集事業に参加(H28/1/17~2/2)し、その状況をJPSNに投稿している。実情をご承知いただくためにも、御笑覧賜れば幸甚である。
http://www.jpsn.org/report/iwo-to/
第一話~第三話、第四話その1~その4、第五話その1及びその2
第六話 千鳥ヶ渕戦没者墓苑拝礼式


(厚労省HPから転載)

(2)慰霊巡拝及び慰霊友好親善事業
 厚生労働省が計画・担任して、旧主要戦域や遺骨収容の出来ない海上において、戦没者を慰霊するため、昭和51年度から遺族を主体とした慰霊巡拝を計画的に実施している。また、旧ソ連及びモンゴル地域においては、抑留中死亡者の埋葬地の慰霊巡拝を実施している。
 なお、慰霊巡拝については、各都道府県援護担当課を通じて参加遺族(戦没者の配偶者(再婚した者を除く)、父母、子、兄弟姉妹、参加遺族(子・兄弟姉妹)の配偶者、戦没者の孫、戦没者の甥・姪)の募集を行い、旅費の3分の1を国費補助している。
 一方、戦没者遺児が旧戦域の人々と戦争犠牲者の遺族という共通の立場で交流し相互の理解を深め、広く戦争犠牲者の慰霊追悼を行う慰霊友好親善事業を行う民間団体に対し、実施経費の補助を行っている。
 平成30年度は、慰霊巡拝は10回、延べ430人が計画され、鋭意実施中である。各回の日数は基本的には10日間程度、各回の派遣人員数は、15名程度(状況により100名程度の場合もあり)である。

(3)戦没者の御遺骨等の遺族への伝達等
 旧軍人等の戦没者の御遺骨については、厚生労働省でその御遺骨の身元を調査し、身元が判明した場合には都道府県の援護担当課において関係遺族の調査及び連絡を行い、受領を希望する遺族が居住する都道府県を通じて御遺骨の伝達が行われている。
 また、身元の調査に際しては、遺留品や戦友の証言などのほか、近年のDNA鑑定技術を活用することにより身元特定が可能である場合もあることから、平成15年度より一定の条件を満たす場合に、希望する遺族とのDNA鑑定を実施している。
 なお、御遺骨を伝達する関係遺族には未帰還者留守家族等援護法による葬祭費及び遺骨引取経費が支給される。

(4)戦没者慰霊碑の建立
 戦没者への慰霊と平和の思いを込めて、昭和46年以降、硫黄島を含む海外14カ所に戦没者慰霊碑が建立された。更に、旧ソ連地域については、埋葬地のある共和国、地方、州ごとに小規模の慰霊碑を平成12年から順次建立している。
 尚、天皇皇后両陛下は、国内は勿論海外、南方戦域を行幸啓される慰霊の旅を続けて居られる。慰霊碑に行幸啓された状況を付記している。

 ①硫黄島戦没者の碑(昭46)   天皇皇后陛下行幸啓(平成6年)
 ② 比島戦没者の碑 (昭48)   天皇皇后陛下行幸啓(平成28年)
 ③中部太平洋戦没者の碑(サイパン)(昭49)天皇皇后陛下行幸啓(平成17年)
 ④南太平洋戦没者の碑(ラバウル)(昭55)
 ⑤ビルマ平和記念碑(ヤンゴン市)(昭56)
 ⑥ニューギニア戦没者の碑(ウエワク市)(昭56)
 ⑦ボルネオ戦没者の碑(ラブアン市)(昭57)
 ⑧東太平洋戦没者の碑(マーシャル諸島)(昭59)
 ⑨西太平洋戦没者の碑(ペリリュー島)(昭60)天皇皇后陛下行幸啓(平成27年)
 ⑩北太平洋戦没者の碑(アッツ島)(昭62)
 ⑪第二次世界大戦慰霊碑(インドネシア国パプア州)(平 6)
 ⑫インド平和記念碑(インパール市)(平 6)
 ⑬日本人死亡者慰霊碑(ハバロフスク市)(平 7)
 ⑭樺太・千島戦没者慰霊碑(樺太)(平 8)



(写真は、硫黄島戦没者の碑)

 連抑留中死亡者の小規模慰霊碑建立状況  15ヶ所(H12~H29) 
 (詳細は割愛させて頂く。)

