自衛隊第一線部隊訪問(第2回)
北海の護り:海自大湊地方隊

チャンネルNippon編集局

 昨(平成26)年夏、自衛隊第一戦部隊訪問の第2弾として、航空自衛隊大湊分屯基地と同じむつ市内にある海上自衛隊大湊地方隊の中枢、大湊地方総監部を訪れた。ちょうど真夏の祭典「大湊ネブタ祭」の時期と掃海特別訓練参加部隊の寄港が重なり、下北半島の小さな港町はいつになく活気を帯びていた。
 以下はその取材記であるが、関係者の氏名、階級等記事の内容は、平成26年8月時点のものである。

大湊基地の紹介(総監部ブリーフィングから)
 大湊地方隊は、いわゆる“ガメラレーダー”のある釜臥山の麓、陸奥湾芦崎の天然の良港大湊に地方総監部を置き、我が国海上の北の護りを担っている。
 海軍基地「大湊」の歴史は意外と古い。明治19年帝国海軍を5つの海軍区制とする海軍条例が公布され、26年最北の「第5海軍区」の鎮守府予定地として大湊が選ばれ、35年、大湊水雷団が開庁、38年大湊要港部に昇格した。日清・日露両戦争を経て昭和8年には水上機部隊として大湊航空隊も開隊され、同16年大湊警備府に昇格した。
 戦後は昭和28年海上警備隊の大湊地方隊が設置され、昨年60周年を迎えた。翌29年には海上自衛隊として発足、我が国周辺海域を5つの「警備区」に分け、海上防衛を担当する艦船、航空機等の部隊が配備された。その司令部として置かれる「総監部」のある大湊基地は、艦船の定係港のほか各部隊の人事・補給・修理・整備等後方支援全般を担当する拠点となっている。
 海自の各警備区に配備される艦艇・航空部隊は、沿岸部・周辺海域を担当する「地方隊」と、さらにその沖合・遠距離を担当し機動的に運用される「自衛艦隊」等に区分される。自衛艦隊は、遠くはアデン湾・ソマリア沖等の海域まで護衛艦や哨戒機を派遣し、船舶護衛等の任務を遂行している。
 大湊地方隊は次図のとおり、防衛大臣直轄の部隊で掃海艇・ミサイル艇等の小艦艇、警備所、造修補給所等の後方支援部隊で編成される。警備区内の自衛艦隊等の在籍部隊としては、青森県八戸基地の第2航空群所属の哨戒機(P-3C)はじめ第3・7・15護衛隊所属の護衛艦、第25・73航空隊所属のヘリコプターのほか、自衛隊病院、システム通信隊、海洋観測所等の部隊がある。



 大湊基地には、在籍する護衛艦等の艦船の港湾施設をはじめ、艦船修理・補給施設、弾薬庫等の後方支援施設がある。また隣接する航空基地には艦載哨戒ヘリ等が常駐している。基地は大きく総監部地区と弾薬整備補給所(弾補所)地区、航空隊地区に分かれ、それぞれの部隊が置かれている。


 大湊地方隊の主要任務は、「防衛警備」、「後方支援」、「爆発性危険物の処理」、「災害派遣」である。これらの任務を遂行するため艦艇、航空機のいわゆる正面部隊がある。地方隊所属の艦艇としては、北海道の余市町にミサイル艇、函館市に掃海艇、大湊に多用途支援艦、水中処分母船が配備されている。自衛艦隊所属の護衛艦「たかなみ」型、「むらさめ」型、「あさぎり」型、「あぶくま」型が大湊を定係港として配備されている。航空機はいずれも自衛艦隊に所属し、第25航空隊のSH-60J哨戒ヘリ、第73航空隊大湊航空分遣隊の救難機が配備されている。


 

 


 年間を通じて大湊警備区の自然環境は大変厳しく、特に冬期は北西の季節風に加えてオホーツク海の流氷、船体着氷や降雪によって艦船航空機の部隊運用に支障をきたすこともある。また、夏季の太平洋沿岸の海霧発生についても留意する必要がある。写真のように最近の異常気象でむつ湾にある大湊港の大部分が氷雪に覆われることもある。





