腹を括れ!

山下 輝男

1 初めに
 7月12日、世界が注目したオランダ・ハーグの仲裁裁判所が画期的な判決を下したが、九段線を全面否定された中国は、判決は紙屑と嘯き、引き続き実効支配を強化しつつある。
 判決を受けての、ASEAN及びARFの共同声明は、残念ながら、中国に対して強い対応を採れず、どちらかと云えば、中国外交の勝利とでも云えるような状況である。
 中国との折衝の中で、我が国に対する恫喝紛いの言辞を吐く中国の外相、或いは邦人の拘束といった事態まで起きている。
 斯かる状況が、継続するならば、早晩南シナ海は中国の内海と化すのではないかと危惧する。
 日米豪及び世界は、かかる状況にどう対応すべきなのだろうか。日本も腹を括るべき時に至っているのではなかろうか?
 そのような問題意識で、小論を諸氏に提示してご叱正・ご批判を乞うものである。

2 仲裁裁判の判決内容と中国の対応
(1)判決内容の骨子
  全般的には、中国の南シナ海での強引な海洋進出を厳しく指弾したものとなった。
 ① 中国が主張する境界線「九段線」について、仲裁際に管轄権があるとした上で、中国が南シナ海を歴史的に支配していた
   証拠はないと指摘した。「九段線」の全面否定である
 ② 南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島における7つの人工島の軍事拠点化については、サンゴ礁への被害を指弾した。
 ③ スプラトリー諸島には,EEZや大陸棚は生じないと判断、何れの岩礁も岩若しくは「低潮高地」であると定義した。
 ④ 比のEEZでの漁業や石油採掘を妨害し、比の主権を侵害したと断定した。

(2)判決直後等の中国の対応
 習主席は、判決に先立ち,EU大統領との会談で、「中国の領土主権と海洋権益はどんな状況下でも、判決の影響を受けない。判決に基づく如何なる主張や行動も受け入れない。」と言明し、2006年来所謂「4つのノー」を掲げている。
 中国外務省は、「判決は無効、拘束力がない。」と突っぱね、判決には従わない旨を表明し、かかる問題は当事者間で協議すべきと主張した。また、中国は、裁判の不当性について多くの国から賛同を得たと主張している。
 更に、外交的攻勢、切り崩し工作・多数派工作を活発化させようとしている。

3 中国の外交攻勢と日米等の敗退
(1)なりふり構わぬ外交攻勢等
 日米中や東南アジアなどによる東アジア首脳会議(EAS)と東南アジア諸国連合地域フォーラム(ARF)の外相会議が開催された。これに先立つ,ASEAN外相会議は、共同声明で、南シナ海の現状に対し、「深刻な懸念」を表明したが、判決に直接言及もなければ中国に言及することもなかった。王毅外相のなりふり構わぬ経済援助をちらつかせての切り崩し工作が奏功したと云える。
 同じく、ASEAN外相会議が25日発表した共同声明では、米国が要求していた南シナ海の領有権問題における仲裁裁判所の裁定について言及せず、フィリピンが、中国の盟友カンボジアからの反対を受けて、自らの要求を取り下げたと云う。
 更に、ASEAN地域フォーラム(ARF)閣僚会議の議長声明が27日、発表されたが、本声明でも、南シナ海に対する中国の主権主張を認めなかった12日の仲裁裁判判決に一切触れていない。
 中国の王毅外相は、満面の笑みを浮かべた?中国の外交的勝利であり、日米による説得工作は実らなかった。
 カンボジアやラオス等の反対や中国配慮があったと考えられる。
 中国国防省は、28日の記者会見で、9月に中露合同軍事演習を行うと明らかにしたが、日米に対する牽制以外の何物でもない。

(2)日米の外相の努力
 日米両外相も、手を拱いていた訳ではない。南シナ海問題に関して、日米豪の外相が共同声明を発し、中国に判決の遵守を促した。ケリー米国務長官は、個別に関係国との折衝を続け、我が岸田外相も、相応の努力をしたと思われる。然し乍ら、これらの、「正義は我にあり!」式の説得は、恫喝と援助をちらつかせる中国の前には為す術もなかったと思われる。
 権謀術数を駆使する中国外交に日米外交は敗北を喫したのである。