(5)戦没者の残存遺骨情報の情報収集事業(民間団体委託)
 戦後70年以上が経過し、遺骨情報が減少してきているなどの事情から、未だ約59万柱の御遺骨が未収容であり、特に南方地域(フィリピン、東部ニューギニア、ビスマーク・ソロモン諸島、インドネシア等)での遺骨収容が困難な状況になりつつある
 状況に鑑み、南方地域での今後の遺骨収容の促進を図っていくため、平成18年度から、民間団体等の協力を得ながら、フィリピン、東部ニューギニア、ビスマーク・ソロモン諸島、インドネシア、ミャンマー、パラオ、マリアナ諸島における未収容遺骨の集中的な情報収集を実施している。
 また、戦没者の遺骨収集に必要な情報の収集については、今次の大戦の交戦国の国立公文書館等に所蔵されている文書等の収集(「各国の国立公文書館等における資料調査」)及び戦没者の遺骨収集を実施する地域における現地調査(「現地調査」)を実施している。

(6)民間建立慰霊碑移設等整理事業(部外委託)
ア 経緯
 民間団体が海外に建立した日本人戦没者の慰霊碑等は、建立後、歳月が経過し建立者が 不明になったことなどにより、維持管理を十分に行うことが困難になっているものが多くある。これらの慰霊碑等については、建立者が維持管理を行うことが基本ではあるが、先の大戦に起因して、 戦没者等の慰霊のために日本国民が建立したものであることから、国としてもそのまま放置することは適切ではないとのことで先ず調査を行った。
 平成12年度以降、在外公館、都道府県及び民間団体を通じ調査を行った。平成15年度より、これまでの調査で維持管理状況が不明の慰霊碑等について、その調査を民間団体に委託して行った(調査事業は平成18年度で終了)。
 更に、上記調査により、その管理維持が不十分なものについては、平成20年度より民間団体に委託し、「民間建立慰霊碑等整理事業実施要領」に基づき、当該慰霊碑等の移設等による整理を行っている。
 産経ニュース(2015/12/14)は、戦没者慰霊碑に日本人を豚に例える蔑称、噛み終えたガムの擦り付け等の事例があったと報じられている。維持管理がしっかりと為されて居れば、このような悪意ある悪戯等は抑止されるのではないかと考えるが如何だろうか。

イ 整理事業
 調査の結果、681基の慰霊碑等を把握し、その内92基が維持管理不良とされた。この調査を踏まえて、「民間建立慰霊碑等整理事業実施要領」を策定 (H20/12) した。
 その目的は、建立者等関係者が維持管理を行うことが困難な状態にあるものについては適切な整理を行うことである。
 先ず、補完調査を行い、建立者が判明した場合には指導を行い、維持管理が困難な場合は意向を確認し、同意書を取得し、移設・埋設等の整理を行う。その際には清掃・追悼式の実施するものとする。

ウ 整理状況及び委託状況
 平成19年5月時点の厚労省資料によれば、整理済み41基となっている。
 日本遺族会のHPには、4件の事業報告が掲載されている。①2013/12/02、②2016/12/03、③2017/04/13及び④2018/5/23付の記事である。
 (http://www.nippon-izokukai.jp/category/irei/
 派遣地域は、比ルソン島、ロシア、サハリン等である。



6 民間団体等による海外戦没者の慰霊・追悼等
 民間諸団体は、①慰霊碑の建立と維持管理、②現地慰霊祭の挙行・執行、③慰霊友好親善事業等、④推進協会が派遣する遺骨収集事業に参加等の事業を行っている。
 主要団体のHPから、夫々の団体が海外戦没者慰霊・追悼に関して、如何なる活動を行っているかを簡潔に紹介したい。紹介する団体としては、日本戦没者遺骨収集推進協会の構成団体であって慰霊・追悼に係る活動を行っている団体とする。

(1)日本遺族会 (http://www.nippon-izokukai.jp/
 ア 日章旗返還 OBON ソサエティ(*下記囲み記事参照)から託された日章旗のご遺族への返還
 イ 慰霊友好親善事業
   厚生労働省の補助を受けて「戦没者遺児による慰霊友好親善事業」を実施している。平成30年度は、19地域約900人が予定されている。参加費10万円
 ウ 遺骨収集帰還事業
 エ 海外民間建立慰霊碑移設等事業