基地内点描
 総監部広報係長の案内で艦船の総監部のある基地内、停泊している桟橋地区を中心に見学した。以下はその点描。

桟橋係留中の護衛艦から釜臥山を望む。冬季は急峻な山肌を利用してスキー場がオープンする。手前中央の道路から左側が基地内。右側奥の官舎地区からは港内が一望出来、艦長の岩壁横付けの技量がすぐわかる。

支援船等の舟艇の桟橋付近。道路、建物は比較的新しい。奥には海軍時代からの建物も残っている。

桟橋係留中の護衛艦「ちくま」と掃海艦「はちじょう」「つしま」。「ちくま」の前方は水中処分母船。掃海艦は掃海特別訓練に参加のため大湊寄港中。右奥には旧海軍時代からの赤煉瓦の建物(造修補給所)が見える。

旧海軍時代からの遺産「1万トンドック」。現在も艦船修理に使用している。

出港して行くミサイル艇「くまたか」。第1ミサイル艇隊に所属し、定係港は北海道の余市港。

桟橋に憩う第7護衛隊の護衛艦「ゆうだち」(左)と第3護衛隊の護衛艦「すずなみ」(右)。ともに第3護衛隊群所属であるが、127ミリ速射砲等の更新装備により「すずなみ」の方が約100トン大きい。

実任務から帰港したばかりの護衛艦「すずなみ」の艦内にあった指揮官等の写真。中畑康樹第3護衛隊群司令(左)、伍賀祥裕第3護衛隊司令(右)に並んで、中央が最も若い「なみ」クラス艦長の工藤正徳2佐(幹候46期)。

むつ湾での掃海特別訓練を終え、翌朝出港して行く掃海母艦「ぶんご」。マストには岡浩掃海隊群司令(海将補)の座乗を示す指揮官旗が翻る。(大湊駅裏から撮影)

トピックス-大湊ネブタ
 総監部訪問の翌日から、短い下北半島の夏を彩る「大湊ネブタ」が始まった。大湊のネブタは、いつごろから行われたのか不明であるが、江戸後期に入ってから、コマワシ(小廻船)の往復によって油川経由で入ってきたのではないかといわれている。青森ねぶたの企業ねぶたとは違い、主に地域住民の手によって制作、運行される。人形ネブタが主で、ネブタをその地域の住民が、独特のリズムとメロディにのって、流し踊りを中心に人形ネブタを曳き、練り歩く。
 昔のネブタは、すべて灯篭ねぶたで、男2人の肩にかつがれて運行されていたという。組ねぶたが初めてつくられたのは、明治38年日露戦争の時の戦勝ネブタで、これは大湊下町内の若者連中が製作した軍艦ネブタで日本海海戦の旗艦「三笠」を模したものだった。ネブタを車にのせて運行するようになったのは戦後になってからである。

 

 海軍時代の係わりは定かでないが、海自は毎年このネブタに「出陣」し、今年の出し物『大江山 酒呑童子(おおえやまの しゅてんどうじ)』は「むつ市長賞」に輝いた。
 また、大湊地方総監は審査員としても参加し、今年は城ケ沢地区の『飛将 呂布(ひしょう りょふ)』が大湊地方総監賞に選ばれた。

 

 海自はこのように地元で120年以上の歴史を持つネブタ文化を大切にしている。大湊ネブタ祭初日のこの日、花火大会が併せて実施されて会場に花を添えたが、長い係わりで地元に溶け込んだ「海自文化」に接し、同行していた空自出身編集子は痛く感激の様子。
 このような歴史の流れの中、大湊地方隊は昨年創設60周年を迎えた。以下は大地隊スキー競技会において、創設60周年記念の横断幕を掲げて釜臥山を背に滑走するパレードを観閲する槻木新二総監の大変珍しい写真。

 

参考:「むつ市史 民族編」


大河内 大監防衛部長に聞く

インタビュアー:チャンネルNippon理事 山田 道雄

大湊地方総監部防衛部長略歴

氏 名大河内 哲朗(おおかわち てつろう)(鹿児島県出身)
階 級1等海佐(20.1.1)
生年月日昭和38年4月
現 配 置大湊地方総監部防衛部長
最終学歴防衛大学校30期(航空工学科)
職 種潜水艦
経 歴平成14年 3月  あきしお副長
平成15年 9月  たけしお艦長
平成18年 3月  呉地方総監部第3室長兼第5室長
平成20年 3月  海上幕僚監部人事計画課募集班長
平成22年 4月  第3潜水隊司令
平成23年 8月  海上幕僚監部補任課服務室長
平成25年 4月  現 職
 


