イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第十五計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第十五計 調虎離山(ちょうこりさん)“虎をあしらって山を離れる”

出典 《西遊記 七十六回》


原文解釈 “天を待って、以ってこれを苦しめ、人を用いて以ってこれを誘う、往けば悩み、来れば返る”。
 自分が有利な条件のときは、これを利用して相手を苦しめ、相手の好みを利用して誘き出し、攻撃に危険があるときは、誘き出して、わざと自分の有利な条件のところに攻めてこさせるように仕向けて勝ちを得る。
  相手の有利な立場から、自分の有利な立場に移して戦う。


 自分の有利な立場は分かり易いが、不利な立場は分かり難い。
しかし、楽観論者と悲観論者で見方が変わる。常に、今は、自分はどちらの立場なのかを、自覚することも大切である。

考証  山の中で育った虎を、山の中で捕獲することは難しい。しかし、虎を山の中から平地に誘き出すことができれば、捕らえることも可能である。
 漢王朝末期、揚子江南方地域の覇権を巡って、孫策と劉勲が熾烈な戦いを繰り広げていたが、決着がつかなかった。孫策は劉勲の堅固な山城に手を焼いていた。そこで、孫策は劉勲を山城から誘き出すために秘策を練った。西暦199年、孫策は劉勲に使者を送り、当時孫策が手を焼いていた“上缭”の国を劉勲と共に攻める誘いであった。“上缭”を攻めた後は、自分はその脅威がなくなればよいので、劉勲にその権益を与えても良いというものであった。枢要な部下達はこの孫策の下心を見抜いて反対したが、野望に燃えていた劉勲は、孫策の提案を受け入れて、孫策の支援を受けて“上缭”を攻めることにして、堅固な山城を自ら下ることにした。いざ攻撃の時期になっても、孫策の援軍は来ないで、自軍は疲弊するばかりで、遂には、攻撃を断念し、山城に帰陣せざるを得なかったが、この劉勲の留守を狙って、孫策は、手薄な彼の山城をやすやすと陥落させた。帰陣した劉勲には、山城を取り戻す力は既に無く、孫策に降服するほかは無かった。 所詮、山の虎は、山から出ては生きられなかったのである。


 ワンマンで無知な指揮官に仕えるほど不幸なことはない。劉勲の部下の心情を思うとき、指揮官の人格識見は何ものにも換え難い。部下は指揮官を選べないのである。

応用事例  米国のある会社が古い設備を売りに出した。この会社としては、6万ドルで売れれば御の字だと思っていたが、表示価格は10万ドルとした。売り出すと、何件かの引き合いがあり、ある買い手は、7万ドルを提示したが、別の買い手は、九万ドルに10%の手付金を払うと申し出た。売り手は、この古い設備に予想外の高値がついたために、他の買い手を捜すことなく、この買い手と直ちに合意した。三日後、買い手が来て、“あの値段は、チョット高すぎたから、仲間から同意を得られないので、交渉は成立させられない。この値段はどう見ても5万ドル程度である。”と告げた。そこで、仕方なく、交渉が再開され、幾度もの値段交渉の末、売り手が当初考えていた6万ドルで決着した。
 この9万ドルの値を付けた買い手はまさに“虎調離山”の計を用いたのであり、売り手側に引き込むために“見せかけの値段の提示”をしたのである。そして、当初、引き合いのあった7万ドルの買い手を排除するのに成功したのである。売り手は“千の中には八百の嘘がある”という、商売の交渉の原則を忘れてしまっていたのである。このため、7万ドルの買い手を逃がしてしまい、1万ドルの損をした。
 9万ドルの偽の値段を提示した買い手は、売り手が持つ多くの有利な顧客の選択肢をまんまと打ち砕いて、自分ひとりに引き寄せることに成功し、買い手の有利な状況下で、交渉を再開させて、値段を更に安くさせることに成功した。

 相撲は、自分の土俵でとることが大切である。慣れた土俵で戦えば、積極的な駆け引きが出来、色々な技が出せる。自分の土俵は、自分で踏み固めて作らなければならない。土俵は、意識や環境で変わるもの。単に土の問題ではない。
 異国で戦う国際試合で、日本チームの負け数が多いのはこのためであろうか。防衛作戦も、不利なことばかりとは限らない。自分の土俵があるからである。
 自分の土俵には、敵には分からない沢山の情報もある。

(第十五計 了)