イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第七計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第七計 無中生有(むちゅうしょうゆう)“無の中に有を生ずる”

出典 《老子・第四十章》 “天下万物生于有、有生于無”
“世の中に有るものは全て無から生じている”

原文解釈 “欺くなり。欺くあらざるなり。その欺くところ実にするなり。少しく陰,はなはだ陰、はなはだ陽なり。”
 敵を欺いても欺きとおせるものではない。虚偽がいずれは明らかとなる。それが明らかになる前に、その虚偽(無)を事実(有)に変えなくてはならない。敵が錯覚しているうちに、有利な行動を起こすことが大切である。


 錯覚はいずれは気付かれる。気付かれるまでの時間との勝負である。
敵の錯覚を遅らせる策も必要である。
“嘘も突き通せば本当にさせられる” 中途半端な嘘が一番危険である。

考証  毛沢東のゲリラ戦術は、まず国民党と対峙する前に、徹底したオルグ活動(敵の洗脳活動)により、国民党支配地の住民を共産党に改宗させることであった。
この活動により、国民党軍は、正規の共産党軍と戦うとともに、見えない部内の反共産党シンパとも戦わねばならなかった。まさに、無の中の有とは、見えざる敵と戦うことである。仮想敵を実際の敵にしたてて、敵を疑心暗鬼に陥れて、我が方の攻撃の方向や勢力を想定させずに、有利に作戦を行うことである。
敵が無理と思うことを我に有利にさせる方策こそが、戦勝の秘訣である。


会議において自分の意見を通すためには、二人以上の自分のシンパを会議に参加させておかなければならない。会議において、二人以上の強硬な同調者がいればその意見は必ず通る。-毛沢東語録

応用事例        “貧困から脱した小さな山村”
 現在、日本は世界有数の近代国家であるが、この豊かな島国の中にあって、辺鄙で時代から取り残されたような貧しい村があった。村人は貧困から脱して豊かになりたいと願っていたが、生活は一向に好転しなかった。村長は村人を集めて思いを込めてこう告げた。「当世は、何と言う時代だ! 我々は原始時代と同じ生活をして、忸怩たる思いをしている。しかし、大都会の人は、近代化された生活に浸りすぎて、感覚がおかしくなっている。我々は考え方を変えて、このうまくやってきた原始人のような生活の“未開”を利用して、“未開”の村として売り出してはどうか? 都会の連中を呼び込めることが出来れば、一儲けでき豊かになれる。」この計画は、村全員の喝采を浴びた。そこで、村人は原始人の生活の真似を始めた。樹の上に住んだり、葉っぱで衣服を作ったりと・・
 しばらくして、マスコミがこの“原始人生活”の村を取り上げることとなった。続々とその名を聞きつけて、参観者が絶え間なくやってきた。そして彼らは村に多額の富をもたらした。経営のセンスがある人も参加して、旅館や商店や道路も整備され、旅行地点として開発された。村人は、この機会を利用して裕福になっていった。数年後には、彼ら村人は、昼間は樹の上で生活し、夜間は葉っぱや毛皮の衣服を脱いで現代風の衣服を着てコンクリートの立派な住居に移り住んで近代的な生活をした。この小さな村は、短期間で貧困から脱することが出来たのである。それは、彼らの弱点であった“時代遅れ”という“貧の無”のキーワードを“富の有”に変えたからである。
 これこそ“無中生有”の実践である。

 無から有を生むことが大切であるが、有を隠して、無をもって油断させることもある。(この村の所在地は確認できなかったが、江戸村や宿場町創りを指しているものと思われる。)
 有が大きくなればなるほど、隠し切れないものである。

(第七計 了)