海洋国家戦略と海上警察力
(第4回/全5回)

冨賀見 栄一

4.海洋国家戦略の「国力」としての海上警察力

(1)国家戦略とソフトパワー
「日本に国家戦略はあるのか」(本田優著・朝日新書)によると、国家戦略とは『国力』を使って『国益』を実現する方法であり、『国益』とは国民が幸福に暮らせること4)であるという。更には『国力』とは国際関係に影響を及ぼすことの出来る力であるという。
 その『国力』の要素は○1軍事力○2経済力○3文化や理念などの抽象的なイデアの力○4外交力の4つに分ける(元駐米大使栗山尚一氏)ものや、○1軍事力○2経済力○3ソフトパワーの3つ5)に分ける(元米国国防次官補ジョセフ・S・ナイハーバード大学教授)ものがあるが、何れにしても○1軍事力○2経済力は他国に対して軍事制裁、経済制裁などの手段となるので、その『国力』はハードパワーであり、その他の『国力』はソフトパワーと考えられることから、国際関係に影響を及ぼすことの出来るこのソフトパワーに注目したい。
 日本の核武装・軍事大国化については、国内はもとより国外、特に東アジア・東南アジア諸国に大いなる警戒・懸念があり、また、日本の経済は国内就労人口の減少は顕著な現状にあり、少子高齢化による財政状況は益々厳しくなってきており、経済力は弱まる傾向にある。日本の軍事力を増強するには、かなり高いハードルがあり、経済力を以前のレベルに回復させることは現実的ではないように思われる。その様な中で、日本のトータル的な『国力』を維持、又は向上させ、国際社会における日本の存在感、発言力を高めるためにはソフトパワーを大きくすることが唯一の現実的方法かも知れない。

(2)海上警察力のソフトパワー
 ナイ教授が言うソフトパワーは「それは強制や報酬ではなく、魅力によって望ましい結果を得る能力である。それは一国の文化、政治的理想、政策から生まれる。我々の政策が他国から見て道理にかなっていると映れば、我々のソフトパワーは大きくなる。」6)と言うパワーであり、国際世論にアピールすることが出来る施策において、例えばCO2削減問題、新エネルギー確保、国際紛争防止などに寄与する政策を提言し、その施策の有効性を実証・実現すれば、他国もその施策に同意し、それがグローバルスタンダードになれば、その国の発言力は増し、『国力』の一部であるソフトパワーは、大きくなる。国際紛争等において、軍事力による対象の破壊・除去によって問題解決するハードパワーに対して、平時の日常生活・活動を破壊等することなく問題解決するソフトパワーは、有効かつ現実的な日本の『国力』の1つになると確信している。
 国際社会環境を良くするために日本国がどの様な役割を果たすかを考え、より安定した安全保障環境等の構築のために、積極的な役割を果たしていくことが重要になり、こうした中でハードパワーの世界は有事になれば、エスカレートし易く、一方、ソフトパワーの世界は有事に発展し難いもので、また、平時において治安を維持し、犯罪を予防・鎮圧する警察力の存在しない社会はあり得ないものであることから、この警察力を如何に有効に機能させるかが問題解決の1つのカギになると考える。「海洋国家日本の構想」の著者高坂正堯先生はその著作の中で「20世紀後半の世界政治においては軍事力の持つ比重は次第に減少し、その結果、力の闘争における中心は軍事力から「役割」に変わってきている。従って今後も国際政治において力の闘争が激しく行われることは間違いないが、しかし、その形は20世紀前半の力の闘争とはよほど変わったものになるだろう。(中略)国際問題の解決には勿論軍事力の背景が必要ではあるが、しかし、世論への訴えの果たす役割も大きいことが注目されなくてはならない。」7)と指摘しているとおり、特に、国際法が支配する海洋においては、国際法に基づく法執行機関の海上警察力というソフトパワーを大いに機能させる政策(国家の役割)が海洋国家として重要になってくると思う。
 2001年(平成13年)12月、東シナ海にて発生した海上保安庁の巡視船と北朝鮮工作船による領海警備を巡る攻防戦は、海上警察力というソフトパワーによる実力行使(犯罪検挙)であり、一連の銃撃等の強制措置及び法律的事件処理に対して、関係する隣接国からの干渉は殆ど無く、更には外交的にも国際海洋法裁判所に提訴された事実はなく、又国際紛争にエスカレートすることもなく終結している。海上警察力(ソフトパワー)と言う手段は、軍事力(ハードパワー)による軍事的紛争・衝突に発展する可能性を最小限に押さえることの出来るパワーであることを実証しているのではないかと思う。
 また、2006年(平成18年)、インドネシアに巡視船3隻をODAで無償供与、その際、防弾用装甲が軍用船舶と見なされ、あくまでも武器輸出三原則の例外扱いだったが、2011年(平成23年)12月の同原則の見直しで、平和貢献、国際協力での防衛装備品供与がODAでも可能となり、2012年(平成24年)4月フィリピン、マレーシア、ベトナムの3カ国を対象に巡視船供与等を通じて海上警察力の強化策を支援し、南シナ海におけるテロ、海賊対策として国際協力が行われ、海上警察力のソフトパワーはODAの分野にも導入され始めている。

