地雷の恐怖から安全・安心の村へ
=カンボジアコミュニティ総合開発プロジェクト体験記=

7 村人達との意識の違い

私達がPJ地域に選んだのは、首都プノンペンから北西約350kmに位置する、バッタンバン州ラタナックモンドル郡スダウコミューン内の人口約300名の小さな村でした。

ポルポト政権末期、最後まで政府軍と対峙し激戦が行われ、このため多くの地雷が埋設され、戦後本地域に帰還した避難民に多数の地雷による死傷者が発生し、一言でいえば”地雷原の中の村”であり、1日も早く、”安全・安心”な生活が営めるように村の復興が必要でした。
PJに先立ち、私達は村長さんに作業及び宿泊協力を打診したところ、思いがけない言葉が帰ってきました。

残念ながら、協力はできません。なぜなら村人は平穏な生活をしています。
このリズムを壊したくないし、私達は、お金も機械も持っていません。
また皆さんの道路工事等を手伝うとポルポト時代の強制労働の”悪夢”が思い出されます。

更に 「皆さんが村に宿泊する事は遠慮して下さい。夜間等における皆さんの身の安全は保障できませんから」
私は、一瞬「何!」わが耳を疑いたくなりました。

村長達へのプロジェクトの説明

「村は、私達から復興支援を受ける立場、その人達が何故、協力を拒否するのか?」今まで想像していた積極的な協力姿勢とは間逆な回答、完全に期待を裏切られ、失望感さえ味わい、次の言葉がでませんでした。
暫くして、これまでの村長との会話を思い出しました。「ここに来た日本人は貴方達が初めてです」、「そうか、この人達は私達を信用していないのでは?仕方も無いこと」ある日、突然日本人が現れ、コミュニティ開発と言う訳の分からない事を説明し、意見交換し、協力してくれと・・・何か狐に騙されているのではないか?
不信感をもつのも仕方が無い。

今後の私達のPJ活動を見て、理解していただく他に手は無いものと考えました。
また、「支援してやるのだから村人達が何か手伝うのは当然」と言う、言うなれば”上から目線”で私達は彼らを見ていたのではないかという反省を踏まえ、村長に「申し訳ありませんが、私達の邪魔だけはしないで下さい」と一つだけお願いをしました。
これは支援する側と支援を受ける側の意識の違いを痛切に”肌で感じる”でき事でした。
地雷除去とインフラ整備が一斉に開始された頃、カンボジアは雨季、最もスコールが激しい時期に入りました。

スコールの影響は予測していたのですが、やっと概成した新設道路は、見るも無残に壊され、排水溝を兼ねた深さ3mの水路も水が溢れ、車は滑り、作業はできず、踏んだり蹴ったりの状況の中、サンハー村の村人の我々に対する態度が日々変化してきたように感じました。
PJを開始して約4か月、地雷処理も進み約1/3程度は完了しているのですが、誰一人として地雷処理に関して口にする村人は居ませんでした。

バナナで買収?

ところが真新しいラテライト土壌の新設道路、側溝の構築が民家の多い地域に差掛かった途端、「ソクサバーイ!」と声をかけると笑顔で返事が返ってきます。
作業監督をしているとジュース、バナナ、マンゴー、カボチャ等の差し入れを手に、「オークンチュラン(有難うございます)」と道路構築のお礼を述べにやって来ました。
「我々の任務の中心は地雷処理だったはずでは?」更に、道路構築終点近くの住民は、自分の家まで新設道路が来るのか心配で毎日見に来ます。終点杭を打ち込み目印を付けた日の翌日、その杭が見当たりません。どうも住民が勝手に杭を自分の家の前まで移動させたらしい。

自分の家の前まで道路が整備されるかどうかは、彼らにとって死活問題です。(確認に行くと道路を作らざるを得なくなるので見に行きませんでした)そういえば、PJの事前偵察に訪ねた多くの村の村長さん達との会話の中で、地雷除去に関して積極的に発言した人々は皆無、皆異口同音に、小学校、道路、ため池等インフラ整備に関する要望事項のみでした。

更に、私達は、本作業と並行して翌年のPJを実施する地域の調査を開始しました。
地雷原の広さ300ha 、1,000ha,まだまだ多くの地雷原が残されていますが、村長さん達と懇談してみると、全員道路整備、水路、溜池、学校建設・インフラ整備の事ばかり、誰一人として地雷処理の必要性を訴えません。

あまりの事に「我々は、地雷処理を実施するNGOです。
土建屋さんではありません」と思わず大声を挙げてしまいたいくらいでした。
支援する側は、地雷処理を第一優先に考えますが、支援を受ける側は、地雷という過去の「負の遺産」より、住民の往来、子供達の通学、農作物の輸送、農耕等村人の毎日の生活に直結する学校、道路等のインフラ整備を優先する。

これが現実だと改めて痛感させられました。彼等に直接尋ねると村民全員の優先順位No1は、地雷処理では無く道路等インフラ整備との答え、村民全員の生活に毎日影響を及ぼすからとの理由でした。
支援する側と支援を受ける側の意識が全く違うという現実を肌で感じる反面、この地雷処理とインフラ整備を総合して行うコミュニティ総合開発プロジェクトが、村人の意を汲んだものである事を確信しました。