現実に立脚すべし!

山下 輝男

1 平和安全法制の衆院通過と参院への送付
 今国会の最大の焦点である安全保障関連法案は、さる7月16日午後、衆院本会議で採決され、自民、公明、次世代各党などの賛成多数で可決、参院に送付された。
 参院で採決されない場合、衆院で出席議員の3分の2以上の賛成で再可決できる「60日ルール」を9月14日以降に適用できるため、法案は今国会で成立することが確実になった。
 安保関連法案は5月26日に審議入りし、衆院平和安全法制特別委員会で計116時間30分の審議を経て、7月15日に与党単独で可決された。
 本会議後、安倍首相は首相官邸で、記者団に「議論の場は参院に移るが、国民の理解が深まっていくように党を挙げて努力し、丁寧な説明に力を入れていきたい」と語った。

2 各社世論調査結果等
(1)最新の世論調査結果
 報道各社の安保関連法制についての世論調査結果は、以下の通りである。
どのような設問なのか、二択或いは三択形式かによっても調査結果は異なるものであり、これを以て民意と云えるかどうは疑問ではあるが、国民の理解が思った以上に進んでいないのは事実であろう。

賛成(%) 反対(%) 他(%)
日経新聞・TV東京 25 57 18
産経新聞・FNN 49 43.8 7.2
読売新聞 36 50 14
毎日新聞 29 58
NHK 32 61
朝日新聞 26 56

(朝日新聞デジタル7月14日から作成)

(2)安倍内閣の支持率
 各社の最新の世論調査結果は、10%前後前回調査から低下している。支持と不支持が逆転した。
 安保関連法制の説明不足や野党やマスコミの宣伝が影響したものと思われる。

3 安保関連法制に関する異なる立場
(1)安保関連法制に係る主要な論点
 110時間を超える衆議院での審議を通じても、議論は深まらず、収斂することはなく、しかも安倍首相自身が認めるように国民の理解が深まったとも云えない状況である。
 本審議を通じて、幾つかの論点が明らかになったのではないだろうか?

 ① 安保関連法制特に集団的自衛権の行使容認は限定的といえども憲法違反なのかどうか。政府解釈の変更は許されざること
   ではないか?
   即ち、憲法との関連から法案に強く異を唱える野党、過半のマスコミや憲法学者の意見をどう考えるべきかという論点で
   ある。
 ② 現下の我が国を巡る厳しい安全保障環境に即して、政府提出の法案が妥当なものかどうかとの論点
 ③ 歯止めの必要性とそのあり方

   国会論戦では、事態の種類が増えた上に、この3つの論点が複雑に絡み合い、一層解りにくくしていると思える。

(2)憲法違反等論者の意見
 今日、自衛隊を憲法違反と指弾する識者は、流石に少数派となっているが、自衛隊の存在をも認めない論者は当然の如く反対である。安保法制を憲法違反とする根拠・理由には、次のようなものがある。

 ① 従来、憲法上認められないと言ってきた集団的自衛権を認めるというのは可笑しい。
   (解釈改憲にも等しい暴挙)
 ② 自衛隊は第二警察的な存在であり、集団的自衛権行使までは認められていない。専守防衛のみ。
 ③ 砂川判決では集団的自衛権について判断したものではない。
 ④ 憲法の解釈変更を軽軽に行うべきではない。
 ⑤ 従来、海外派兵は憲法違反としてきた。

(3)現実立脚者の論理
 東アジア情勢は年々、緊迫度を増している。今年4~6月、領空侵犯の恐れがある中国機に対する航空自衛隊機の緊急発進(スクランブル)は114回に上った。ロシア機へのスクランブル(57回)を大きく上回り、国籍別では最多だった。同じ期間、沖縄県・尖閣諸島沖の接続水域(領海の外側約22キロ)に入った中国公船は延べ227隻で、前年同期比で52隻も増えた。うち領海侵入は7隻増の26隻だった。
 中国による南シナ海での大規模埋め立てや、北朝鮮による核・ミサイル開発なども地域の安全保障上の懸案となっている。首相は衆院の法案審議で、集団的自衛権行使限定容認などを通じた抑止力の向上を訴えてきた。
 憲法については、最高裁の砂川判決を根拠とすべき、「砂川判決では必要な自衛の措置を講ずることは許容されている。
 限定容認は必要最小限であり、明確に合憲である。

(4)理念の衝突を如何に考えるべきか?
 自衛隊を巡り、更には日米安保条約を巡り、憲法至上主義者と現実主義者が口角泡を飛ばす論争を繰り広げ、激しいデモが繰り返された。理想と現実の衝突である。
 我が国は、理想と現実の狭間で、現実を優先させる政策を採用してきたが、この際に、理想と折り合いをつける為に時に強引と云うかガラス細工のような論理を駆使してきたこともある。尤も、もう限界に近づきつつあるかもしれないが。
 現実的な政策を採用したことにより、我が国の平和と安全が確保されてきたことは紛れもなき事実であり、憲法9条が存在していたから日本の今日がある訳ではない。
 安保関連法制の整備にあたっても、現実に対応した政策を採用すべきであり、その為に必要であれば憲法を改正すべきである。憲法の改正に時間を要するのであれば、従来の解釈の延長線上でギリギリの解釈変更を行うことは有って然るべきだ。
憲法に国家の安危を依拠してはならない。憲法を遵守して国家滅亡となる愚は回避すべきだ。
 現実の状況に如何に対応すべきかは、須らく国家政策の課題であり、憲法問題ではない。

