地雷の恐怖から安全・安心の村へ
=カンボジアコミュニティ総合開発プロジェクト体験記=

4 コミュニティ総合開発プロジェクト”安全な村作り”

コミュニティ総合開発プロジェクト”安全な村作り”(SVC.PJ:Safety Village Construction. Project )は、政府軍とポルポト軍が最後まで戦い、地雷除去・インフラ整備等の復興が遅れた地域において、帰還した多くの避難民が住む村の”地雷の危険と生活の不安”を取り除くために、地雷除去、耕作地への開墾、道路、溜池、学校、井戸建設等のインフラ整備を同時に行い、”安全・安心、希望ある村”にする村人の自立を支援する”小さな村”単位からの平和構築プロジェクトです。

SVC.PJに当たり、私達はPJに関する基本的事項を定め、これに基づき計画、実行する事にしました。
先ず、支援対象とする村は、人口約100世帯(1世帯の家族4~5名)の集落、村に地雷原が存在し、村人や子供達の生活に大きな危害や制約を及ぼしている村、ODA支援や国の復興計画から取り残され、戦後殆ど支援の手が及んでいない地域、また主要国道から離隔しており道路等の整備が実施されていない地域等を選定条件とするとともに、公平性の観点から、より多くの村が支援を受ける事ができ、また広範囲の地域に復興拠点となる村を展開するために、PJ期間は1村1年としました。

更に村人自ら復興への参画意識を促し、支援慣れという弊害を防止するために、自分達の手で維持・補修ができるような簡単な道路構造とする反面、道路幅は大きく取り、路線も努めて真っ直ぐにし、将来の発展性を考慮する事。

学校は、将来の学校規模の拡張を考慮し約1~2ヘクタール程度のグランドの広さ、校舎はスコールの影響を受けないように、基礎は高く、電気の無い事から採光を考え天井を高く、窓は大きくする等の基本的構想としました。更に、溜め池は出来る限り自然湧水のある地域を選定し、年間を通じ生活用水を確保できる事を追求する事としました。

CMACとのPJ調整会議

2007年9月カンボジア地雷処理センター(CMAC)を訪れ、PJの概要説明及び協力要請を行うために、CMACとの調整会議を行い話題が具体的になった頃、「養魚場をやりましょう!」との唐突な発言、「この人、本当に理解したのかな?」との疑問を持ちました。

CMACは地雷処理専門の組織であり、約20年の実績はありますが、道路、側溝構築等の土木技術等に関する知識、技術、経験も無く、また人材もいません。

しかしながら、長官から「人材は豊富であるので問題はありません」との自信ありげな回答をもらいましたが、私には一抹の不安と疑問がよぎりました。

案の定、それから1年にわたるCMACとの調整の中で、この不安は的中しCMACからPJ計画、経費見積り等が提出される度に、その根拠を尋ねても全く回答が無く、”暖簾に腕押し”状態、所詮無理な話であったのかと反省させられました。

考えてみれば、機械による地雷処理とインフラ整備を同時に行い、学校まで建設する総合プロジェクト、JMASにおいても、世界各国で地雷処理に活躍している国際NGOでも実施されたことのない”世界初の機械を活用した地雷除去総合PJ”、これを理解して頂くためには、相当な努力が必要と反省しPJのイメージ図、構築物の設計図、写真等を準備しました。

しかしながら、この時の苦い経験は、事後のPJを実施する上で遺憾なく発揮されました。
言葉・習慣・文化の違うクメールの人々に対し、ましては機械による地雷除去への経験も乏しく、かつ始めてのインフラ整備、言葉では説明できない分野を理解してもらうための大きな原動力となりました。