地雷の恐怖から安全・安心の村へ
=カンボジアコミュニティ総合開発プロジェクト体験記=

15 子供達の笑顔がはじけます

小学校の授業風景

地雷に囲まれた”藁葺き屋根の小学校”で勉強する子供達は、皆明るく元気一杯です。
この学校はスロムサンチェイ小学校と呼ばれていますが、まだコミューンの制式認可を受けておらず、バレーコート位の広さの2教室、午前と午後の2部制であり、夫々国語、算数の2時間位の授業を若い村の青年達が教えています。
いわゆる村人達の私学校です。
当初、児童数は約80名と聞いていたのですが、学校建設が進むにつれ学校に通う児童が増えてきました。
校長先生に確認するとその都度100名、150名と増え、完成した時は、児童数200名になっていました。
児童数は、建設する学校の規模を左右するため何度も確認したはずでしたが、勉強する子供達画増える事は、学校建設の目的の一つでもあり嬉しい誤算です。

子供達は、3年生以下の低学年と高学年に分かれて勉強しているとの事でしたが、学校に行き始めた年齢の差があり余り区別はつきません。
学校には時計も無く、また家庭にも時計は無いのに係わらず不思議なことに、毎日決められた時刻頃に子供達は登校し、授業が開始されます。

溜め池が自然のプール
子供達の歓声が響きます

子供達は、勉強が好きなのかどうかは分かりませんが学校が大好きな様子、特に放課後に、バレーボール、鬼ごっこで遊ぶことが楽しいらしく屈託の無い笑顔です。

しかし、遊び場とはいえ、周りは地雷の危険が潜んでいます。
1日も早く子供達が安全に安心して遊べる広場を作る必要があります。

地雷を除去し敷地造成が進んでいくとサッカー、縄跳びと子供達の遊びの場が広がります。
村の道路、側溝、溜め池の整備が進むにつれ、雨季には泥沼となり歩くことさえ出来なかった道路は、かけっこ競争の場に、側溝は水遊び場に、大きな溜池は自然のプールに早代わりし、子供達が自慢げに泳いでいます。
グランドに設置したブランコ、シーソー遊びに一生懸命、村のいたる所で子供達の歓声が響き笑顔がはじけます。

初めての村の協力者

PJ開始後、最初に手伝ってくれたのは子供達でした。巻尺を持って道路測量のお手伝い、スコールが降った後は道路排水のお手伝い、始めは挨拶もしてくれなかった子供達も今や”はにかみ”ながら「ソクサバ~イ」と元気な声を掛けてくれるようになりました。
子供達は、村における最大の協力者であり理解者でした。PJが終わりに近づいた頃、子供達が、自らごみ拾いを始め笑顔で私達に差し出しました。

ここの人達は、ごみを拾う習慣はありません。
私達が、毎日学校建設現場のごみ拾いをするのを見ていたのかもしれませんが、嬉しい限りです。

皆で井戸から水汲み

真新しい学校で授業が始まり、多くの子供達が朝早から学校に来ます。
新たに作ったトイレに、子供達自ら水を運びます。女の子は井戸のポンプを押して水を汲み、男の子は仲良く天秤棒を担ぎ水運び、皆笑顔で協力します。
この子達が溜め水を利用した生活を止め、井戸の水を生活用水として、衛生的な安全な生活が送れる日が1日でも早く来ることを期待します。