イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第十一計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第十一計 李代桃僵 (りだいとうきょう)“スモモ、桃にかわって倒れる”

出典 《楽府詩集・鶏鳴》 “桃の樹が道端にあった。スモモの樹もそばに生えていた。虫が来て、桃の根をついばんでいたので、スモモが桃の代わり虫に食べられて犠牲になってやった。仲間であれば皆かくのごときであろうや!”

原文解釈 “勢いは必ず損あり。陰を損ないてもって陽を益す。”
 戦局の情勢如何によっては、戦術的には負けを装い、戦略的な勝利を得ることが大切である。小異を捨てて大同につく。目先の小さい戦いにおいては負けても、将来の大勝利のために頑張る。勝利のために小さな犠牲を払う覚悟が大切である。


 目先の損害にとらわれるのが人情である。目的のために手段を選ばずとは、理屈で分かっていても、部下に犠牲を強いることはなかなか出来ない。 しかし、これが指揮官の究極の悩みであり責務である。

考証  戦国時代の中国には、皇族や将軍達が、自分の馬を競走させて賭けをして楽しんだ。ある日、軍師孫膑は親友の田将軍が、この賭けにどうしても勝てないので、勝つ方法を相談に来た。 この賭けの競走の仕組みは、参加者は自分の持ち馬を三頭出場させて、それぞれ取り組ませる方法で三回出走させていた。当然、第一組は一番早い馬同士であり、二番目はその次に速い馬同士となった。三番目は最も遅い馬同士である。田将軍の馬は、三頭ともあまり速くなかった。軍師は、田将軍に、一番目の出走馬には、最も遅い馬を出させた。相手は最も早い馬であったので簡単に負けてしまった。二番目には最も早い馬を出走させた。相手の二番目に早い馬には勝つことが出来た。三番目には、二番目に早い馬を出走させた。これも、相手の一番遅い馬に勝つことが出来た。2勝1敗で、総合では賭けに勝つことができ大金と名声を得た。一番目の出走を捨てたことが、勝因であった。

 竹下元総理は、高校時代は柔道の選手であった。団体戦においては、体が小さかったが力が強かったので、いつも引き分け要員であった。そして、必ず自分の戦いは、引き分けにして味方の勝利に貢献した。(日経新聞:私の履歴書)   計算の出来る負けや引き分けは貴重である。

応用事例        “時機に適した経営判断”
 企業間で問題が発生した時には、的確に状況を判断して迅速果敢に対応して、競争の主導権を握ることが大切である。
 安徽省の油圧ポンプバルブ工場は、本来、95型バルブを生産し、かなりの業績を上げてきたが、その後、国内の他の工場が同種の製品の生産を始めたため、市場は飽和状態になり、業績は急激に低下した。
この状況下において、工場長は各種の調査を実施した結果、“農村に普及している75型のバブルについては、他の工場は生産を重視していない”ことが判明した。直ちに、今後の生産品の重点を、これに切り替えることにした。このため、95型バブルの生産ライン停止して、突貫工事により、75型と80型バブルの生産ラインを築いた。生産の転換は、暫くの間は、工場にそれなりの損失をもたらしたが、短期間で国内におけるトップクラスの高品質の製品を生産することが出来、月産2万セット以上を達成した。この工場は、国内260以上の県の農機具会社と長期的な販売契約を結んだ。新製品は爆発的な反響をもたらした。
 1989年、月産20万セットの生産にまで達し、名実共に全国の同業者の中において、トップの座を獲得した。

 決断は賭けではない。勇猛果敢に行なえる根拠と覚悟が必要である。
勇猛果敢は、理論的な検討の裏づけがなければならない。単なる勇猛果敢は蛮勇の謗りを免れない。

(第十一計 了)