普通の国への第一歩!

山下 輝男 
(平成26年5月18日)
(JB Pressより転載)

1 始めに
 安倍首相の8年ぶりの思い入れのある集団的自衛権の解釈変更機運が熟してきたように思える。5月15日の安保法制懇の報告書は、戦後の防衛・安全保障政策を大きく変える可能性を秘めており、永年、この種問題の解決を願ってきた者にとっては、喜ばしいことである。
 本論では、報告書の概要等を管見し、本報告書を受けた政府や国会等に対する期待と要望を述べたい。

2 安保法制懇報告書の概要と政府方針等
 (1)報告書の首相への提出
  2013年2月に設置された「安保法制懇」は、5月15日、首相官邸で7回目の会合を開き、憲法解釈を見直すことで①集団的自衛権の行使を限定的に認める ②国連決議に基づく多国籍軍など集団安全保障に参加できるようにすることを求めた報告書を提出した。

 (2)憲法解釈変更の必要性
 報告書は、次の6点を挙げて、我が国を取り巻く安全保障環境の変化を説明している。①技術の進歩やリスクの性質の変化 ②国家間のパワーバランスの変化 ③日米関係の深化と拡大 ④地域における多国間安全保障協力等の枠組みの動き ⑤国際社会全体が対応しなければならないような深刻な事案の発生の増加 ⑥自衛隊の国際社会における活動 (これらの詳細は割愛する。)
 これらの戦略環境の変化の規模と速度に鑑みれば、我が国の平和と安全を維持し、地域・国際社会の平和と安定を実現していく上で、従来の憲法解釈では十分対応できない状況に立ち至っている。

 (3)集団的自衛権
 ○憲法解釈
 ・憲法第9条の規定は、我が国が当事国である国際紛争の解決のために武力による威嚇又は武力の行使を行うことを禁止したものと解すべきであり、自衛のための武力の行使は禁じられていないと解すべき。
 ・「自衛のための措置は必要最小限度の範囲にとどまるべき」とのこれまでの政府解釈に立ったとしても、「必要最小限度」の中に集団的自衛権の行使も含まれると解釈すべき。
  ①我が国と密接な関係のある外国に対して武力攻撃が行われ、かつ
  ②その事態が我が国の安全に重大な影響を及ぼす可能性があるとき
  ➡③その国の明示の要請又は同意を得て、必要最小限の実力の行使が可能とすべき。

 ○憲法解釈
 ・国会:法律上の根拠が必要。
  ④事前又は事後の国会承認が必要とすべき。
 ・⑤政府:総理大臣の主導の下、国家安全保障会議の議を経て、閣議決定により意思決定する必要がある。(総合的な政策的判断の結果、行使しないことがあるのは当然。)
 ・⑥第三国の領域を通過する場合には、その国の同意を得るものとすべき。

 ○集団的自衛権行使の条件と俗称されているものは、①から⑥である。

 (4)軍事的措置を伴う国連の集団安全保障措置
 ○憲法解釈
  我が国が当事国である国際紛争を解決する手段としての武力の行使には当たらず、憲法上の制約はないと解釈すべき。

 ○立法政策等
  ・国会:法律上の根拠が必要。事前又は事後の国会承認が必要とすべき。
  ・政府:積極的に貢献すべき。政策上の意義等を総合的に検討して、慎重に判断すべき。

 (5)PKO、在外自国民の保護・救出及び国際治安協力
 ○憲法解釈
  憲法第9条の禁じる武力の行使には当たらないと解釈すべき。このような活動における武器の使用(PKOにおける駆け付け警護や妨害排除を含む。)に憲法上の制約はないと解釈すべき。

 ○立法政策等
  ・武器使用基準等、国連における標準に倣った所要の改正を行うべき。
  ・いわゆるPKO参加5原則についても見直しを視野に入れ、検討する必要がある。

 (6)武力攻撃に至らない侵害への対応(所謂グレーゾーン対応)
 ○憲法解釈
  「武力攻撃(組織的計画的な武力の行使)」に該当するかどうか判別がつかない侵害であっても、そのような侵害を排除する自衛隊の必要最小限度の国際法上合法な行動は、憲法上容認されるべき。

 ○立法政策等
  切れ目のない対応を可能とする法制度について、国際法上許容される範囲で充実させていく必要がある。

 (7)所謂「武力の行使との一体化」論について
 ・我が国特有の概念であり、国際法上も国内法上も明文の根拠なし。憲法上の制約を意識して自衛隊による活動について慎重を期すために厳しく考えたことから出てきた議論。国際平和協力活動の経験を積んだ今日においてはその役割を終えたものであり、このような考えはもはやとらず、政策的妥当性の問題と位置付けるべき。
 ・実際にどのような状況下でどのような後方支援を行うかは、内閣として慎重に検討し意思決定すべき。