(3)国際法の支配する海洋東アジア
 海上警察力の機能及びその枠組み並びにそれに基づく国際協力の構築は、正に国家の政策であり、海上警察力は『国力』の一部であると同時に、国際的連携及び国際紛争防止にも繋がる政策そのものであると考える。
 2000年(平成12年)4月、日本(海上保安庁)が提唱して東京で開催された「海賊対策国際会議」以降、北太平洋海上保安フォーラム(長官級会合・日本・、米国、カナダ、ロシア、中国、韓国)、東南アジア海上保安機関長会合(日本、中国、韓国、香港、インド、スリランカ、バングラデッシュ、ASEAN10カ国)、北大西洋海上保安フォーラム(米国、カナダ、ロシア、英国、スゥエーデン、ノルウェー、オランダ、ドイツ、デンマーク等18カ国)、更には南太平洋海上保安フォーラムが開催されるなど、日本(海上保安庁)提唱の国際会議がモデルとなり、拡大している。このことは海上警察力が、平時において国際的に有効に機能する『国力』として、着実に国際社会に認識されてきている証左ではないかと思う。更には、笹川平和財団と日本財団が支援するミクロネシア三国(ミクロネシア連邦、パラオ共和国、マーシャル諸島共和国)の共同コーストガード設立の動きもある。これらの会合等は毎年開催され、相互理解を通じて各国海上保安機関の連携・信頼関係は大いに醸成されつつある。
 また、2011年(平成23年)4月から約1年間、東アジアで唯一のコーストガード・アカデミーである海上保安大学校(広島・呉市)において、同大学校をアジア海上保安人材育成の拠点とするコンセプトで、「アジア海域の安全確保・環境保全のための海上保安能力向上プログラム」が開講し、フィリピン、インドネシア、マレーシア(計7名)、日本(2名)が参加して、海洋東アジアに共通の海上保安思想が根付き、この海域の海上安全等の確保のため、国際協力関係の構築がなされ、更に進んで海洋における紛争防止等に貢献できるものと期待される。なお、同プログラムは引き続き、2012年(平成24年)4月からインドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナム(計7名)、日本(2名)が参加して同大学校にて第2期生の研修が開始されている。
 我が国はこれらの海上保安施策等を推進する中、2012年(平成24年)9月(第180回通常国会)に「海上保安庁法及び領海等における外国船舶の航行に関する法律の一部改正する法律」(警察官が速やかに犯罪に対処することが困難な遠方離島において、海上保安官等がその離島における犯罪に対処する、更には領海等において停留・徘徊(はいかい)する外国船舶に対し即退去勧告及び退去命令することが可能となる。)が成立したが、これら海上保安法制度並びに組織及び海上保安勢力(人員、船艇、航空機)を充実させ、日本の海上警察力のパワーアップを図り、国際連携及び国際紛争防止に貢献すると共に、更には、国際法というソフトパワーによる『国力』のアップにも期待したい。国際海洋法裁判所、国際司法裁判所への提訴による司法的解決に委ねる方法は、一見消極的なものと思われがちであるが、法廷闘争という軍事力ではないバトルであり、国際社会における法の支配(国連海洋法条約に基づく紛争の解決等)の重要性を強調し、海洋東アジアにおける海洋安全保障関係及び海洋法秩序を確立すべきではないか?
 経済力の成長戦略も重要な課題であるが、海上警察力及び国際司法外交の分野における外交力と言う『ソフトパワー』をもって、海洋東アジアの海洋安全保障等に貢献することを国家戦略に掲げ、国際的発言力を高め、日本の『国力』をアップさせる国策を推進すべきと考える。(第4回 了)