二国間条約から多国間条約への転換を!
 (INF全廃条約破棄問題に関連して)

平成31年2月4日
山下 輝男

1 始めに
 INF条約破棄通告とロシアの対応
 米トランプ政権は、ロシアが中距離核ミサイル(INF)全廃条約に違反しているとして、2月2日、条約の義務履行を停止し、ロシアに条約破棄を正式に通告した。同条約は通告から6ヶ月後に失効する。
 ロシアのプーチン大統領も、これに対抗して条約の履行停止を宣言すると共に、新型ミサイルを開発する対抗手段を承認したとされる。
 新たな核軍拡時代の到来と騒ぐ向きもあるが、二国間条約の問題点を改善して、より効果的な多国間条約への転換の機到来と考えるべきではないか?

2 INF全廃条約の概要と問題点等
(1)INF全廃条約とは
 INF条約は、1987年に米国と旧ソ連が締結した核軍縮上の主要条約の一つである。射程500~5500㎞の地上発射型の弾道・巡航ミサイルの製造・保有及び実験を禁じたものである。
 INF全廃条約締結の背景は、ソ連が移動式の中距離核ミサイルSS20を開発、東欧圏に配備したことにより、欧州の核抑止の実効性に疑問が呈された。
 米国は、NATOの拡大抑止を保証するため、パーシングと巡航ミサイルを欧州に配備することを決定した。これが奏功し、1981年米ソは,SS20とパーシングを同時撤去する軍備管理交渉を開始したのである。
 爾来、7年にわたる継続的な協議により調印にこぎつけたものがINF全廃条約である。米ソは合計2692基の核ミサイルを廃棄し、核軍縮、東西冷戦終結に寄与したとして高く評価されている。無期限で、合意履行を相互査察で確認してきた。


(2)米国の懸念等
ア ロシアの戦術核兵器に対する危機感
 米国は、昨年10月来、ロシアがINF全廃条約に違反していると指摘し、厳しく非難してきた。ロシアが新型の地上発射型巡航ミサイル(GLCM)([9M729](欧米名SSC8)が全廃条約違反だとの批判である。米国は開発段階から違反の可能性を指摘し、2014年には違反を正式認定し、ロシアに対して、30回以上条約順守を求めてきた。
 ロシアは、このミサイルは480㎞で、INF全廃条約の対象ではないと反論している。然しながら、ロシアは、SSC8二個大隊を保有し、一個を南部ブォグラード近郊の試験場、もう一個を国内の実戦基地に配備しており、2017年の軍事演習では実際に発射されたと云われる。射程は約2500㎞と推定される。
 米国は、ロシアの本ミサイルの大幅な増強・実戦配備と地域紛争への欧米の介入を封じ込めるため核の先制使用・限定的な核攻撃をも辞さない作戦思想に強い危機感を抱いている。EUも同様の危機感を共有している。トランプ政権のINF条約破棄は唐突ではなく、オバマ前政権時代から検討はされていた。ウクライナ侵攻やクリミヤ併合の際には核兵器使用の準備があったとされることも米国の危機感を高めた。


   (全廃条約違反の疑いがもたれているロシアの[9M729])

イ 中国の核戦力の増強への懸念
 INF条約の締結国ではないが、条約が対象としている射程のミサイルを保有している国は、中国(106? 或る資料では1400~1600とも)、パキスタン(88?)、イスラエル(59?)、インド(36?)と報告されており、北朝鮮も相当数保有していると見積もられる。
 既述の如く、米国は特に中国のミサイルに強い警戒感を露わにしている。
INF条約に縛られずに、核開発を継続できる国々が存在することが本条約の致命的な欠点である。この認識はロシアも同じで、プーチン大統領は、米国を非難すると共に、中国などを念頭に米露以外のミサイル保有国も参加する新たな条約の策定を呼びかけた。特に、中国などの中距離ミサイルは、米国には脅威を与えないが、ロシアだけが射程圏内であり、不合理だと主張してきた。


(3)米・露及び諸外国の対応
ア 米国は、ロシアが新型ミサイルを破壊する等の是正措置を行うことを条件に破棄手続きの中止を表明しているが、必要が
あれば新たな地上発射型の中距離ミサイルの研究・開発に着手する方針と云われる。