――本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございました。
 早速ですが、いわゆる米ソ冷戦時代、大湊基地は旧ソ連に直接対峙する部隊としてソ連海軍艦船の監視警戒等厳しいものがあったと思いますが、90年代の冷戦終結の前後でどのような変化があったのでしょうか。

大河内 我が国周辺の安全保障環境は、冷戦終結後も国家間などの対立の構図が残るなど欧州地域で見られたような安全保障環境の大きな変化は見られません。
 このため、海自は平素からP-3Cにより、北海道の周辺海域や日本海、東シナ海を航行する多数の船舶などの状況を監視するとともに、必要に応じ護衛艦等を柔軟に運用し、警戒監視活動を継続しており、冷戦終結前後で警戒監視体制に大きな変化はありません。

――最近は何かと北朝鮮の脅威が強調されますが、これに対して何か特別な体制は。

大河内 冷戦後弾道ミサイルや大量破壊兵器の拡散は依然として進展していることから、平成16年度から弾道ミサイル防衛システムの整備に着手し、現在までに海自ではイージス艦への弾道ミサイル対処能力の付与を行い、新たな脅威に対応できる警戒監視体制を段階的に整備しています。
 加えて、大湊警備区は国際海峡たる宗谷海峡、津軽海峡を有していることから警備所による24時間体制の警戒監視活動を実施しています。

――北方配備部隊として特に部隊運用や教育訓練についての苦心、苦労について。

大河内 精強な部隊を練成すべく教育訓練に取り組んでいることについては、他地域と変わりはありません。加えて、狭隘でかつ海潮流の変化が複雑な津軽海峡を有していることから、この海峡における海域特性の把握、部隊運用について苦心しています。自衛艦隊等の協力を得て、出来る限り多くの訓練機会を作為し、練度の維持向上に努めています。
 また、当警備区の特性として夏の海霧、冬の強烈な季節風と流氷といった北国特有の気象海象の影響を顕著に受けます。海上部隊の訓練実施に当たっては、細心の注意を払うよう注意しています。冬季の降雪は陸上部隊にとっても影響が大きいため、当地方隊においては「除雪隊」を編成し、自衛艦隊等に対する各種支援、部隊運用等への降雪による悪影響を最小にすべく不断の努力を継続しています。

――最近の現場部隊隊員の使命感とか自己の職務に対する意識については、どうなのでしょうか。

大河内 90年代以前と比較すれば、現代は価値観や娯楽の多様化、少子化等の影響から 団体生活を基本とする自衛隊の生活にギャップを感じる若者は多くなっていると思われます。特に、閉鎖環境での生活を余儀なくされる艦艇、潜水艦勤務者には、その影響は大きいと考えられます。
 しかし、大多数の隊員は環境の変化に柔軟に適応できていると考えています。加えて、昨今のソマリア沖派遣海賊対処行動や東日本大震災における災害派遣などの国内外における自衛隊の活動から、自衛隊への関心が高まっています。このため、最近の入隊者の多くが、あらかじめある程度の目的意識をもって入隊してくるため、以前の隊員と変わらぬ高い使命感と忍耐力をもって職務に精励しています。

――最後に、最近産経新聞に曽野綾子さんが書かれたエッセイの中で、「実戦が始まればすぐに自衛隊を逃げ出す人もいる」という記述があり、一部で波紋を生じていますが、普段隊員に接していてどのように感じますか。

大河内 実任務についている部隊ほど服務事故は皆無で、隊員の士気も高く使命感もしっかりしています。私の経験からも有事に自分の職務を放棄して逃げ出す隊員など一人もいないと断言できます。また、私の接する隊員は、最近の「集団的自衛権」論争に対しても冷静に受け止めており、特に気負った様子はありません。

――本日はお忙しいところお時間をいただきありがとうございました。厳しい自然環境の中で任務遂行に励まれる大湊地方隊及び在籍部隊の益々のご発展をお祈りします。