地雷の恐怖から安全・安心の村へ
=カンボジアコミュニティ総合開発プロジェクト体験記=

12 やってみせ、いって聞かせて、させてみせ、褒めてやらねば人は動かじ

カンボジアの人達に機械による地雷処理技術、ドーザ、油圧ショベル等建設機械の操作・整備技術、土木技術そしてPJ管理に関する技術等を教えることがPJの目的の一つでした。

しかしながら、基礎的知識も技術も無い彼らに、技術を教える事が如何に難しいかを痛切に思い知らされました。
クメール人は、約1千年の文化・伝統を誇りに思い、プライドは非常に高く、一方的に指導する自衛隊方式では全く通用しませんでした。
地雷除去機の操作を教えるに当たり、初日教えただけで2日目からは、ベテランオペレーターのような口を利きます。
彼等は、操作の間違いを指摘すると、私達の指導を素直に受けません。

DM操作技術の検討

このため私達は次のような方法をとりました。
彼らの言い分を聞き、その提案に基づき実施させる。
次に私達の提案に基づき実施し、両案のやり方を彼ら自身に、どちらが安全・確実かつ効率的かを判断させました。

この方法は、時間もかかり、根気もいりましたが、彼らの顔を立て、指導し、技術を伝承するにはこの方法しか無いようです。
また彼等は、自分の職務以外の事は絶対に実施しません。

オペレーターは機械操作だけしかやりません。彼等に「杭打ちの杭を運んでくれ!」と頼んでも「私達の仕事ではありません」との答え、DM等のオペレーターには整備を、整備員には操作技術を、ショベル等建機のオペレーターには道路の土留めの構築要領を知識として教え無ければ、効率的な作業はできません。

先ず彼等の”意識改革”が必要でしたが、日本人でも困難なのにここにおいては想像以上の難しさでした。
道路整形においてスコールを考慮し、表面に傾斜を付け雨水を排水できる構造にする事は、道路破壊を防止するため大切です。

毎日の作業指導

このため、私達はオペレーターに説明、実施させ、納得させます。夕方立派に出来上がった道路を一緒に見ながら「グッドジョブ!OKです」と彼らの技術を褒めます。

ところが翌日、現場に行くと「Mr. IDETA早朝から頑張った仕事を見てくれ」とOPが胸を張って我々を迎えてくれました。
期待しながら現場を見ると、昨日教え実施して作った道路の傾斜が真っ平らに削られています。
驚きと落胆と憤りの中、カンボジアにおいては、”道路は平らなもの”との小さい頃からの常識と先入観念が邪魔をしている事に気が付くとともに、気持ちの持ち方として「何も期待しない」ことも重要と思いました。

余り期待すると、期待通りに行かなかった時の失望は大きく、教える情熱を失います。
これも「何も期待するな!日本とは違います」と言う仏様の教えかと考え方を変えました。
お陰様でその日以降、余り腹も立たなくなり、根気強くなりました。

様々なカンボジアでの体験から、彼等が私達への”信頼感”を持った時、初めて指導に従ってくれる事を学びました。
口で言うだけでは何も始まりません。
自らが行動でやって見せ、次に彼等と一緒に行い、物ができあがる。彼等に私達と一緒にやれば、村の役に立つ物が出来上がり、満足感と自信が持てる事を体験させる事が、重要であります。

ヒューム管の設置作業

しかしながら、やって見せる事は大変です。
なにせ彼等にとっては初めて見聞きし、経験する仕事、自ら地下足袋を履き、ショベルの握り方、使い方から「やって見せる」事が技術の伝承に初めて繋がります。

PJが佳境に入った頃、CMACの隊員から私は「親方!」と呼ばれるようになりました。約35年位前、陸上自衛隊の小隊長時代に隊員から「出田孝二」改め「土方工事」のニックネームをもらった記憶が蘇りました。

しかしながら”やる気”だけは、十二分にあるのですが、元自衛官とは言え、私も60歳の還暦を迎え、日本とは違い灼熱の太陽、気温40度にも及ぶ気候の中での土方作業、頭がボーットしてきます。
汗は流れ落ち、意識はもうろう。もうダメかと思った時、彼らは自らショベルを持ち、杭を運んでくれるようになりました。
この国は、深甚なる仏教国、年寄りへの思いやりを大切にする国です。幸か不幸かこの事がきっかけで彼等の信頼感を得たのかも知れません。

一度信頼が得られれば、彼らは私達のアドバイスを素直に受けながら、積極的に行動します。
何が幸いするか分かりません。年をとった事に始めて感謝した出来事でした。
この日から彼等は、私に対しいつも「出田は休んで居てくれ!」と有り難い言葉を掛けてくれるようになりました。
これも仏様のお導きかと改めて感謝しました。