海洋国家戦略と海上警察力
(第5回/全5回)

冨賀見 栄一

5.海洋国家戦略・日本の最前線

 かつての海洋国家は海洋権益を手に入れるための軍事力、すなわち海軍力を有し、そのパワーを行使して必要な海域及び港湾・島嶼を占有した。そして交易及び資源確保等によりその国家を継続的に経営するために海軍力というシーパワーを有することが海洋国家の基本であった。しかし、「国連海洋法条約」発効以来、同条約に基づく紛争の解決手段としての国際海洋法裁判所が有効に機能することが期待されるとともに、国家間の相互依存等グローバル化が進み人類の共存・共栄が望まれている現在、必要とされているのは海洋の平和と秩序を維持する機能であり、平時における日常的連携・協力、国際法の下での紛争防止に対処するシーパワーではないだろうか。このシーパワーは従来の海軍力ではなく、海上警察力と言われるものであり、これを以後ポリスシーパワーと呼ぶこととしたい。このポリスシーパワーが最近の海洋国家におけるシーパワーの基本になりつつあると感じている。
 現在、東シナ海の尖閣諸島(魚釣島等)の日本国政府による国有化問題に端を発し、中国国家海洋局監視船等と日本海上保安庁巡視船が魚釣島周辺海域にて対峙することが日常化しつつあり、今、この海域は日本における海洋国家戦略の最前線になっている。中国の海洋監視船(船体標示・中国海監)は国土資源部海洋局に所属する船舶で、この海洋局は海洋秩序の監視取り締まり、海洋利用の管理監督、海洋調査等を所掌している部局であり、中国監視船は行政警察権を行使する船舶である。中国も現状において海軍力を進出させることは国益にそぐわないと認識しての措置ではないかと思慮される。
 海洋東アジアの国々は近年経済的に急成長を続け、その発展振りには著しいものがあり、特に世界の工場と言われる中国の経済成長は目を見張るものがある。中国はその経済力を背景に海洋にも積極的に進出し、「海洋強国」をスローガンに大陸国家である中国は海洋国家としても、顕著な行動に出てきており、特に尖閣諸島は『尖閣が完全に日本の手に落ちれば、中国の海洋戦略は急所を突かれるに等しい。』との中央党校国際戦略研究所副所長の談話があるとおり、尖閣諸島は中国の海洋戦略のキーポイントとも言うべき地政学的ポジションにある。尖閣諸島周辺海域は日本にとっても最前線であり、中国の台頭によって防衛・外交をアメリカに依存するという戦後日本の政策の前提が崩れ始めている中、日本の海洋国家戦略が現在試されているのではないかと考えている。
 東シナ海での日中間の海洋を巡る紛争が、現段階よりエスカレートさせることなく、相互に現場勢力の範囲内に制御して平時の枠組みの下、海上警察力・国際世論における発信力・情報活動力(インテリジェンス力)・国際司法外交力等を最大限に駆使して、中国を国際法の土俵の上に乗せ、多国間協議の下で問題解決させることを強く望みたい。(完)


参考文献
1)金指正三:日本海事慣習史、吉川弘文館、1967
2)川勝平太:文明の海洋史観、pp179、中央公論社、1997
3)村上歴造:領海警備の法構造、pp10~11、中央法規、2005
4)本田 優:日本に国家戦略はあるのか、pp14~16、朝日新書、2007
5)本田 優:日本に国家戦略はあるのか、pp21~22、朝日新書、2007
6)本田 優:日本に国家戦略はあるのか、pp22、朝日新書、2007
7)高坂正堯:海洋国家日本の構想、pp130、中公クラシック、2008