(5)憲法解釈の問題なのか、政策判断なのかが不明確で混乱している原因
 我が国の憲法解釈の問題は、抑制的に限定的に決めすぎることにあるのではないか? 戦力についても、必要最小限を超えない限り戦力ではないという独特の論理が罷り通り、集団的自衛権についても最小限だから行使が容認されるとかとの論理構成になっている。国家防衛が否定されていないのであれば、その為にどの程度の戦力を保持するかは、専ら政策判断であり、集団的自衛権が否定されていないのであれば、それをどのように行使するかは同じく政策判断であると考えるべきだ。それを憲法上、必要最小限と規定されているかのような言い方をして糊塗してきたのが歴代政権である。そのような憲法解釈の歪が拡大してきていると感じるのだが、どうだろう。

(6)歯止め論争について
 政府の恣意的判断で地球の反対側まで戦争に行くことになってしまうとか、米国の戦争に巻き込まれてしまうとかと一方が云えば、他方は厳格な歯止めとして集団的自衛権行使の条件を設けた、国会承認を原則にしていると云う。
 何が何でも、厳しい歯止め策を設定しておかねば、我が国政府は暴走する恐れがあると云う。
 日本の民主主義は、事細かに決めておかないと何をするか解らないぐらいに未成熟なのだろうか?時の政権は、国民の民意を無視して、国家を破滅の方向に導くこと必定だというのだろうか?確かに、戦前軍に対する国家の統制が不十分となって、結果的に国策を誤ったと云われるが、今日の日本も同じ轍を踏むというのだろうか?

4 参議院等での論戦に期待
(1)論点を整理した議論をすべきだ
 3項で示した論点を主に徹底的に議論するべきだ。微に入り、細を穿った神学論争みたいな論戦は慎むべきだ。法律論に終始することが望ましいことか?
 本質的に、日本は現下の情勢に如何に立ち向かうべきかをメインに論じるべきである。その結果として、憲法上、不都合が生じるのかどうか、憲法の解釈変更で対応できるのか、出来ないとすればどうすべきかを考えるべきである。このような考え方で論戦をすべきだ。
 大所高所からの実りある議論を行ってこその政治家である。

(2)徒にレッテル貼りをすべきではない。
 戦争法案だとか、憲法違反だとか、地球の裏側まで行くとか、はては徴兵制復活云々国民の不安を煽ることが政治家の務めなのか
 自衛官のリスクが強まるかどうかなども、政府は「危険な法案である」とのレッテル貼りを怖れるが故に、絶対に認めないのではないか。

(3)与党政治家は、国民にしっかりと説明すべきである。それが政治家の責任ではないのか。野党の宣伝攻勢に比して与党の努力が足りないのではないのか?
 民主党幹事長によれば、世論戦を仕掛け・展開するという。然もあらん。民主党とすれば、千載一遇の機会到来という感じだろう。政府与党はまさか手を拱く、拱手傍観ではなかろうと思うが、どうだろうか。堂々と議論すべしだ。

(4)民主党は対案があると云うが、それを法案の形にして国会に提出すべきだ。党内一致した法案を準備できないのではないのか?反対のための反対は、かっての社会党みたいなものだ。

(5)若し仮に政府提出法案に修正すべき点があるとすれば、手枷・足枷になるような規定を可能な限り削除して、自衛隊運用を出来る限り幅広にしておくことである。如何なる情勢・事態が惹起するか神ならぬ身には伺いしれない。であるならば、その当時の情勢に即応しうる政策判断を縛ることは不合理である。その際における情勢判断については、政府のみならず与野党にも関与させることが必要かもしれない。そういう意味においては、国会の関与については、秘密会みたいなものをも考慮すべきではないかと考える。

(6)安倍首相に望む!
 政権の支持率が、たとえ低下しようとも、断固として信じるところをやり抜いて欲しい。何れは国民の理解が得られる筈だ。大衆に迎合してはならない。大宰相の道を堂々と歩んで欲しい。

5 終わりに
政府・与党は、この平和安全法制を不退転の決意をもって是非とも成立させて頂きたい。日本を巡る厳しい状況を考えるならば、一刻の猶予もない筈だ。法案が成立しても、自衛隊等が直ちに運用可能となる訳ではない。新たな任務に応ずる具体的な訓練も態勢整備もしなければならないし、それには時間を要する。日米等の共同訓練にしても同様である。

(F)