OBON ソサエティ(SOCIETY)について
 米国オレゴン州に拠点を置くOBON SOCIETY(2009年設立、代表 レックス&敬子 ジーク)は、先の大戦時に連合軍兵士達が戦利品として持ち帰った「寄せ書き日の丸」を日本の遺族の元に返還するという活動を行っている。2017年5月までに退役軍人等から託された「寄せ書き日の丸」は400枚以上、ご遺族等に100枚以上の旗返還を行っている。(日本人と欧米人では「寄せ書き日章旗」についての認識の相違があって戦利品として持ち帰ったのだろうとの推測記事あり。)
http://noren3.com/column/obon-society1/



(日本遺族会HPから転載)

(2)JYMA日本青年遺骨収集団 (1967年学生慰霊団として発足)(http://jyma.org/
 ア 厚労省実施の遺骨収集への団員派遣協力
   (派遣実績:延べ日数4865日、延べ派遣人員:1466、収骨柱数151,079)
 イ 国内外への残存遺骨調査派遣
 ウ 民間慰霊碑の修繕、清掃等の実施
 エ 戦史検定の実施(2010から)
 オ ガ島丸山道 未送還遺骨情報収集活動

(3)全国ソロモン会(http://www.japan-solomon.com/
 ア 現地における国際交流や慰霊巡拝
 イ 戦没者遺骨情報収集活動(昭和43年から)
 ウ ガ島に慰霊碑建立(平成10年)
 エ ガ島丸山道自主派遣

(4)水戸二連隊ペリリュー島慰霊会(http://home.e-catv.ne.jp/peleliu_2ir/
 ア パラオ諸島地域における遺骨収集(昭和28年来 H18時点で7600柱)
 イ 10基の慰霊碑建立
 ウ 現地調査・墓参


(同会HPから転載)

(5)太平洋戦史館(http://www001.upp.so-net.ne.jp/hp-senshikan/
 ア 戦跡調査 特に」西部ニューギニア方面の遺骨等調査
 イ 遺骨収集活動

(6)国際ボランティア学生協会(https://www.ivusa.com/
   ボランティアで遺骨収集事業

(7)全国強制抑留者協会(https://zaidan-zenyokukyo-com.ssl-xserver.jp/
   慰霊訪問の実施

(8)日本地雷処理を支援する会(https://jmas-ngo.jp/

(9)大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会(https://www.ireikyou.com/
 同協議会の設立趣旨は、『今日、先の大戦が終結して60年の歳月が経過し、この戦いを経験した者の多くが他界し或いは老齢化するに至っております。私どもは、この歳月の経過の中に、国民の戦没者に対する慰霊の心が風化しつつあることを憂慮するものであります。ここにおいて、私どもは全戦没者慰霊事業の永続を図るため、既存の戦没者慰霊諸団体と相諮り大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会を設立し、戦没者慰霊諸団体相携えて、現代世情の流れに即した全戦没者慰霊事業に努力することを誓うものであります。』とされており、関係慰霊事業を行っている。


7 海外戦没者慰霊・追悼事業の課題等
(1)慰霊・追悼の継承の困難性、啓蒙と新たな担い手の育成
 ご遺族の高齢化もあり、戦後日本の国民の戦没者に対する関心の希薄化・風化もあり、海外戦没者のみならず、全戦没者の慰霊・追悼を如何に継承するか、又は如何なる形でつなぐのかが問われている。
 小生が参加した硫黄島遺骨集派遣団でもご遺族は全て小生よりも年長であった。況して、海外渡航をせざるを得ないとすると厳しくなるのは必定だ。
 国民意識の啓蒙と新たな担い手の育成が必要だ。

(2)時間との闘い、遺骨収集の更なる促進を!
 遺骨収集推進法により、平成28年度から平成36年度までの9年間を集中実施期間としているが、未収容遺骨数が約60万柱という膨大な柱数で、年々の遺骨収容数が微々たる状況では、本集中期間内に、全ての御遺骨を日本に送還することは極めて困難であると感じられる。
 厚労省において、情報の収集(今次大戦交戦国の国立公文書館所蔵文書の資料調査や現地調査)、関係国の政府等との協議(28,29年度には、比、中国、インドネシア、ウズベキスタン)を行い、それらに基づき指定法人たる推進協会が遺骨収集を行っている。平成28,29年度の収容柱数は、881柱及び941柱であり、このペースでは集中実施期間内の御遺骨の完全内地送還は絶望である。
 情報収集や現地調査を徹底し、従来とは異なる大規模の収集団を派遣する必要があるのではなかろうか?その為の国民理解と政治の再認識、意識改革、決断が望まれる。
 この際、JYMAのような志ある若者の多数の参加を期待したいし、そのような施策を講ずるべきだろう。
 今般、フィリピンでの遺骨収集再開が日比両国によって合意されたことは朗報である。中国をはじめとする未だに遺骨収集ができない国々における遺骨収集開始を切望する。
 遺骨収集は、人権問題でもあることを銘肝して、関係国との調整をして頂きたい。戦没者数に対する収容数が10%以下の地域等は、厚労省HP「地域別遺骨収集実施状況」(https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000144250.htm))によれば、中国本土及び東北地方、北朝鮮、ベトナム、ラオス、カンボジア、アリューシャン、中国東北部、インド、インドネシア等々であり、早急なる遺骨収集が求められる。

