イワン・チェンナムの中国便り
-見て聞いて知った最近の中国情勢 全6回(その6 最終回)-

イワン・チェンナム

 全6回(その6 最終回)

「外国ではなく異国である: ところ変われば人も文化も風習も地名も変わる」
 ある日、中国の友人と買い物に出かけた時の事です。突然、前を歩いていた老婦人が転びました。 とっさに、私は安否を気遣いその老人に駆け寄り声をかけようとしました。その時、一緒にいた友人が私の腕をつかんで止めたのです。「待ってください。彼女が自分で起き上がれるかどうか、確かめてからにしましょう」と言いました。最近、交通事故の当たり屋と同じように、自分で転んでおきながら、「大丈夫ですか?」と声をかけてきた人に、「お前が後ろから押したんだろう」と言いがかりをつけて治療代を要求する事件が横行しているのです。また、本当に彼女が自分で転んで怪我をしたとしても、「大丈夫ですか?」と声をかけたからには、救急車を呼んであげなければなりません。日本では、当たり前のことですし、当然そのようにすることでしょう。しかし、中国では、救急車は有料です。救急車を呼んだ場合、呼んだ人が救急車の運賃を払わなければならないのです。日本のように、電話代だけで済むことではないのです。
 最近問題となっている「尖閣列島」問題についても、日本では「尖閣列島」という地名ですが、中国では、反日デモのプラカードにも見られるとおり、「釣魚島」と呼ばれています。実は、この“釣魚”という地名は、中国人にとっては、歴史的な地名なのだということを北京大学の教授から聞かされたことがありました。日中友好条約締結交渉時に田中角栄首相も宿泊した“釣魚台”と言う故宮の近くにある国賓級の迎賓館の名前にもなっています。現在問題となっている「釣魚島」と「釣魚台」は、直接の関係はないのですが、この「釣魚台」は、中国の皇帝が釣り場とした場所であり、清の乾隆帝の時代には、皇帝の迎賓館として整備されたそうです。 日本で問題となっている「尖閣列島」は、中国では「魚釣島」問題として取り上げられています。中国人にとっては、「釣魚」という名前は、「釣魚島」とは関係のないものであっても、「釣魚」という名前は、日本人には計り知れない中国人の想いがあることも事実であるようです。
 また、日本では「朋友」という言葉は、「友人」と訳されますが、中国における「朋友」とは、「同じ志を有する真の友」という意味です。「女朋友」とは恋人の意味です。中国人から「好朋友」と呼ばれたならば、絶大な信用を得たことになります。 日本の「朋友」よりも深い意味があります。
 日本は、一つの民族で一つの言語を使い、日本という独立した島で生活しています。日本で暮らす限り日本人とだけ付き合っていれば、問題なく生きて行けます。しかし、今回のロンドンオリンピックの開会式や閉会式の選手の行進の顔ぶれを見てもお分かりのように、イギリスでもアメリカでもそして中国でも、肌色も風俗習慣も異なる人々と一緒に生活しなければ何もできないのです。
 私も、日本の大手企業に7年ほどお世話になったことがありますが、世界的に有名なその会社でも、日本人以外の社員に出会ったのは、広報室に勤務していたアメリカ人一人だけでした。それほど、日本では、異国の人に出会うことはまれなことです。今、私はあえて「異国の人」と申し上げました。
 日本人は、外国あるいは外国人と言いがちですが、この呼び方は、日本という内国から外を見た時の呼び方だと思います。あくまで、日本という「内国」を基準に見ていますが、これでは正しい見方ができないことを3年間の中国滞在を通じて痛感しました。「外国」ではなく、「異国」という呼び方をしなければ、日本との違いを意識した国際的な活動はできないものと思います。そして、このような「異国」の認識が待てれば、日本人が国際舞台で更なる活躍ができるものと思います。
 「情けは人の為ならず」という意味は、“人に思いやりを持つことは、何時かは自分のためになる”という意味が本来の意味ですが、“人に情けをかけることは、その人を甘えさせることになるから、情けはかけないほうが良い”という解釈をする異国人もいるのです。冒頭の転んだ老婦人を助ける場合にしても、異国人ならば、更に違った解釈をするかもしれません。先入観は禁物です。

「終わりに」
 これまで、中国の現状と将来について、お話をさせていただきました。しかし、これは、日本の現状と将来でもあります。 歴史は繰り返しております。中国の発展は、まさにドッグイヤーのごとく、これまでの日本の発展速度の数倍の速さで進んでいます。老人問題や年金問題は、ひょっとすると、これからの中国の姿が日本の姿に成り代わる恐れもあります。また、その逆もありうることです。
 また、日米関係や米中関係も、このままの形で推移するとは限りません。中国人を知れば知るほど、米国人に似ていることを痛感します。これは、英語と中国語の文法が同じであることも影響しているものと感じます。主語+述語+目的語の順に話す両国語と違って、なかなか述語や目的語が出てこない日本人の話し方にいらだつ中国人をよく見かけました。
 最近発生した尖閣列島問題に関わる日中間の一連の騒動は、これまでお話しした、中国の改革解放や鄧小平の遺嘱にも見られる中国における内憂外患のはけ口になっていることも確かなようです。またこれに加えて、日本における政治外交の内憂外患も問題を拡大させる原因になっていることは否めません。外敵であった北方の匈奴等の防衛のために万里の長城を築いた秦が、外敵ではなく内乱によってわずか15年で滅亡した事実は、歴代の中国王朝の歴史を見るまでもなく、その国の内憂外患の内憂の状況が、国の存亡にかかわる現実を示しております。現下の中国政府も、この事実を十分に認識していることでしょう。 また、ソ連崩壊の一因として、米ソ冷戦時代におけるソ連の無理な軍備の増強が上げられています。今、まさに中国も、軍拡の道を歩みつつあるようです。
 いずれにしても、「賢者は歴史に学び、愚者は体験に学ぶ」の例えのごとく、国や人はその時々で、賢者にも愚者にもなり得ます。愚者になることを避けるためには、歴史や体験を真摯に復習し、インフォーメーションをインテリジェンスにして前進することが大切であります。
 日本の昨今の政治や経済等の状況も、まさに“人間万事塞翁が馬”の例えをかみしめる時なのかもしれません。

(完)

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