イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第四計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第四計 以逸待労 (いいつたいろう)“ 楽をして労を待つ”

出典《孫子兵法・軍事編》 戦場に先回りして準備を整えて敵を待ち受ければ労することなく、楽をして戦機が得られる。

原文解釈 “敵の勢を苦しめるは、戦いをもってせず、剛を損じて柔を益す。”
 敵を制するには、戦いをしかけるばかりではダメである。直接攻撃の“剛”ばかりでなく、“柔軟”な防御の計画をもって弱点を補えば戦勝を得られる。
考証 “かまどを用いて敵を幻惑させ、我に有利な作戦を敵に謀らせる。”
 紀元前342年 魏が韓を侵攻した。韓は12年前と同じく斉に助けを求めた。魏は囲魏救趙の戦訓に鑑み、急遽自国に引き返した。斉は、魏に侵攻したが途中で自軍のかまどの数を暫減させて、斉軍の勢力が低下したようにみせかけて、魏に斉軍攻撃の機会をつくりあげ、魏軍をおびき出して、大軍をもってこれを迎え撃った。
 この戦いは“囲魏救趙”と“以逸待労”の策の戦いでもあった。戦場における戦術はただ一つだけでは成り立たない。時と場所と状況等により重畳的な作戦が展開される。作戦とは、まさに自ら様々な策を「作り」、敵と「戦う」ことである。
応用事例-1       “駆け引きの勝敗は情報の多寡で決まる”
 1982年、ハルビン市のケーブル会社は高度な製造技術の購入について米国の会社と交渉していた。米側は当初142万ドルを要求したが、当該ケーブル会社の副工場長張冶安は膨大な米国側の資料を集めており、これを基に幾度の交渉を経て、最終的には74万ドルで締結した。その後、新たな高炉の購買交渉が始まった時には、米側は218万ドルを提示し、128万ドルまで値下げしてきたが、張冶安は依然として不同意であった。これに不快感をもった米側は、契約書を張の前に放り投げて言い放った“貴方には誠意が見られない。我々は明日帰国します。契約はできません。”張も遠慮せずに答えた。“契約が成立しなくても結構です。”米側は張のこの毅然とした態度を見て、また譲歩をした。118万ドルまで下げて張に告げた“これが最低価格です。これ以上下げたら原価を切ってします。”張はまだ不同意であった。米側は本当に翌日帰国してしまった。関係者から電話が張にあった。“そろそろ折り合ったらどうだ。交渉をふいにしてはいけない。”張は勝算があることを告げた。“ふいにはなりません。米側はまた戻ってきます。”まさに、数日も経たぬうちに戻ってきて交渉を再開した。張は2年前に米側がハンガリーに98万ドルで契約していたことを調べ上げていた。米側はこれを受けて答えた。“現在は物価が上昇した。”張も又応酬した。“物価上昇指数は毎年6%である。どうしてこんな高い値段になってしまうのか?”仕方なく、米側は譲歩を続けざるを得なかった。 結局この交渉は108万ドルで妥結した。これにより企業の資金も国の外貨も節約できた。
 いかに交渉が上手くても、その場の状況に応じた交渉術だけでは、相手を納得させられない。確実な情報とそれに基づく綿密な方策があってこそ、交渉は成功する。しかし、悪い情報は、避けたがる。彼女の悪い噂は聞きたくないものである。これを冷静に聞ければ、合格!
 情報は、相手の意図(手の内)を“先に”読むことでもある。情報は守られてこそ価値がある。
応用事例-2       “アサヒビールの戦略”
 アサヒビールが、キリンビールを抜いてビールシェアーで1位を獲得したことは、“スーパードライ”の製品供給のお陰であると思っている人が多い。しかし、実際には、これ以外に根本的な企業努力の違いがあった。
 ビール業界のガリバーといわれたキリンは、従来の酒屋系列への販売網を確立させており、他社がこの酒屋の有利な陳列スペースを確保することは極めて困難であった。アサヒは、この窮状を打破すべく市場調査を入念に実施した結果、今後のビール顧客はサラリーマンから女性に拡大していく事を読み取った。このため、販路の重点を、酒屋からスーパーマーケットへと転換させていった。予想通り、スーパーマーケットのビールの売り上げは急上昇を辿った。キリンがこの状況を悟って、スーパーマーケットの販路の拡大に努めた時には、既にアサヒとスーパーマーケットの間の強固な協力関係と販売ノウハウが構築されていた。アサヒのスーパーマーケット重視作戦はアサヒを日本のビール市場のトップに押し上げた。
 この状況と同じことが、アメリカ本土でも起こっていた。1945年、アーカーソン州ニューポート市に1店舗を構える雑貨商ウォルマートが、僅か30年で、全米50州で3000店以上のほかにも世界に店舗を広げて、世界最大の小売業者となった。当時米国では、シアーズ、Kマート、JCペニーといった大手小売業が大都市や町の中心部のみに店を出していた。しかし、ウォルマートは、アサヒと同じく、“既存の競争領域はそのうちに変化する”事を悟り、既存の業者との無駄な競争をも避けて、地方の小さな都市や郊外に進出して、今日の成功を収めた。
 戦場は、時々刻々変化している。戦場に拘(こだわ)るのではなく、戦勝に拘らなければならない。 規定概念の打破が、新たな戦場での戦勝をもたらす。

(第四計 了)