 (8)政府は本報告書を真剣に検討し、然るべき立法措置に進むことを強く期待と提言した。

3 政府の方針と与党協議等の開始
 安部首相は、安保法制懇の報告書を受けた後の記者会見で、集団的自衛権の行使の限定的容認に向け、憲法解釈の見直しを政府・与党で検討していくことを表明した。
 報道によれば、自民、公明両党は5月20日から協議を開始するものとみられる。(本稿執筆時点)
 公明党は、尖閣諸島を念頭においた「グレーゾーン事態への対処」や所謂「駆けつけ警護」は集団的自衛権の話とは別なので基本的に容認できるとしており、20日からの与党協議ではこれらが先行するものと見積もられる。最もこれらの先行協議については、一部には集団的自衛権行使に関する論議が置き去りにされかねないとの懸念もある。
 安倍首相は、集団的自衛権行使容認に向けた憲法解釈見直しについて、閣議決定前の国会審議に応じる考えを示した。閣議決定の時期については、「(年末までにまとめる)日米防衛協力の指針(ガイドライン)に間に合わせるようにするのは理想的だが、まずは与党でしっかりと協議してほしい」と語った。

4 本報告書の意義等
 保有するが行使できない権利と揶揄されてきた集団的自衛権に関する議論が限定容認論であろうと認められるということになれば、日本が、一国平和主義の殻を破り、やっと普通の国、まともな国になるということであり、今回の報告書提出と協議開始はその偉大なる第一歩である。
速やかな結論と立法措置がなされることを期待したい。
 集団的自衛権のフル容認ではなく、限定容認としたことについては批判もあるが、国内政治的な合意や広範な国民の了解を得るためにはやむを得ないのだろうし、そういう意味では現実的な提言であると云えよう。
 また、今までの安全保障論議等で問題点として幾度となく指摘されてきたグレーゾーン事態対処やPKO等の駆けつけ警護や武器使用等に関しても現実的な提言がなされており、これらが明確になれば、我が国安全保障が改善され、国際協力活動上の問題点が解決されるだろう。
 安倍首相は早々に「軍事的措置を伴う国連の集団的安全保障措置」への参加は検討しない旨を明言したのは残念であるが、法的盤の課題解決を一気にここまで広げることについては現状からして無理であり、将来的な課題であろうとの判断によるのだろうが、一理あろう。
 しかし、報告書が所謂国連軍や国連決議に基づく多国籍軍への参加は憲法上の制約はないと指摘した意義は大きい。

5 期待と要望
 (1)速やかな合意形成と立法措置を含む態勢整備を!
  我が国を取り巻く安全保障環境は、報告書が指摘するよりも切迫の度を増していると断じても良いだろう。南シナ海における中、越、比の動向を見れば明らかだ。一触即発の危機にあるといって良いだろうし、日本にも同様の脅威が迫っていると認識すべきだ。
  速やかに合意を得て、可能なものから立法措置を講ずるべきだ。云うまでもなく、立法措置を行ったとしてもそれで十分という訳ではない。新たなミッション等に応ずる装備等の開発も必要かも知れないし、具体的なマニュアルや行動基準的なものの策定も必要であり、それらに応ずる訓練も十分に積む必要がある。これらが完了してこそ態勢整備完了と云うべきである。ある程度の時間が必要である。間に合いませんでしたでは、国民に申し訳ない。負託を果たせないことになる。

 (2)実りある協議や論戦を!
  ア 政府は、与党協議の場に15ほどの事例を提示して論議を加速するとのことだが、頭の体操としての事例研究は必要だが、それが何時の間にかそれしか認めないということになり兼ねない。また、議論のための議論や重箱の隅をつつくような些末な論議等の不毛な、かっての国会論戦で見られたような神学論争にならぬことを望みたい。
  イ 地球の裏側まで、戦争に行くのかと云うような言い掛かりとしか思えないような批判があり、街頭インタビューでもそれらしき発言がたまにあるが、如何に誤った考えであるか等の誤解を解くために、丁寧に説明する必要がある。
  ウ 所謂世論調査なるものを見ると、設問によるのだろうが、その結果の違いに驚かざるを得ない。世を誤らしめるマスコミの多いことか。
  エ 論議を尽くし、可能な限り早く結論を得るべきである。とは言っても、期限ありきではないが・・

 (3)抑制的に過ぎないか?フル容認論へ舵を切れ!
 個別であれ、集団であれ、その行使が必要最小限であるので容認するとしているが、抑々自衛権行使の目的は我が国の平和と安全の確保であり、そのために必要な武力を行使するのであって、当初から自らの手足を縛ることが実際的なのだろうか?
 政府が積み重ねてきた解釈から大きく逸脱しないことを前提としているのは理解できるが、この必要最小限度の集団的自衛権という新解釈が我が国の手足を縛る可能性がある。
 尚、余言ではあるが、「駆け付け警護」や「グレーゾーン対応」等にしても、余りにも細部にわたって枠組みを定めると現場は混乱し、状況に応じた柔軟な対応が出来なくなるし、迅速な対応も出来ない可能性がある。現場が六法全書を捲りながら対応するというような喜劇だけは避けたいものである。少しは現場を信じるべきではないか?