イ ロシアは、対抗措置として米ミサイル防衛網を突破できるとされる音速5倍以上のハイパーソニック「極超音速兵器」を
開発する方針である。

ウ 中国は、米ロ両国に歩み寄りを求めつつも、自国が新たなに枠組みに取り込まれることには否定的な立場である。
エ NATOは声明で米国による破棄を支持しつつ、欧米諸国及び国連は、米ロの歩み寄りを期待している。

3 日本の状況
 日本政府は、河野外相が表明したように、条約が果たしてきた役割は大きく、条約破棄は望ましくないとし、条約が失効した場合には、中国も含めた新たな核軍縮の枠組みづくりに向け、関係国への働きかけを強めていく方針である。
 確かに、国内には、世界的な核軍縮の動きに反するものとして批判的に受け止める核軍縮推進団体や一部マスコミがあるが、心情的・センチメンタリックに捉えるべきなのだろうか?国際政治の現実や日本の安全保障を考慮して、如何なる方策をこそ追及すべきかを検討する姿勢こそが肝要だと考えるのだが・・。

4 二国間条約から多国間条約への転換を!(バイからマルチへ)
 INF全廃条約の致命的欠陥は、本条約が米ロ二国間条約であって、中国も北朝鮮もこの条約に縛られることなく核ミサイル開発を推進できる枠組みということである。
 ロシアとしても、米国との核軍拡競争に陥り、結果的に冷戦に敗戦した悪しき轍を踏みたくはなかろうし、更には、地続きの大国からの核ミサイルに脅威を覚えており、プーチン大統領も新たな枠組みの策定を呼びかけてもいるように、中国を巻き込んだ多国間条約には前向きであると考えられる。
 更には、米国が対露核戦略上、極東なかんずく日本やグァムに地上発射型のミサイルを配備するようなことになれば、ロシアにとっては、正に悪夢である。
 また、トランプ大統領の問題意識は正しい。中国やその他の国々をも包含した多国間核軍縮条約が必要だ。
 勿論、中国や北朝鮮更にはその他の関係国が新たな核軍縮条約に容易に参加するとは思えない。従って、①から③のアプローチが必要だ。

① 長期的スパンで新たな枠組み策定を
米ソ二国間条約ですら、7年の歳月を要したのであり、関係国の数が多ければ多いほど複雑な利害調整が必要である。

② 特に中国に対しては、米国との核軍拡競争は、結果的に中国にとって不利益にならざるを得ないことを解らしめねばなら
ない。米ソがINF条約を締結したのは、エスカレートがお互いに益にならないことを認識したからである。中国にそのような状況を強要する態勢を構築する必要がある。
③ 日本は、米ロ中北朝鮮等の核ミサイルの狭間に在って影響を直接受ける当事国としての立場から関係国に働きかける必要が
ある。この際、耳に心地よいセンチメンタリズムは捨てて、複雑な利害調整を主導して欲しいものだ。
 北方領土に関連して、ロシアが再三にわたり、米国の核を配備しない保証を求めているが、これなど、日本周辺における核抑止の観点から、ロシアの危機感も高いことの証左である。
 日本自身は、自らが核戦力を保有して実効的な核抑止態勢が構築できない現状においては、米国の核抑止に依存しつつ、引き続き、効果的なミサイル防衛態勢を整える必要がある。

5 終りに
 核保有国所謂P5の米、露、中、英、仏の5か国は、先月1月30日と31日の2日間、核軍縮について協議したが、NPT体制維持については確認したものの、共同声明の発出も出来なかった。INF条約に関連する関係国の思惑や国益が厳しく鬩ぎあう中での合意は簡単ではない。
 斯様な現実の中で、如何にして利害調整をして合意に至るのか、ただ批判するのみでは現実は動かない。情緒的反対や声高に核軍縮を唱えるだけでは物事は進まない。
 自らの安全を確保する方策を講じつつ、世界の核軍縮に寄与し得る努力が望まれる。(参考資料等 マスコミ報道資料、ネット情報等、その他関連資料)

(了)