地雷の恐怖から安全・安心の村へ
=カンボジアコミュニティ総合開発プロジェクト体験記=

10 逞しく、愉快なデマイナー

CMACの地雷除去員達をデマイナーと言います。中にはCMAC設立当時から約20年の経験を持つ兵もおり、真っ黒に日焼けし皆逞しい隊員です。
時々デマイナーが、「この場所には地雷があります」と自信ありげに語りかけます。
「何故、分かるのですか?」と訊ねると、「私が埋めました」との答え、CMAC隊員の経歴は、元政府軍、ポルポト軍の兵士、警察官等が多数います。デマイナーの仕事は、炎天下地雷・不発弾がある地域の中で探査、除去する極めて危険な仕事であり、そのモチベーションの高さには頭が下がります。

彼等はカンボジア全土から選抜され、PJ毎に約30名の小隊として派遣され、PJが変わるたびに新たな場所へ移動するため、彼等は家族を故郷に残し単身で参加していますが、なかには家族を帯同するデマイナーもいます。
私達のPJにも5名の隊員が、現場に臨時の2坪程度の”藁葺き小屋”を建て妻子と住んでいます。
彼等は家財道具も何も持参せず、全て現地で調達しますが、七輪と鍋さえあればどこでも生活できる様子です。

時々私達は、デマイナーさんからマイホームへ食事の招待を受けます。奥さんがカンボジア料理に腕をふるってくれますが、その料理の水は、近くの溜め池の水である事は間違いありません。
食べなければ折角の親切を無にする事となり、食べると下痢する恐れがあり、複雑な心境でした。意を決して食べると美味しい反面その辛い事、あわてて出された水を飲み干した途端「しまった!」一番危なかったのは”生水”である事を思い出しました。
私の慌てた姿を見てデマイナーが「辛い食物は、体の毒を取るから大丈夫」と大声で笑っています。

また、PJ期間中に子供も生まれました。生まれる前日まで現場で過ごし、病院で出産した翌日、現場に元気な赤ちゃんの鳴き声がします。
お祝いに行くと赤ちゃんの手首にお金が巻きつけてあります。将来お金に困らないようにとの習慣だそうで、私達も健やかに育ってとの祈りをこめて、見栄を張り数十ドルを赤ちゃんの手首に結びました。

私達は、現場で昼食のためのご飯を炊きましたが、日替わりでデマイナー達が炊飯指導に来ます。
水、火加減その講釈は人によって違いますが、炊き上がり直前には、にこりと笑って皆その場を立ち去ります。

ご飯のでき具合に自信が無い様子、旨くいかない時は、「この米は高価すぎる」と米のせいにします。また彼等は自分達の天幕の中で鶏を育てています。
宴会があるたびにこの鶏の数が少なくなります。私が疲れて元気がないと、「貴方のために買ってきた」とマンゴーを差し出します。
見ると先ほど道路脇に生っていたマンゴーです。彼等との触れ合いは、国の復興のために逞しく生きるカンボジアの人々の一面を垣間見るとともに、家族思いの憎めない愉快な人々である事を肌で感じる有意義な機会となりました。