 (4)集団安全保障措置への参加に踏み込むべき!
 安保法制懇の提言では、前述したとおり、「集団安全保障措置への参加は、武力の行使に当たらず、憲法上の制約はない」と解釈すべきと提言しているが、首相は報告書提出直後にそれは採用しないと断言した。突破口を開けるためには止むを得ない判断だろうが、果たしてこれでいいのだろうか?
 国連中心主義を標榜し、国連常任理事国入りを目指す日本として、また昨年末に策定した安保戦略でも、新しい時代の基本方針として「積極平和主義」を選択したのであれば、集団安全保障に参加すべきである。今直ちにとはいかないまでも、この議論に正面から向き合うべきである。避けて通ってはいけない課題である。
 勿論、この集団安全保障措置への参加に当たってはクリアすべき条件は多岐に亘り、課題も多い。国民も厳しい覚悟も求められる。

 (5)グレーゾーン対処
 グレーゾーン事態の全てに対して、自衛隊が対処すべきか否かについては議論の分かれるところである。グレーゾーンの埋め方には、警察力の役割拡大や強化もあるだろうし、自衛隊が武力行使とは違う形で対応することもあろう。双方がオーバーラップするような形で隙間のないような制度設計や体制整備をすべきである。また、今まで以上の協同連携が求められる。

 (6)将来的には憲法改正をすべき!
 事態が切迫しており、憲法改正を待つ暇はないので、止むを得ず、解釈の変更を行わざるを得ない。解釈変更が姑息な手段であるとは云わないが、国家の基本的事項に関しては、解釈の余地がないように憲法に明示すべきである。欠陥憲法であったが故に、戦後の長い期間不毛な論争が続き、国論が時に分裂もしたのである。憲法9条の解釈は、当初の自衛権を否定しているという解釈から、逐次に変化をしてきたが、このような不毛な論議はもう止めるべきだ。
 憲法改正に当たっては、自衛隊を国家防衛の軍事組織と位置づけ、従来のポジィティブ方式による法規定ではなく、諸外国の軍隊が採用しているネガティブ方式による規定化が望まれる。当然のことながら、軍刑法の制定と特別裁判所設置も視野に入れるべきだ。

 (7)政・軍関係の確立を!
 近代民主主義国家においては、政軍関係を如何に律するかが重要課題であったし、日本においては特に軍(時の政権も?)は暴走するものだとの妄想、愚論が横行しており、それらの懸念を払拭するためにも、広く国民が納得するような政治による自衛隊のコントロールを担保する必要がある。安保法制懇報告書の具体化を図る過程で、国会の関与をどうするかも重要であり、米国の戦争制限法的なものも考慮する必要があろう。最も今の自衛隊は決して暴走することなど決してありえないと断言できるが・・
 一方、自衛隊に対しては、所謂軍令と軍政を明確に区分する必要があろう。軍政部門の無用な軍令への介入は現場を混乱させ、任務達成を困難にさせる可能性がある。一方、軍令の軍政部門への過剰過大な要求は暴走ともなり得る。緊張ある軍令・軍政関係の構築が望まれる。

 (8)安全保障を軸にした政界再編を
 何時ものことながら、マスコミの論調も容認派と否定派と明瞭に両分断されている。政界も似たような状況にあると云える。未だに態度のはっきりしない政党が、民主党である。
 民主党は集団的自衛権の行使に関して「解釈変更」に反対する立場をとっている。2月の党見解では、憲法解釈を「内閣が便宜的、意図的に変更することは立憲主義に反する」との考えを示し、政府の姿勢を批判したが、賛否には踏みこまなかった。
 民主党の長島昭久氏が会長を務める超党派議連「外交・安全保障政策研究会」には民主党を含む与野党議員48名が参画し、集団的自衛権の行使に向けて憲法解釈を見直す方針を明確にする基本法を制定すべきだとの考えをまとめた。一方では党内に根強い反対もあり、これでは政党としての体裁を為していないと思える。
 国家の基本政策がかくも分裂する事は国民にとって不幸である。憲法改正や集団的自衛権等の国家基本事項を軸にした政界再編により、国家意思の確立を図るべきだ。

6 終わりに
 本報告書が提言する事項の具体化こそが、我が国が異質な国家から脱皮して普通の国家になるための不可欠な第一歩である。そういう意味においては、政府が、絶対に失敗は許されないとばかりに非常に慎重になっているのも頷ける。
 然しながら、合意を得るためにある程度の妥協はあったにしても、木に竹を接いだみたいな可笑しな結論は出して欲しくないものだ。
                                                   (了)


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