(3))日本に対する中国の恫喝等
 王毅外相が、無礼にも「日本に対してご忠告申し上げる。」等と云い放つなど考えられる行為だ。「日本は当事者ではないので黙れ!」とも、云うし、無礼にも程がある。更に、日本人の拘束が相次いでいる。東京に本部がある日中の交流団体の関係者の男性が拘束されたとの報道がある。去年5月以降、スパイ行為に関わった疑いで東部の浙江省や東北部の遼寧省、それに北京と上海で合わせて4人の日本人が拘束され、このうち1人はすでに起訴されている。中国は、おととし11月に反スパイ法を施行し、スパイ組織に属していなくても海外の組織や個人が国家の秘密や情報を盗んだり探ったりすれば、スパイ行為にあたると定めるなど外国人の国内での活動への監視を強めている。日本人拘束の目的、狙いは判然とはしないものの、日本人を狙い撃ちしていると警戒すべきだろう。
 日本に対する嫌がらせ以外の何物でもない。尖閣諸島沖で発生した中国漁船衝突事件(2010/9)後には報復とみられる、「河北省での準大手ゼネコン「フジタ」の社員4人の拘束事件」があり、報復であり、恫喝でないと誰が云えようか?

4 今後の対応は、どうあるべきか?
 中国は、国際法を無視し、世界の非難をものともせず、引き続き南シナ海の既成事実化・実効支配の強化に狂奔するだろう。核心的利益を譲歩することは有り得ないし、譲歩が、政権の命運を左右することは必定である。然し乍ら、このまま進めば益々孤立化する。進むも地獄、引くも地獄であるとすれば、進むしかあるまいと考えているだろう。
 このような中国に我等は如何に立ち向かうべきだろうか?

(1)次なる外交の焦点は
 次の外交日程は、中国杭州で9月初旬に開催されるG20首脳会議と中旬の国連総会であると云われる。中国は、ASEAN,ARFの外交的勝利の余勢を駆って、同様の攻勢をかけるものと考えられる。
 ロシアのクリミヤ併合を受けて、G8からロシアを除名したが、それと同じような措置をとるのか、国連安保理は無理としても、国連総会で中国非難の実を上げることができるのかが問われる。最も、ロシアはG8から除名されても然程痛痒は感じていないのではないかと思えるが、中国も除名されたとて同様かもしれぬ。
 中国は、かかる事態を招来しないように、権謀の限りを尽くし、あらゆる努力をするだろう。

(2)日米の外交は
 日米の単に正義は我にあり式の国際社会での根回しには限界がある。欧米先進諸国は理解を示すだろうが、それ以外の国は、中国の術中に陥るのではないかと危惧する。日米は、経済支援等をも含めた、それぞれの国の特性に応じた広報戦略を立てて、味方を増やすべきだ。
 当事国であるフィリピンのドゥテルテ大統領の煮え切らぬ態度には歯痒い思いがする。色々と考えて手を打つべきだ。地政学的に、フィリピンは極めて重要な地位を占めている。ASEAN島嶼国家群の要でもある。
 米国は次期大統領選挙の最中でもあり、有効な手立ては採り得ないだろうし、中国はそれをも見越して、更なる実効支配に邁進するだろう。そのような米国と、どのように連携するか、緊密な戦略対話が必要だ。

(3))国際的監視活動の強化を!
 米国やASEAN関係国の監視活動のみでは不十分であろう。南シナ海における中国の全ての行動を国際社会に明らかにすることが必要だ。その為には有志連合国による国際監視活動が必要だ。
 日本の高い監視能力を活用することも必要だと考える。無論、南シナ海への対処以前に、東シナ海正面における我が監視・防衛態勢を万全にしておくことは極めて重要だ。発動されるかも知れぬ制裁措置に備えねばならぬ。

(4))腹を括るべき時では!
 南シナ海での監視活動を行うとすれば、一触即発の事態もあるかもしれぬし、中国の予期以上の反発から不測事態も惹起するかもしれぬ。今や、日本は真に海洋の自由航行を求めているのか、その益を享受しているのであれば、相応の貢献をすべきだと考えるが、それだけの覚悟があるのか、そういうことを問われている。腹を括って対応すべきだ。
 勿論、殊更に強硬路線を採ることが絶対善であるとは思わぬし、外交的な努力は為されるべきであるが、外交的に限界が明白になった場合に備えねばならない。それ位の覚悟なくして、中国の仲裁際の判決遵守は得られないのは明らかである。中国に対する強力な国際包囲網によって中国の軟化を促すことが喫緊の課題だ。
 日本が腹を括れるのか、米国が腹を括ってくれるのか、ASEAN諸国はそれを見極めようとしている。日本の鼎の軽重が問われる正に正念場に差し掛かっている。

(了)