海洋国家戦略と海上警察力
(第2回/全5回)

冨賀見 栄一

2.日本の海上警察力

(1)海軍力から海上警察力へ
 西洋における大航海時代、海洋国家は通商・海運により未知なる世界への冒険という大きな危険と引き替えに膨大な利益を獲得し、国家を繁栄に導いた。航海は長期間に亘り、危険を伴うものであり、しばしば敵にも悩まされた。また、植民地獲得活動が最も活発な時代の海には海賊が海洋の通商路に出没するなど無法状態が蔓延(はびこ)ったが、これらは膨大な利益を通商・海運によって上げていたことの証(あかし)でもある。しかし、海賊による被害が無視できないものになると、海洋の通商路保護・国益確保のため海軍力が必要になってきた。そして海賊が横行した中世ヨーロッパにおいて、ローマ法王庁は海賊行為は海洋国家に対する敵対行為であり、かつ彼らが特定の国家に属する組織でもないことから「海賊は人類共通の敵」だとするルールを創るのである。ここで重要なのは「敵」という言葉である。当時、海賊行為は普通の海上犯罪ではなく、国家に対する略奪行為であり、その取り締まりは戦闘行為と位置づけ、交戦権に準じた取り扱いをしても良いと考えていた。犯罪の取り締まりであれば、厳格に法律に基づいて処分しなければならないが、海賊を「敵」と見立てた場合は刑事法令の執行ではなく、交戦法規に基づいて武器を用いて捕獲したり、撃沈させてしまうことも許された。従って、海賊の取り締まりは海軍が交戦権の行使として行う思考と仕組みが生まれ、海上警察権は海軍力によって行使されてきたのである。しかし、時代と共に様々な物資の海上輸送が行われたり、漁業活動が沿岸海域から沖合海域に広がるなど海洋利用が拡大してくると、海上での密輸出入等の不法取引や密漁・密航と言った新しいタイプの海上犯罪も増えてきた。こうなってくると海賊の取り締まりのように自国の船であろうと他国の船であろうと「人類共通の敵」として海上犯罪を犯す船を発見した国が海上警察権を行使するという単純な権限行使では、その違反船の属する国(旗国)との間で問題が生じるようになってきた。そこで海賊の取り締まりとは区別して、海洋の秩序を害する海上犯罪が行われたときは、拿捕・取り調べ等については発見した国が行うが、裁判は違反船の旗国にやらせるという海上犯罪取り締まりについての国際条約が生まれたのである。この様な経緯によって現在では、海洋秩序の維持は海軍の手を離れ、海上警察力を行使する警察機関が執行する様になってきた。

(2)日本の海上警察力とその役割
 日本の海上警察力を執行する組織である海上保安庁は、第2次世界大戦(太平洋戦争)後の敗戦による復興・混乱の中、戦後処理である機雷の掃海・処理、不法入国者の監視、水路測量、海図の作成、灯台の復旧等を当面の急務として1948年(昭和23年)5月に、海上における治安の維持と海上交通の安全確保を一元的に担当する機関として創設された。当時日本を占領していた米国コーストガードをモデルに海上保安制度が創設されたが、戦勝国サイドから再軍備化の動きではないかとの疑念がもたれた。その疑念を払拭するために定められたのが海上保安庁法25条(解釈上の注意)である。この規定は「この法律のいかなる規定も海上保安庁又はその職員が軍隊として組織され、訓練され、又は軍隊の機能を認めるものとこれを解釈してはならない。」というものであり、日本の海上保安制度は海軍力を背景にした組織ではなく、海上警察力を背景にした警察組織であることが明確となり、現在に至っている。
 また、海上警察力の役割は、陸上警察力の役割と同様、国内における法令の励行、治安の維持、国民の生命・財産の保護等であるが、日本の国境は全て海(領海)であり、国境(領海)警備という重要な役割をも持っている。その国境(領海)警備は外部から国内に押し寄せてくる不法な勢力(密航、密輸等)・不法な環境(油等の海洋汚染等)などから国の治安・安全を守るというデフェンス的警察行為であり、かつ、その行為如何によっては国際的、外交的問題に発展する可能性の高い業務なので、海上警察力行使に当たってはその措置が国内法並びに国際法上如何なる根拠に基づいているか、また、法に基づき何処まで実力行使できるのかを明確にしておかねばならない。国境(領海)警備の実施対象は私人による侵犯行為(密航、密輸、密入国、密漁等)から国家の意志による侵犯行為(スパイ等工作行為)まで幅があり、その侵犯行為に対する実力行使には警察作用と軍事作用の両方を以て対処することとなる3)。その実力行使が国内法及び国際法上適法な行為である限り、いきなり軍事作用で対処するのではなく、警察作用で対処する方が、法に基づく事件処理であり、裁判管轄権問題はあるものの、国際紛争を抑制でき、問題をエスカレートさせる可能性が低い対応となる。また、平時においては警察作用としての海上警察力による国境(領海)警備の方が有効であると考えており、その考え方は東アジア、東南アジア諸国でも海軍力から海上警察力を切り離し、新たに海上警察機関を創設する動きが見られ、定着しつつあるように思う。海上警察力は大きく分けて、領海を含む国内向けのパワーと領海から国外向けのパワーに区別すれば、海上警察力の主たる機能はこの国外向けのパワーであると考えており、平時において海軍力に代わって海上警察力を持って「国家の安全」をその管轄権に基づき守ることであると考えている。(第2回 了)