イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第三計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第三計 借刀杀人(しゃくとうさつじん)“刀を借りて人を殺す”

 出典  明代の芝居《三祝記》

原文解釈 “敵すでに明らかにして、友いまだ定まらざれば、友を引きて敵を殺さしめ、自ら力を出さず、損を以って推演す。”
 敵軍の状況が明らかになっているのに、自軍の同盟軍がためらって決断をしないときは、あらゆる手段を使って同盟軍に敵を攻撃させ、自分の戦力は温存すべきである。なるべく、他人の力を利用することが大切である。
考証  春秋時代末期、斉は魯への侵攻を計画した。魯はもともと弱小でありこの戦に勝ち目はなかった。このため、孔子の弟子の魯の子貢は、情勢を分析して、呉が斉と交戦中であること考え、呉の力を利用することを考えた。子貢は斉に行き、宰相田常に告げた。“素人は弱点を攻めることに憂慮し、玄人はその強いところを攻めることに憂慮する”この道理からすれば、斉の敵対者呉が魯をせめて、敵対者呉の勢力を拡大させてはなりません。斉が呉を打ち、強国により敵対者の力を削ぐべきである。斉の田常は、この子貢の意見に心を動かされたが、斉は既に魯出兵の準備を終えていたため、斉は呉攻撃へ変更する名目がなかった。子貢は素早く答えた。私が呉に行き、魯を救うために呉が斉を攻めることを説き伏せます。そうすれば、斉が呉を攻める名目が立ちましょう。これにより、呉と斉は交戦した。斉は大敗した。その後、勝ちに乗じた呉は、晋に侵攻したが、準備万端の晋に撃退された。このように、魯は、呉の力を持って斉の力を削ぎ、晋の力をもって呉の力を削ぎ、魯の危機を脱した。
 敵の敵は味方となることもあるが、更なる敵になることもある。
関ヶ原の戦いにおいて、徳川家康が、西軍から東軍に寝返りを躊躇する小早川秀秋を強引に東軍に引き入れたことが、東軍の勝利の一因となっている。
 しかし、その後の小早川家の末路は決して良いものではなかったことも記憶すべきことである。
応用事例       “ソニーは皇族を利用して英国に参入”
 ソニー社長の盛田昭夫は、千載一遇の機会として、英国王家の名を宣伝に利用してソニー製品の英国市場の参入を図った。 1970年、英国ウイリアム王子が日本の大阪万博に来られたときに、英国大使館はソニーに王子のスイートルームにテレビを設置することを依頼した。ソニーは素晴らしいサービスによって王子を満足させた。大使館のレセプションにおいて、盛田昭夫は王子に紹介された。王子はソニーに対して深く感謝の意を述べるとともに、併せてもし盛田社長が英国に工場を開くならば王子の領地にすることも忘れないようにと申し出た。直ちに盛田社長は英国に行き、調査を行い、この地に工場を開設することを決定した。工場の開業式典においては王子の来臨を仰ぎ、その来臨に感謝をこめて、工場の入り口に額を設置してこれを記念した。
 20世紀80年代初頭、この工場は生産拡大を決定したため、盛田社長は謹んで再度王子のご来臨をお願いしたが都合がつかず、代わってアン王妃が遣わされた。アン王妃は身重であったが、盛田社長の周到な手配により、王妃は工場視察のときには帽子をかぶせられていた。帽子の上には“ソニー”の二文字が大きく描かれていた。随所でカメラマンのシャッターが切られ、英国及び世界各地にその状況が配信された。― “王妃、ソニーの英国工場を視察。”
 ソニー工場の額と訪問時の写真は永久に残り、来訪者はその都度これを見た。
ソニーは、まさに英王室を利用して英国における事業参入を成功させた。
 他人のふんどしで相撲をとれば自分の力を温存でき安上がりである。
人を褒めてやる気を出させることも、この類である。
褒めることは、勇気と寛容さがいる。褒められて悪い気がする人はいない。
しかし、他人の力ばかりを当てにすれば、利用される相手も気付くはずである。
 “神は自ら助けるものを助ける”自らの努力を怠ってはならない。

(第三計 了)