自衛隊第一線部隊訪問(第1回)
北辺の空の護りを担ういわゆるガメラレーダー:空自大湊分屯基地

チャンネルNippon編集局

”J/FPS-5 いわゆるガメラレーダー”って?
 東京から東北新幹線・青い森鉄道・JR大湊線を乗り継いで約5時間、「本州最北端の駅」、青森県むつ市大湊駅に降り立った。下北半島を北上するにつれ、車窓からはその名のとおり釜を伏せたような山頂の山が見え始める。

 

 下北半島の最高峰、標高879mの釜臥山(かまふせやま)だ。山頂には異様なビルディングのようなものが建っている。通称“ガメラレーダー”、航空自衛隊の正式名称は、J/FPS-5。日本の空を護る空自のレーダー・サイトは全国で28ヶ所あるが、そのうち北部航空警戒管制団隷下9ヶ所のうちの1つだ。このレーダーは、航空機および弾道ミサイルに対する探知追尾が可能なレーダー・システムで、ここ大湊を含め、新潟県の佐渡島、鹿児島県の下甑(しもこしき)島、沖縄県の与座岳(よざだけ)の4ヶ所に配備されている。このうち大湊が最北である。

本州最北端の市「むつ」
 基地のあるむつ市は、本州最北端、青森県北東部の下北半島に位置し、南北約35キロメートル、東西約55キロメートルにわたっており、東に東通村、南に横浜町、北・西に大間町、風間浦村、佐井村の2町3村に接している、人口約6万2千人の観光と水産業の街。周辺には原子力発電所(東通村)や石油備蓄施設・核燃料再処理施設(6ヶ所村)が有る。
 面積は青森県全体の約9%にあたる約864平方キロメートルで、恐山山系の外輪山を形成する釜臥山を中心とし、東部は平野など比較的なだらかな地形が広がり、北部・西部は自然に溢れ、緑豊かな山地や台地が海岸近くまで迫る山岳地形となっている。

 気候は、四季がはっきりとしており、夏季は短く温暖で湿度が低いことから比較的過ごしやすくなっているが、冬季は降雪期間が長く最大積雪が山間部で1メートル以上、平野部や海岸部では約70センチメートルに達するなど、厳しい気象条件となる。一方、むつ市は広範にわたる地域が下北半島国定公園に指定されており、「恐山」、「川内川渓流」などの景勝地や、「湯野川」、「薬研」などの温泉が点在するほか、「陸奥湾のホタテ」、「津軽海峡のイカ」などの海の食材が豊富にあるなど、豊かな自然の恵みを受けた地域となっている。 また、むつ市は三方を海に面しており、北は津軽海峡を隔てて北海道を望み、西に平舘海峡、南に陸奥湾を抱えている。

 むつ市を形成する田名部は藩政時代、南部藩の代官所が置かれ下北の政治、経済、交通の中心地として栄え、明治32年町制が施行された。また、大湊には明治38年帝国海軍大湊水雷団が置かれ、昭和3年町制が敷かれて前大戦の終戦まで海軍の基地として栄えた。昭和28年海上自衛隊大湊地方隊が創設され、昭和35年下北郡田名部町と大湊町が合併し、市名を「むつ市」とされ、最近は結構増えたが全国で初めてひらがなの名称が付けられた。

 その後、原子力船「むつ」(現在は、世界最大級の海洋地球研究船「みらい」)の関根浜新母港の完成をはじめ、各種基盤整備を行うことにより、下北地方の中核都市として産業、交通、福祉、環境等総合的な都市基盤の整備と就業機会の拡大、所得水準の向上に努めてきた。このような中、平成17年3月14日に、ホタテ養殖等の漁業を中心としたまちづくりを進めてきた川内町、室町時代から続いているヒバ材搬出等の林業及びイカを中心とした漁業等によりまちづくりを進めてきた大畑町、タラとともに歩みまちづくりを進めてきた脇野沢村の3町村と合併し、新しいむつ市となっている。

航空自衛隊大湊分屯基地/第42警戒群
 釜臥山に建設された“ガメラレーダー”を運用する航空自衛隊の部隊が、大湊分屯基地内にある第42警戒群である。この基地の歴史は航空自衛隊の創設以前にさかのぼる。昭和29年6月、釜臥山に米空軍によりレーダーサイトが建設され、航空自衛隊発足後間もない30年2月、北部訓練航空警戒隊大湊派遣隊が発足し、35年6月には米軍からレーダーの運用が移管され、36年7月第42警戒群に改編された。その後55年12月にJ/FPS-2が運用開始され、平成23年7月J/FPS-5に換装、運用が開始された。

