進むも、引くも地獄哉!

平成30年10月31日
山下 輝男

1 始めに
 予期されたこととは云え、先の大戦時に徴用された朝鮮人徴用工問題に関する韓国大法院(最高裁)の確定判決には驚いた。衝撃的な判決であり、これが扱いを誤ると日韓間関係は破滅する可能性を秘めている。
 最高裁確定判決の問題点等を明らかにして、今後の対応等を検討したい。
 尚、本稿執筆時点で韓国政府の対応は未定であり、苦慮しているものと推察される。





2 韓国徴用工問題、韓国最高裁の判決(2018/10/30)概要等
(1)韓国最高裁判決
 朝鮮半島が日本統治下にあった戦時中に日本本土の工場に動員された韓国人の元徴用工4人(うち3人は死亡)が、新日鉄住金に損害賠償を求めた訴訟(13年前に提訴)の上告審で、韓国大法院(最高裁)は10月30日、個人の請求権を認めた控訴審判決を支持し、同社の上告を退けた。
 これにより、同社に1人あたり1億ウォン(約1千万円)を支払うよう命じた判決が確定した。韓国の裁判所で、日本企業に元徴用工への賠償を命じる判決が確定したのは初めてである。
 韓国最高裁判決が日本国内で効力を持つには、原告が日本の裁判所に判決の執行を求める訴えを起こして承認される必要があるが、日本の司法判断は解決済みとなっており、認められる可能性は限りなく低い。
 本賠償命令を韓国政府が如何に処理するかが焦点となる。日本の裁判所が認めないので、日韓両政府による外交協議となろう。然しながら、日韓の二国間協議を通じて解決しようとして日本政府に協議を持ち掛けても、拒否されるのは明らかで、協定3条に基づく仲裁委員会での調停も不調になるだろうし、国際司法裁判所(ICJ)への提訴となっても、韓国側が義務的管轄権を受諾していない為、裁判が開かれない可能性が高い。

(2)係争中の徴用工訴訟
 日本企業90社に対し、原告約960人(元徴用工の遺族を含む。)が訴訟を起こし、14件が係争中であり、上告審2件、2審9件、1審3件、請求金額は24億円ともという状況である。

(3)韓国側の徴用工問題に関する見解の変遷
 日韓両国が1995年の国交正常化の際に締結した請求権協定は、“請求権問題は「完全かつ最終的に解決された。」と明記している。”ため、両政府ともに徴用工問題は解決済みとの認識を共有していた。
 韓国は、廬武鉉政権下の2005年、日韓の請求権協定には徴用工問題も含まれ、賠償を含めた責任は韓国政府が持つべきだとの政府見解を纏めている。文在寅氏は当時大統領首席秘書官であった。
 韓国大法院(最高裁)は、李明博政権時代の2012年5月、新日鐵住金の上告審で、“徴用工の個人請求権は今も消滅していない”とし、高裁に差し戻した。その理由は「植民地支配の合法性について韓日両国が合意しないまま日韓請求権協定が結ばれており、日本の国家権力が関与した反人道的不法行為や植民地支配と直結した不法行為に対する損害賠償請求権が消滅したとみるのは難しい。」との判断である。




3 徴用工問題と請求権協定について
(1)朝鮮人徴用工の徴用
 1938(昭和13)年4月に国家総動員法が、1939(昭和14)年7月には国民徴用令が日本本土に施行され、国家総力戦態勢に突入した。当時、日本国民であった韓国人についての国民徴用令の適用は1944(昭和19)年9月からであった。
 国民徴用令と時を同じくして、朝鮮総督府は労務動員計画を施行し、朝鮮から日本に労働者が日本に渡るようになった。
 朝鮮人動員は、当初は「募集形式」、次いで「官斡旋方式」、44年9月からは「徴用令方式」と見做されるとの研究成果がある。
 徴用工の人員は、確定していない。過酷な労働環境にあったとも、或いは待遇は良かったとの証言もあり、徴用に当たって強制とも受け取られかねない状況もあったともされる。

(2)日韓請求権協定
 所謂、日韓請求権協定は、「財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」であり、1965年に日本国と大韓民国との間の基本関係に関する条約と同時に締結された付随協約のひとつである。
 この協定の主要骨格は、第1条、第2条、および、第3条にある。

  第1条:日本から韓国に対して経済協力が行われるための手順規定、
  第2条が日韓両国間の請求権問題が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」規定、
  第3条が日韓両国間で「この協定の解釈及び実施に関する両締約国の紛争」を解決するための手順規定となっている。

 この協定に基づき、日本は、韓国との正式国交開始と同時に、当時世界最貧国のひとつであった韓国に対し、合計5億米ドル(無償3億米ドル、有償2億米ドル)及び民間融資3億米ドルの経済協力支援を行った。当時の韓国の国家予算は3.5億米ドル程度(経済協力規模は、韓国の国家予算の倍を超えている。)、日本の外貨準備額は18億米ドルであったことから、その額の膨大さが推し量れる。
 韓国は、この日本からの経済協力金を原資として、国内のダムや高速道路を整備し、「漢江の奇跡」を成し遂げた。経済協力金ではあるが、韓国政府が責任をもって国民に対する補償を行うべきであった。韓国は、この資金から、徴用工死亡者に30万ウォンを支給したのみである。国家がネコババしたと云われても仕方ない。




4 日韓両国政府の立場
(1)日本
 日本の立場は一貫している。日本の朝鮮半島統治時代の徴用工に絡む請求権については、日韓請求権協定で解決済みであるとの立場であり、あらゆる場で表明している。

