海上自衛隊の音楽隊 その3 佐世保音楽隊・舞鶴音楽隊・大湊音楽隊

これまで東京音楽隊、横須賀音楽隊、呉音楽隊の紹介をしてきましたが、今回は佐世保音楽隊、舞鶴音楽隊、大湊音楽隊の紹介です。

海上自衛隊佐世保音楽隊は、昭和30年に誕生し、長崎県はもとより北は山口県から南は沖縄県を含む九州各県で、演奏会やパレードをはじめ地域の式典や各種行事に参加しています。
また、学生の方々に対する楽器の技術指導に当たるなど地域の皆様との交流を深め、親しまれる音楽隊を目指して頑張っています。

楽器の技術指導というと何か堅い感じがしてしまいますが、生徒の皆さんに楽器を演奏することの楽しさ、音楽のすばらしさを伝えることができればと思って毎年いくつかの学校を訪問し、パートごとに、あるいは全体が一つになって生徒の皆さんと一緒に演奏しています。
平成21年度には、沖縄県の昭和薬科大学付属高校・中学、長崎県の壱岐高校と武生水中学校それに熊本県の阿蘇中学校と阿蘇北中学校をはじめとした吹奏楽部員に演奏指導を行いました。
音楽隊が色々な地域を訪ねて演奏活動を行う場合、やはり苦労もいろいろとあるようですが、佐世保音楽隊は次のような経験もしています。

今から30年ほど前、小さな集落が15箇所ほど点在する場所をパレード演奏することがありました。
パレードをスタートして90メートルほど進んだところでストップ、楽器を持ったままバスに乗車して移動をはじめ、「あっ!人がいた」、「それではパレードをお願いします」と主催者に促され、急いでバスを降りてパレードを再開、しばらく行進するとまたバスに乗車、演奏を聴いて下さる人を見つけるとバスを降りてパレードを行うということを繰り返しました。

ジャズイン佐世保の一コマ(海上自衛隊提供)

パレードの総距離としては4キロもありませんでしたが、1日のパレード回数としては、この日のパレードが自衛隊音楽隊の行ってきたパレードの中でおそらく最多ではなかったでしょうか。丸一日パレードしていたように感じました。
それでも、音楽を愛し、演奏を聴いて下さる方がおられる限り、音楽隊は日本中どこでもでかけて演奏を行っています。

海上自衛隊舞鶴音楽隊は、昭和30年に創設以来、拠点である京都府舞鶴市をはじめ、秋田県から山口県にいたる日本海側の地域を中心に、演奏会や地域の儀式における演奏、学生等に対する演奏の指導などを行っています。
また、他の音楽隊と同じように大葬の礼、即位の礼などの国家的行事での演奏を行ってきたほか、平成19年には呉音楽隊に続き、「日ロ共同捜索・救難訓練」参加の護衛艦とともにウラジオストックを訪問し、演奏を行って国際親善にも大きく貢献しています。

定期演奏会における舞鶴音楽隊(海上自衛隊提供)

舞鶴音楽隊の演奏活動でどうしても取り上げておきたいのは平成7年1月17日に発生した兵庫県南部地震によって引き起こされた阪神・淡路大震災の時に、被災された方々を慰問するために避難所を回って演奏したことです。
3月9日には北野小学校で、14日には二宮小学校で演奏会を行ってきました。

H7年3月9日、北野小学校での演奏
(海上自衛隊提供)

H7年3月14日、二宮小学校での演奏
(海上自衛隊提供)

音楽隊だからといって演奏だけをしていればよいわけではありません。
舞鶴音楽隊の場合は平成9年1月2日のナホトカ号重油流出事故において災害派遣に出動しています。

ご記憶があるでしょうか。
ロシアの古いタンカー「ナホトカ」号が荒天のため日本海で船体が折れ、積んでいた重油が流出し、日本海側の海岸に漂着し、大きな被害をもたらしました。地元の方々はもちろん、多くのボランティアの方々が油にまみれながら除去作業に尽力されました。

このとき、海上自衛隊も艦艇を派遣し、洋上の油を除去するとともに海岸にも隊員を派遣して1日も早く元の美しい海岸に戻すことができるように頑張ってきました。

舞鶴音楽隊の隊員もこのときばかりは楽器を重油除去のための道具に持ち替え、皆様のお手伝いをしてきました。
舞鶴音楽隊が掲げている「音楽を通じて、海上自衛隊と市民の皆様の架け橋となる」は、すべての海上自衛隊音楽隊に共通する心意気だと思います。

 海上自衛隊大湊音楽隊は、昭和31年に10名の隊員で発足、昭和51年に大湊地方総監直轄の部隊として新編され、今年で33年目を迎えました。

青森県下北半島の中心地むつ市を拠点に、北海道全域と青森、秋田、岩手の東北3県で幅広い演奏活動を行っています。
本州最北の地にある音楽隊ですが、今上天皇即位の礼、皇太子殿下御成婚パレード、オリンピック等の国際的国家行事にも数多く参加しています。

珍しい場所での演奏例として、日本最北端、宗谷岬平和公園で行われたラ・ペルーズ顕彰記念碑除幕式での演奏があります。
この除幕式のために稚内港に入港したフランス海軍駆逐艦「ヴァンデミエール号」の入港歓迎演奏を行い、また式当日は日本及びフランスの国歌演奏並びにファンファーレを演奏しました。

ラ・ペルーズ顕彰記念碑の除幕式に参加する大湊音楽隊
(海上自衛隊提供)

ちなみにラ・ペルーズ顕彰記念碑というのはフランス人ラ・ペルーズによる宗谷海峡(発見者の名前を採ってラ・ペルーズ海峡と呼ばれることもあります)発見220年を記念して建てられたものです。
ラ・ペルーズはフランス海軍の軍人でルイ16世の命令により、1785年、太平洋方面の探検を行い、1787年、北海道と樺太を分ける海峡があることを発見しました。

式典にはフランスのラ・ペルーズ協会からピエール・フェラル会長、ラ・ペルーズ伯爵の末裔であるド・ラ・ペルーズ女史、ジルダ・ル・リデック駐日フランス大使が参加しておられます。

これまで紹介きたように各音楽隊はまさに東奔西走、演奏活動を続けていますが、その陰でいろいろな思い出があるようで、呉音楽隊から聞いた話を最後に紹介したいと思います。

昭和50年頃、高知県に伺ったときの話です。
この時の宿泊はどうした事情からかはわかりませんが、隊長以下全員が、町民体育館に宿泊しました。
昭和60年頃まで参加していた和歌山県の高野山での海軍兵学校及び海軍特別攻撃隊の慰霊祭では宿泊先は必ずお寺でした。
昭和60年頃、岡山県に伺ったときには、町長さんをはじめ町役場の職員の方々のご自宅に4人ずつが分かれて泊めていただきました。

このように演奏の場だけではなく、さまざまな機会に国民の皆様との接触を持つことができ、それが音楽隊の明日への活力にもなっていると思います。
明日は、海上自衛隊の音楽隊が皆様のところにお伺いするかもしれません。
彼らの素晴らしい演奏を楽しんでいただき、また応援していただければと思います。