 第42警戒群(以下「42警」)は、防衛大臣直轄部隊の航空総隊に所属し、上級部隊として北部航空方面隊(以下「北空」)、北部航空警戒管制団(いずれも青森県三沢基地)がある。42警隷下には、群本部、監視管制隊、通信電子隊、基地業務隊がある。
 群が置かれている大湊分屯基地は釜臥山の周辺に位置し、山麓にある隊庁舎地区と山頂の受信所地区、山頂付近の送信所地区および三叉路地区に分かれている。送信所地区および受信所地区は1月から3月にかけて気温は-10℃以下、ほぼ2mを越す積雪で推移し、冬季は基地独自の除雪隊を編成し、基地機能を維持している。

冬期の除雪作業

送信所地区

“ガメラレーダー”のある受信所地区

山頂の展望台付近にある「進入禁止」の看板

 42警の主任務は「航空警戒」で、SS(Surveillance Station:防空監視所)として対空目標の警戒監視・探知である。ここ数年緊急発進回数は急増しており、平成25年度は810回で平成23年度の約2倍、26年度は4-9月だけで533回を数えている。

統合幕僚監部 報道発表資料 平成25年度の緊急発進実施状況についてより引用

 大湊分屯基地の中心を占める通称“ガメラ・レーダー”、J/FPS-5レーダーは、従来のJ/FPS-2レーダー等に比べると、弾道ミサイル等の探知追尾機能を有する点が大きな違いだ。もちろん、航空機に対しても格段に探知能力が向上している。
 大湊の前のレーダーJ/FPS-2の搜索方式は、レーダービームを方位は機械走査(アンテナは回転する)、高度は電子走査(アンテナは回転しない)であったが、J/FPS-5はいずれも電子走査なのでアンテナは回転させる必要はない。その相違が空中線(アンテナ)の外観を大きく変える結果となる。すなわち、前レーダーは回転するアンテナを保護するレ・ドームが半球型をしていたが、J/FPS-5レーダーでは長方形の3面体で全周をカバーし、いわゆるアンテナ部分はお皿を伏せた形状で3面体に固定されている。このお皿の格好がいわゆる“ガメラ”と称される理由だ。

J/FPS-5 の建設工事
 本レーダーに係る建設・設置工事は、調査工事に始まり、施設工事、そしてレーダー設置・調整が行われた。その後、航空総隊司令官及び北部航空方面隊司令官による確認を経て、平成23年7月に運用を開始した。
 建設当時の隊員の話によると、山頂の狭隘な敷地に巨大なレーダー設備を建設する難工事には大変な苦労があったという。

冬期におけるレーダー器材搬入路の状況

 施設工事中は狭い敷地に200t級の大型クレーンを始め重機、資材、車両の置き場も十分取れなかった。また、麓から山頂に至る道路も狭隘なため重機を通行させるための道路の拡幅工事も実施したという。さらに、1月から3月までの間は積雪のため休止せざるを得ず、強風や雷のため作業中断を余儀なくされたことも多かったという。特に納期前の22年秋から積雪が始まる12月までの間は、無休の工事作業だったという。このような状況にあっても、事故もなく納期内に設置を完了したことは、レーダーの開発・製造を担当した三菱電機株式会社はじめ関係会社、地方防衛局、隊員の努力と協力の賜物である。

弾道ミサイル防衛における J/FPS-5
 我が国の弾道ミサイル防衛は、海上自衛隊イージス艦による上層での迎撃に航空自衛隊のペトリオットPAC-3による下層での迎撃をJADGEと称する自動警戒管制システムにより連携させ効果的に行う多層防衛を基本としている。
 弾道ミサイル防衛の実施に当たっては、BMD統合任務部隊を編成することを基本としており、航空自衛隊の航空総隊司令官がBMD統合任務部隊指揮官となって一元的に指揮する。J/FPS-5は、その際のBMDセンサーとして、弾道ミサイルの探知・追尾等を行う役割を担っている。

