地雷の恐怖から安全・安心の村へ
=カンボジアコミュニティ総合開発プロジェクト体験記=

16 村人達の思いやり

村に溜池を10ヶ所作りました。溜池は乾季の村人の生活、農耕にとって極めて大切な施設であり、家族の一番の重労働である”水運び”にも大きく影響し、その掘削場所は村人の生活にとって大問題です。

これも利害が大きく絡む問題であり、溜め池位置の選定の公平性と透明性を確保するため、村長に「溜池の場所を決めて下さい」とお願いすると数日後、村で話し合いをした結果を持って、村長が構築する場所に案内してくれました。

「どんな基準で場所を決めましたか?」と尋ねると「この村には、ご主人が内戦で亡くなって女性だけの家族、或いは地雷等で負傷した方がいます。
このハンデキャヤップのある家族を優先しました」との回答でした。村には、地雷や不発弾に触雷し、命を落とし或いは傷ついた多くの人々がいます。村のグループリーダーの1人にソティアさんと言う方がいます。
彼は農作業中2度地雷事故に会い、左手と右足が不自由です。「何故、こんな危険な村を出ないのですか?」と尋ねると、「これは私の運命です。この村に住み続けることが、私の人生です」との淡々とした答えが返ってきました。
彼は不自由な体にもかかわらず、数キロの道を天秤棒を肩に水運び、農作業に鍬を振るいます。

PJが終わりに近づいた頃、村人達が道路作りに協力してくれた時、ソティアさんも参加し不自由な体に鍬を持ち、トラクターの荷台から黙々と土を降ろしていました。
何故誰も手伝わないのか不思議に思っていると、村長が「彼は、いつも自分で出来る事を一生懸命やっています。
彼のこの一生懸命の姿を見て、村の青年達が頑頑張っています。

今日手伝いに来てくれた青年達は、彼のグループの人達です。
ソティアさんの家の近くに、溜め池を掘ってくれたお礼のつもりでしょう」と教えてくれました。
ハンデキャップを抱えた家族を毎日手伝う事はできません。

また裕福で無い彼等も自分の生活を支えることで精一杯です。
この村の人達の優しさは、同じ地域に住む彼等なりにできる範囲でこの家族の生活を支援し、環境を整える事だったのです。
本当の思いやりとは、こう言う事かと考えさせられるとともに、思わず村人達の優しさに涙腺が緩みました。

17 変わりだした村の生活

PJが開始されてから10ヶ月、この間地雷除去、道路等のインフラ整備が進むにつれ、村人達の生活に少しづつ変化が見られました。
除去された地雷原の中には新たに住居が建ち、キャベツやコーン畑の生き生きした農作物が見られ、改修された道路沿いには、数件の雑貨店ができ人が集まります。

今まで悪路で村の中央まで入れなかった大型トラックが収穫されたコーンの収集に往来しています。
雨季には、路面が泥濘化し歩くことも、彼らの唯一のマイカーであるバイクの通行も出来ず、冠水により数ヶ月間交通が遮断された地域からも、多くの人々の往来があります。

特に、新設した小学校付近にあった雑貨屋さんは、新たに店舗を増築しコーンの集積場や村の集会場になりました。
ここの店主もグーループリーダーの1人でしたが、PJ開始の頃と比較すると別人のように協力的になりました。

店には、カボチャ等の野菜、川魚、オレンジ、子供達の好きな駄菓子、ココナツ油で揚げたドーナツ、ビール 、コーラ等多くの商品を揃え、日本流に言えば小さなスーパーマーケットです。

2年前事前調査に来た時に見た、薄暗い店内に売れ残りのような野菜や買う気にはなれなかった干し魚等が置かれた活気の無い姿は、何処にもありません。
毎日賑やかな井戸端会議に精を出す女性達、ビリヤードに興じる若者、学校帰りの子供達の笑顔で一杯です。この中にPJ期間に新たに生まれた赤ちゃん、ヒューム管を埋設している時、私達の制止も聞かず無理やり通って行った威勢の良いおばちゃん、自宅の前に深い側溝を掘られ、家への出入りが出来なくなり、私に食って掛かった元気なお婆さんの姿がありました。

皆笑顔で「ソクサバ~イ」と声を掛けてくれます。
学校、道路等のインフラ整備がこれほど大きな変化をもたらすとは、私達の想像以上であり、村を1年以上離れ久し振りに村に帰った人には、別の村の姿に見えたぐらいの変貌でした。

2009年3月中旬、PJの竣工式を行いましたが、起工式の時と比べ、500名以上の人々が参加してくれました。
これも道路が整備され、村の周辺から多くの人々が集まり易くなった証明かもしれません。
そして、いよいよ私達が村を去る時、村人達が「小学校、道路整備、地雷除去を実施してくれて有難う。
便利になりました。 村人は幸せです。 皆感謝をしています。」と言葉を掛けてくれましたが、それよりも私達が一番嬉しかったのは、村長さんが「村の将来に”夢”を見ることが出来るようになりました」と言う言葉でした。
コミュニティ総合開発PJ”安全・安心な村作り”は、村人達に”夢と希望”をもたらすプロジェクトであることの意義を改めてかみ締めました。

(了)