(3)民間建立慰霊碑の整理促進
 関係国や現地住民との関係もあるが、維持管理不良の慰霊碑の整理事業を促進しなければならない。その際、調査しても建立者を確認できない慰霊碑を国の責任で処置し得るべく措置し、また、埋設は可能な限り避けて国建立の慰霊碑との一体化等を進めた方がよかろう。本事業は、民間委託で実施されているが、委託先の拡大或いは国の責任による速やかなる整理事業の実行と終結が望ましい。

(4)慰霊・追悼に関する国民的合意形成
 大東亜戦争の評価・解釈を巡る国民意識の分裂が、海外戦没者のみならず全戦没者の慰霊・追悼のありように混乱と複雑さを齎している。残念だ。
 慰霊・追悼において、戦争そのものの理非曲直を問うべきなのだろうか?
 また、戦没者の国家的な慰霊祭祀は政教分離であるべきなのか、それとも靖国神社や護国神社方式が妥当なのかとの問題がある。靖国神社の宗教性を薄めて、宗教法人ではない国家としての戦没者慰霊の場とすれば良いと思うのだが、色々な思惑や関係国の干渉もあり、八方塞がりだ。思うに、日本には日本独自の戦没者祭祀の姿があって然るべきだ。
 何れにしろ、この問題を解決して、国民に戦没者慰霊斯くあるべしとの方向性を政治が示すべきであろうし、そのような国民意識を振起する必要があろう。
 政治イデオロギーに翻弄されない戦没者慰霊が本来の姿であると考える。敢えて政治問題化して日本を貶める悪意ある行為は慎むべきだ。
 戦没者(英霊)の慰霊・顕彰は国家の基軸でもある。英霊への敬意と感謝、顕彰を忘却した国家に明日はない。

(5)慰霊・追悼事業は厚労省所管で良いのか?
 米国では、慰霊・追悼の遺体・遺骨を確認するまでは戦死者としてカウントせず、「戦中行方不明者」(MIA:missing in action)として、「全てが還るまで」国の責務で捜索・収容・送還を行っている。国防総省に属する「戦時捕虜・戦中行方不明者統合司令部(POW/MIA joint command)が捜索と収容を行っている。同司令部には、実動部隊155名と身元調査のための多分野の専門家255名が在籍している。捜索・収容予算は約4000万ドル、身元確認2100万ドルの予算が充てられている。(日弁連作成資料から引用)
 報じられるところでは、朝鮮戦争の休戦協定締結から65年に当たる7月27日、MIAたる米兵の遺骨55柱が北朝鮮から米国に引渡された。米国の関心度は日本の比ではないようだ。それが当然のことだ。
 日本との差は明白だ。終戦に伴い、陸海軍が解体され、慰霊事業の焦点が遺族援護であったために、厚労省が担当することとなったのは当時としては止むを得ない判断ではあったろう。
 我が国は推進協会を設立して、遺骨収集態勢を強化した格好だが、権限と予算と組織規模等において再考の余地はないのか?所管は現状で良いのかも再検討すべきかも知れない。


8 終りに
 元自衛官であった小生には、防衛作戦に従事し、已む無く戦陣に斃れたにしても、遺体若しくは遺骨は間違いなく完全に我が家族の元に送還される筈だという強い確信があった。その確認があるが故に、服務の宣誓「・・事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓・・」うことが出来たのだ。明示的ではないとしても、それは正に国家との契約でもあり、それを果たすのが国家の責務でもある。
 戦没者の慰霊・追悼は、本来イデオロギー的論争になる筈はないのだが、それが繰り返されるのが戦後日本の姿であり、悲しいことだ。英霊も地下で嘆き悲しんでおられるのではなかろうか? 
 尚、JPSN掲載の拙稿「我が国の戦没者慰霊の現状と課題」について(http://www.jpsn.org/opinion/word/11766/)を併せご一読して頂ければ幸甚である。

(了)