(2)韓国
 韓国の文在寅大統領は、就任100日の記者会見で、日本の朝鮮半島統治時代の徴用工に絡む請求権について「個人の権利は消滅していない」との考えを示しており、これを政府の立場として追認するとも発言した。これは、2012年に韓国最高裁が下した「個人請求権は消滅していない」との判断を踏襲したものだ。
 韓国政府は、判決後に会議を開き、「国民向けの政府の立場」と題する文書を発表した。司法の判断を尊重して、諸般の要素を総合的に検討し、対応策をまとめる方針を示した。徴用工の傷を最大限癒す努力をし、日韓関係の未来志向的な発展を望むとしている。
 2005年の請求権協定に基づき、個人への補償義務は韓国政府が負うとの公式の立場を維持するのか、それとも飽くまでも日本に賠償を求めるのかが正に今後の焦点だ。
 悩ましいものと推測できる。さる報道で、今回の最大の敗者は韓国政府であると断じていたが、然もあらん。
 韓国の採り得る唯一の方策は、次の徴用工問題の裁判、最高裁判決において、今回とは異なる判決、原告の要求を却下する判決を下すことのみだ。




5 視点・論点
(1)戦争賠償責任の処理方法に関する国際的な考え方
 戦争に伴う損害倍書を平時と同じ方法で処理するとすれば、云わば、エンドレスになりかねない。近代的国際法の枠組みにおいては、国家間による一喝した請求権の処理を行うこととされており、日韓請求権・経済協力協定も、その流れに従ったものである。この原則を無視するということは国際法の原則を無視することなる。

(2)条約や協定等遵守について
 国内法秩序における条約の優劣は各国で異なっているものの、日本国憲法98条では条約等の誠実遵守義務を規定しており、国家間の条約は、当然のことながら、相手国もこれを誠実に遵守することを前提としており、政権が交代してもそれは引き継がれるべきものである。
 従って、韓国は当然のことながら、日韓請求権・経済協力協定を遵守する義務を負ってる。

(3)国内リスクを取りきるか否か
 韓国政府は、司法判断を優先し、日本に賠償責任を求めるならば、国内政治的には望ましいのだろうが、国際的な義務をも果たさない国家との国際的悪しきイメージが蔓延し、地位・威信低下につながる。正に、右しても左しても如何ともし難いという状況に追い込まれる。二案何れもが持つリスクを負う積りなのであろうか?ハムレットの心境も斯くやあらむと思える。
 一般的に言うならば、国際慣行、国際常識を重視して、国内的リスク軽減策を講じて判決対応をすべきだろうが、そこまでの決断が出来るのか?協定の解釈を維持して韓国政府が解決努力(賠償金等の支払い)をするとすれば、国内世論は沸騰し猛烈な批判を浴びることは必定だ。それに耐え、国民を説得し得るか、韓国政府の鼎が問われている。

(4)対応如何によっては訴訟の拡大 韓国更には中国まで
 韓国側の調査によれば、「徴用の被害者は少なくともおよそ14万人だ」とのことで、今後、提訴の動きが広がる可能性があると韓国では報じられている。燎原の火の如くに拡大したらどうするのか? 中国にまで拡大する可能性すら取り沙汰されている。
 日本企業の韓国進出や投資の意欲が萎むのは明らかである。

(5)大衆迎合主義の破綻露呈
 韓国司法の実態を、国内情緒法を最高法規とする国家だと揶揄する向きもあり、法と証拠に基づき裁判を行うとする近代法の大原則を無視し、大衆に迎合した司法は、その矜持を失った。
 また、文在寅政権のみならず韓国政治は須らく大衆迎合的であり、大衆に迎合してきた“付け”を支払わされる窮地に陥った。
 司法も行政も大衆迎合主義に毒され、結局、司法も行政も破綻したと云えよう。某氏が、国家の体を為していないと苦言を呈していたが、正にその通りである。

(6)歴史認識と徴用工賠償問題は別
 日本は反省がないなどと批判する韓国マスコミ・世論もあるが、今回の請求権問題は、国際社会の原則に従って行った戦争賠償の処理についての議論であり、歴史認識に係る論議ではない。論点を摩り替えてはいけない。




6 日本政府の対応策
(1)韓国政府の毅然たる対応要望
 河野外相は、「徴用をめぐる問題は1965年の国交正常化の際に解決済みで、判決によって日韓の友好関係の法的基盤が根本から損なわれたことを非常に重く見ている」と韓国外相に伝え、そのうえで、韓国政府が日韓基本条約や日韓請求権協定にのっとって、日本の国民や企業に不当な不利益を及ぼすことがないよう、毅然とした対応をとるよう求めた。当然である。

(2)仲裁委員会の調停や国際司法裁判所提訴
 日本政府は基本姿勢を変更する必要はなく、韓国が紛争調停を要求すればそれに応ずればいいし、国際司法裁判所提訴を認めるのならばそれもまた良い。何れにしても、日本は、原則を堅持して、韓国側の対応に従って、淡々と対応すればよい。

(3)国際世論への対応
 日本が積極的に、今回の韓国最高裁の国際原則無視を周知することは、自らの品格を貶めるので、控えた方が良いが、それも限度次第だ。少しは韓国国民に原理原則を理解させるために世界に発信しなければならなくなるかもしれない。

(4)その他の対応
 韓国政府の今後の対応によっては、駐韓大使の召還、継続中の協議や交流の中止があろう。




7 終りに
 それにしても、何時もは雄弁な文在寅大統領が、未だに黙して語らず、貝になったようだ。解決済みの問題を蒸し返すのは韓国の得意技だが、流石に今回は国際信義の問題もあり、韓国は解決策を見出しようがないだろう。
 韓国政府の対応によっては、日韓関係は破滅的な状況になるの自明である。彼等が自ら播いた種ではあるが、少々可哀想な気もする。

(了)