平成26年度防衛白書から引用




大嶋第42警戒群司令に聞く

インタビュアー:チャンネルNippon理事 二宮 修

第42警戒群司令略歴

氏 名大嶋 基司(おおしま もとし)(静岡県出身)
階 級1等空佐(25.7.1)
生年月日昭和38年1月
現 配 置第42警戒群司令兼ねて大湊分屯基地司令(第33代)
最終学歴防衛大学校29期(電気工学科)
職 種高射整備
経 歴平成12年 3月  航空幕僚監部補給課
平成15年12月  第2高射群第8高射隊長
平成17年 8月  第4補給処
平成19年 3月  航空幕僚監部補給課第4班長
平成21年 7月  第2高射群副司令
平成23年 5月  幹部学校主任研究開発官
平成24年 4月  航空総隊作戦室副室長
平成25年 8月  現職


――本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。
 早速ですが、巨大な J/FPS-5 いわゆる“ガメラ・レーダー”の建設工事には相当なご苦労があったと聞きました。担当部隊としても工事関係業者が出入りする中、装備品の使用もままならず大変だったと思いますが、隊員の本来行うべき練成訓練等はどのようにされたのでしょうか。

大 嶋 工事期間中の出入りは、1日平均300名、車両10台を超え、警衛隊は平素以上の入門者数の入門手続きを実施していました。



 平成19年度のJ/FPS-2の撤去以降、J/FPS-5完成までの間は、特にレーダーの運用にかかわる特技員については、計画的に三沢基地の北防群、移動警戒隊や北海道の当別分屯基地のレーダーサイト等、北部航空警戒管制団内の他部隊において練成訓練を行い練度の維持向上を図っていました。いずれにせよ他部隊から多大な協力を得ることにより、練成訓練が実施できたわけです。


――いわゆる弾道ミサイル任務とはどのような位置づけですか。

大 嶋 当群は、自衛隊法第84条に基づき平素から24時間体制で領空侵犯に対する措置のための空の警戒監視任務に就いています。この通常任務に対し、防衛大臣が自衛隊法82条の3に基づく弾道ミサイル等に対する破壊措置を命じた場合、通常、航空総隊司令官が指揮官となる統合任務部隊の一員として、弾道ミサイル等を搜索・追尾する任務を付与されます。


――通常の任務とBMD任務との違いは。

大 嶋 警戒監視を行う対象が航空機か弾道ミサイル等かという違いがあるものの、隊員の動きは基本的には変わりません。


――群司令の勤務方針、隊員指導上の留意事項等についてお聞かせください。

大 嶋 私が勤務方針として隊員に示しているのは、「積極進取」です。
 航空自衛隊のまさに部隊活動の現場として、航空自衛隊のあるべき気質を体現する部隊作りをしなければならないと考えております。その気質は、自主自立を基本とする自由闊達な隊風の下、戦う集団としてのあるべき姿を追求しようとする積極進取であると思います。
 具体的に隊員に求めているのは、一人ひとりが自己の職責を果たすにあたり、自ら積極的に物事を考え、工夫を凝らしてより良い仕事を成し遂げようとすることです。一人ひとりがこの姿勢で臨むことにより、隊員間の相互啓発につながり、部隊全体の活力や総合的な能力の向上に発展していくと考えております。
 さらにこの積極進取を実践するための徳目として次の五点を掲げております。
・「一職場一善」の改善精神を持つこと
・失敗を恐れず何事にも積極的に取り組むこと
・仕事を譲り合わないこと
・常に「これでいいのか」という問題意識をもって仕事に臨むこと
・懸案事項は速やかに公にし、衆知を集めて問題解決を図ること


