護衛艦乗組員の自殺に想う ー元艦長からの直言

海自OB(元艦長)

 先般、海上自衛隊の護衛艦において乗組員自殺、とのショッキングな報道があった。
 報道によると、当該乗組員(30歳代(?) 下士官;3等海曹)は直属上司たる乗組員(42歳 下士官;1等海曹)からの執拗ないじめを受け、これが原因で自殺したとのこと。
 いじめの内容たるや、携帯電話を隠すとか、指導と称して殴る、水の入ったバケツを両手に持たせて立たせる、など極めて陰惨なものである。
 この事件に接して、自分が艦長職にあった時の経験を踏まえ、コメントしたいと思う。
 話を進めるに当たり、護衛艦の標準的な艦内編成の概要について紹介しておきたい。


 艦のトップは艦長であり、艦長の直ぐ下にはNO.2たる副長及び大砲、ミサイル、レーダー、エンジン等の装備品の運用・整備を担当する科長(砲雷長、船務長、航海長、機関長など)と呼ばれる士官(幹部)がおり、科長の下には砲術士、船務士、機関士などの士官がいる。このメンバーが艦長を直接補佐し、艦長の意図・命令を下士官・兵に伝達する士官グループであり、艦の中枢を占めている。「科」は士官グループと士官グループの下に位置する各科所属の下士官・兵をもって編成され、これが一つのチームとして他のチームと統合して戦闘行動等を遂行する。(編成図上段が科編成であり、平時・有事の区別はない。)

 一方、下士官・兵の人事、身上把握、風紀・規律維持等に関する艦内の業務を「内務」と呼んでいる。この「内務」については、「科」ではなく、構成されるメンバーは同じでも編成図下段に示す「分隊」と呼称される内務編成で業務が遂行される。
 砲雷科:第1分隊、船務科・航海科:第2分隊、機関科:第3分隊、補給科・衛生科:第4分隊及び飛行科:第5分隊の5個分隊となっている。各科長が分隊長を兼務するが、所属する下士官・兵の人数も考慮し第2分隊の場合、船務科と航海科が合体している。したがって第2分隊長は船務長、航海長のどちらかとなる。
 「分隊」は、トップの「分隊長」、その下の「分隊士」(以上が士官グループ)、そして分隊の下士官トップである「分隊先任海曹」がおり、その下に下士官・兵の直属上司たる「班長」そして一般の下士官・兵のラインで構成されている。また、このラインに加え、下士官・兵のトップに立つ「先任伍長」という下士官の親玉が艦内全般の風紀・規律維持等に目を光らせている。
 このように下士官・兵の人事、身上把握、風紀・規律維持等は「分隊長」-「分隊士」-「分隊先任海曹」-「班長」の実務ラインを主軸として指導・監督することとなっている。
 (:主軸として:と表現したのは、:主軸:ラインにある分隊長等が内務遂行について一義的に全責務を負う、ということであり、分隊長等ではない士官・下士官が内務遂行に関し、まったく関与しないということではない、ということ。)
 今回の事件は、この指導・監督の実務ラインがまったく機能することなく発生したものと思われる。自殺に追い込まれた乗組員は長期間かつ執拗ないじめに耐えきれず分隊長まで転勤を願い出たという。分隊長は艦長に報告するわけでもなく何の処置も講じておらず、あろうことか、いじめた乗組員といじめを受けている乗組員を同じ席で事情聴取等を行った、とのことである。また、ある報道によると、35名もの乗組員がいじめの現場を見ているという。 なぜ、このような「我関せず」という雰囲気となるのだろうか?

 艦はいったん港を出ると、家族、恋人等と離れ、艦長以下酒も飲めず、長期間洋上において実任務・訓練等にたずさわるのであるが、乗組員の士気は艦内の雰囲気―気風―に大きく左右される。任務・訓練が辛くとも明るさを失わない、いい意味で笑いが絶えない艦は何をやっても強い、と言われている。
 これは特に上記の実務ラインがしっかりしている、即ち、艦長以下「部下を思いやる気持ち」を大事にし、この気風が末端に至るまで浸透しているからなのである。
 今回はいじめを受けた乗組員からの報告を受けた分隊長以下に「部下を思いやる気持ち」がなかった、としか言いようがないのである。
 特に分隊長等士官にあっては部下をすべる「統率力」が要求されるのだが、今回の事件からは、分隊長等の心のこもらない上辺だけの部下との接し方が感じられる。このような上司に仕える部下は悲劇である。

 ところで、艦長はこの事件について当該乗組員が自殺するまで一切報告を受けておらず、その兆候すら感じなかった様子。部下をすべる、守る、といった気概はあったのだろうか?
 艦長は艦における唯一無二の意思決定権者である。したがって、人事等すべての面において大きな権限を持つのであるが、第一線部隊の指揮官として国防の任に就くとともに、艦という国有財産(大型艦で1,000億円以上)を預かり、そしてそれ以上に部下の命を守るという、押しつぶされそうな責任を併せ持っているのである。「権限の行使」の前に「責任の完遂」が必要なのだ。
 今回の事件で艦長は更迭されたと聞く。部下の指導・監督は分隊長以下が大半の責任を持つのであるが、艦長の責任もまた重大である。
 艦長は「一艦の責任はすべて艦長にあり」を肝に銘ずべきなのだ。

 それにしても、下級者を執拗にいじめた乗組員は異様だ。
 今回の事件がこの護衛艦1艦の特異事象であることを切に望みたいものだ。

(平成26年9月17日 記)