君命に受けざるところあり(君命有所不受)!

T.Y生

東電福島原発1号機の海水注入中断問題は、政府説明とは違い、福島原発所長の判断で中断されることなく継続されていたことが5月26日明らかになった。政府の情報管理、現場と本部との意思疎通の問題が明らかになった。
然しながら、本問題は、緊急事態における現場と司令部との関係という危機管理上の重要な問題を孕んで居る。現場の裁量で決められる範囲は何処までなのか、如何なる事態の場合には司令部の判断を仰ぐべきなのか、報告し判断を仰ぐ暇のない場合にはどうすれば良いのかという根源的な問題がある。
現場と本店とのテレビ会議(1925頃)では「首相の了解が得られていない」とのことで注水停止で合意したと言われる。然しながら、実態は現場所長の判断で海水注入は継続されていたと言う。緊迫の3月12日の、時系列的な経緯は下表の通りである。

1450東電清水社長海水注入了解
1453淡水注入停止
1518東電→官邸及び保安院へFAX:準備出来次第海水注入実施 *当初報告なしとしていたが、結果として陳謝
15361号機水素爆発
1739総理指示(10km圏内避難)
1800官邸 海水注入に関する会議
1805経産省東電に海水注入指示、首相が海水注入についての検討指示、原子力安全委員長:再臨界の可能性ゼロではない発言
1825総理指示(20km圏内避難)
1904東電海水注入開始(1925中断、2020再開したと東電は認識しているが現実は吉田所長の判断で注入継続)
1906東電から保安院へ海水注入開始の口頭報告
1925官邸の東電社員から本社へ「首相の了解が得られていない」旨の連絡、東電本店と発電所間でTV会議:海水注入中断を決定
1955首相が海水注入を指示(注入中断を受けての処置に非ず)
20051号機海水注入指示(経産相)法64条3項
2020吉田所長名で東電本店へ「1号機海水注入再開」報告

① 現場に任せるべきは任せよ!

  海水注入に関する本来の権限は、現場の所長にあると東電の「アクシデントマネージメント」に規定されているのであり、現場を知らない首相や官邸が容喙すべき事項ではない筈だ。
  それを、何を勘違いしたか、これぞ政治主導とばかりに要らざる容喙をしたことが問題である。現場に任せるべき事項と司令部が判断すべき事項を峻別し、指示を仰ぐ暇なき緊急時の対応などが規定されている「危機管理マニュアル」が整備されているのであれば、任すべきだ。それこそ想定内のことである。現場のことは現場が一番解って居る。任せきれない政府・官邸や東電本店が情けない。

② 要らざる慮りは害悪そのもの!

  本店も現場所長も、要らざる慮りをしたのだろうが、緊急時にそれは無用だ。何故、キチッと撥ね付けなかったのか疑問である。最も原発所長が、首相に慮ったとは言えないだろうが、・・・。官邸に詰めていた東電社員からの19時25分頃の連絡を受けた本店と所長は、TV会議で、(官邸の意向に沿うべく)海水注入の中断を決定したのだ。(実際は、現場所長の判断で注入は継続していたが・・)これを慮りと云わずして何という。

③ 抗命には厳罰で対処すべし!

  現場指揮官たる所長が本店とのテレビ会議で注水中断で同意・合意したにも関わらず、海水注入を継続したのであるならば、現場指揮官は命令違反・抗命したことになる。厳罰覚悟で命令に従わなかった筈だ。結果が良かったからと言って、それを美化してはならない。組織が破綻する懸念がある。厳罰に処すべきである。

④ 終わり良ければ全て良しか?

  現場所長の判断を支持する声も多い。結果的には正しい判断だったのだろう。だとしても会議の席上毅然として反論・不同意である旨を宣すべきだったのではないだろうか?それがあるべき姿ではないかと愚考する。

⑤ 君命受けるべきか?

  現場指揮官として、その信念に反する命令・指示が発令された場合にはどうすべきか?その命令や指示が科学的根拠も合理的理由もない、或いは現場の状況を全く無視していると判断した場合でも、唯々諾々と服従すべきなのだろうか?
  この様な場合を想定した名言がある。即ち、孫子九変篇第八の五利に「君命に受けざるところあり」(「君命有所不受」)とある。
  将帥にとって、君命に従うことが天下国家のために、明らかに悪い結果を齎す恐れがある場合には、君命と雖も従ってはいけないとの意であろう。このような極限状況における権限が将帥には与えられているというのが孫子の考えである。
  この理屈を拡大解釈して、「不服従」が横行するとすれば、それは余りにもの拡大解釈である。不服従ひいては、独断専行が罷り通ってはならないし、許してはならない。
  独断専行には、自ずから限界と条件がある。作戦要務令の綱領第五にある「独断専行」というのは、「常に上官の意図を明察し大局を判断して状況の変化に応じ自らその目的を達し得べき方法を選び、以って機宜を制せざるべからす。」という意味であり、上官意図の明察、大局判断、本来目的の達成が必須である。