――レーダーサイトとしての任務遂行にあたり、指揮官ならではのご苦労があるかと思いますが、現在最も留意されていること、苦労されていることをお聞かせください。

大 嶋 基本的な任務の遂行に関しては、レーダーサイトとして、24時間態勢で空の警戒・監視任務を遂行することが部隊の存在意義ですから、これには絶対失敗は許されません。毎日の勤務員一人ひとりが緊張感と警戒心を持って任務に当たるように指導しています。
 またレーダー・システムなどの通信電子機器の正常な運用は、この任務遂行に不可欠です。このため日常の整備や品質管理を適切に行うとともに、機器の障害発生時における対処能力を向上させるよう努めています。
 当群はいわゆる現場部隊の1つです。現場部隊の隊員一人ひとりが職責を全うすることで初めて航空自衛隊が任務遂行されるという意味で、現場部隊を預かる一指揮官としての重責を感じています。特に指揮官の企図がひとりひとりの隊員まで確実に徹底されるよう特に注意を払っています。そのため、物事の軽重・緩急によりますが、直接群司令から、または隊長から、必要な場合は繰り返して、適切な方法で、内容も極力具体的に、隊員の心に響き当事者意識を持たせるように留意しています。
 また、他のレーダー・サイトと同様に、当部隊は小さな部隊です。基地行事や各種訓練等を実施する場合には、総人員を投入してもそのマンパワーには限界があります。原動力となる各隊員は、本務のみをやっていれば良いというわけではなく、一人何役もこなさなければなりません。このため、各隊員には、目的、目標及び各人の役割の重要性を理解させ、限られた人員でより効果的かつ安全に目的を達成できるよう努めています。


――隊員の士気についてはどう感じておられますか。

大 嶋 大変手前味噌で恐縮ですが、少数精鋭で比較的士気が高い部隊だと自負しています。
 これは、これまで当群に勤務されてこられた諸先輩が営々と培われた部隊の気風にもよると思いますし、比較的小所帯の部隊ですので、帰属意識や団結心が育まれやすい特性もあるのかと思います。部隊の気風や隊員の士気には、指揮官自身の統率が大きく影響するため、私自身も一層の努力が必要と考えています。


――最近曽野綾子氏が書かれたエッセイの中で、「実戦が始まればすぐに自衛隊を逃げ出す人もいる」という記述があり、関係者間で波紋を投げかけていますが、普段隊員と接していてどのように感じますか。

大 嶋 有事になったとき、隊員の中に任務を放棄する者がいるというご心配に対しては、確信をもって「心配ご無用」と言えます。現代の若者の意識は我々の時代とかなり変化していますが、日々の彼らの勤務の状況から「逃亡」は考えられません。これについては海外におけるPKO活動や東日本大震災に際しての大規模震災災害派遣及び原子力災害派遣等の実任務の経験からも各隊長等の一致した所見です。大変失礼な言い方ですが、現代の若者も見捨てたものでありません。


――隊員のメンタル・ヘルスについてはどのようにお考えですか。

大 嶋 メンタル・へルスについては、省や航空自衛隊として相談窓口の設定や部外のカウンセラー派遣等、様々な形で施策が講じられています。
 隊員の多くが社会生活を送る上で誰しも少なからずストレスを感じるものですが、部隊においては、これがメンタルダウンに至る前に周囲がいかに早く気づくかということがポイントと考えています。このため、上司による部下の掌握だけでなく、隊員相互のコミュニケーションが自然な形で促進されるよう、組織横断型の小集団活動、厚生活動の一環としての部活動、職場におけるQCサークル活動の活用などにより、明るく風通しの良い部隊となるよう心掛けています。


――大湊分屯基地としての地域とのかかわりは。

大 嶋 基地を運営する上で地域住民のご理解とご協力は欠かせないため、各種活動を通じ広報に努めています。特にむつ市は歴史的に海上自衛隊大湊地方隊が大きな存在感としてあり、地元の自衛隊協力団体も磐石な体制であるため、海上自衛隊や自衛隊協力団体の支援を得ながら、航空自衛隊として、地域の方々と関わっています。
 基地として行う毎年7月の盆踊り大会や北部航空音楽隊によるむつ市における定期演奏会、8月には大湊のねぶた祭り支援、9月のむつ市の防災訓練への参加ほか、様々な行事に参加し、各層による幅広い地元との交流によって信頼関係が構築できるよう努めています。


――最後に、国民、地元の皆様に一言。

大 嶋 来年はお陰様をもちまして、大湊分屯基地及び第42警戒群として創設60周年を迎えることになります。この節目に、これまでの部隊の歴史を顧み先人のご苦労に敬意を表し、次世代のために我々が努力を惜しまずより良い部隊づくりをする決意の契機としたいと考えています。また、地元の方々に対しては、これまでのご支援・ご協力への感謝の意味も込めて大湊分屯基地・第42警戒群らしい創設60周年記念行事を行いたいと思います。今後共ご指導・ご鞭撻のほどよろしくお願いします。


――本日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございました。厳しい自然環境の中で任務遂行に励まれる大湊分屯基地、第42警戒群の益々のご発展をお祈りします。