イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第十六計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第十六計 欲擒故縦(よくきんこしょう)“捕らえんと欲すれば暫く放つ”

出典 《老子第三十六章》 “敵を攻め滅ぼそうとすれば、敵も必死に抵抗し、我の損害も大きくなる。敵の疲れを待ってじっくりと攻めれば、敵も諦めて従ってくる。”


原文解釈  “迫れば即ち兵を返さる。走らしめれば即ち勢いを減ずる。固く随いて迫ることなかれ。その気力を疲れしめ、その闘志を消し、散じて後捉えれば、兵刃血塗らず、光あり。”
 敵の逃げ道を断って攻め立てれば必死に抵抗し、逃げるに任せれば、そのうち力を失ってしまう。敵をとことん追い詰めてはならない。敵の疲れを待って力が分散したところを待って捕獲すれば、我の損害も少なくして勝利を得ることが出来る。

 力で倒した者は、いずれ、力で倒される。敗者は捨てるものが無い。
金持ちは、あえて戦わないものである。敗者の逃げ道を残してやることが勝利の道である。窮鼠かえって猫を噛む!

考証  三国時代西暦225年、蜀は自国領土の南方異民族の反抗に手を焼いていた。諸葛孔明は、この異民族平定の命を受けた。彼は、この異民族の首長である孟獲を“欲擒故縦”の策により、ただ責め滅ぼすのではなく、服従させて、蜀のために働かせることまでも考えたのである。
 七度の様々な戦いを繰り広げた孔明は、その都度勝利を収めたが、その都度深追いはせずに、孟獲の配下の将軍や猛獲自身を捕虜にしたにもかかわらず、丁重に処遇して解き放った。この様な経過を得て、遂には猛獲の武将も猛獲自身も、敗戦を認めると共に、蜀に従うことを認めた。その後、孔明は、南方地域の支配権を猛獲に与えた。 猛獲が恩義に感じて蜀のために南方地域を統治したことは言うまでもないことであった。 孔明は、この様な事態を予測しており、配下の武将から“猛獲を殺すべし”の具申を、七度も退けて、猛獲の帰心を待ったのである。


 この策の実行には、味方に対する説得が重要である。
勝ちに乗じた味方の攻撃意思を制止することは容易なことではない。過去においても、勝ちに乗じて深追いして負けた戦例は枚挙に暇がない。
 指揮官の指揮統率の見せ場である。

応用事例-1  販売前のサービスは、売名行為でもなければ奉仕活動でも無く、れっきとした入念な販売戦略である。商品の出荷から利益の回収までを事前に考えた活動である。1989年、電子メーカー市場は困窮していたが、江苏后东コンピュータ工場は、このような中でも何とか業績を上げていた。200人程度の工場が、年間1421台のコンピュータを販売して、121万元の利益を上げていたのである。
 施方道工場長は、その好業績の原因は、販売方法を刷新して、販売前の事前サービスを顧客に徹底したことだと述べた。
 この工場は、販売戦略の刷新のために、コンピュータの教育普及部隊を組織して、全国各地において、無料の講習会を開催し、コンピュータ知識の普及に努めた。この講座は、一期、3~4日の日程で、参加者は100人程度であった。これにより、販売拠点や、関係地域においてその活動の成果が現れ始めた。この活動を開始して以来数年にして、全国27の省に450以上の教育訓練講座が開かれ、参加者は5万人以上に達した。この講座によって、コンピュータの理解者が次第に増加し、この工場の製品もまた知れ渡っていき、コンピュータ愛好者の増加は市場の開拓となっていった。当時は、無料講座は、工場の損になるのではないか、との意見があったが、工場長はこれらの人達に以下のように説明した。“表面上は、資金の浪費のように見えるが、これにより、市場の状況をつぶさに観察でき、重点的な資本の投下が可能となる。また、この教育した人々をわが社の製品愛好者として取り込み、新たな市場の開拓にもなる。”まさに、彼の読みどおりに事態は進展して、更なる業績を工場にもたらした。

 目的のためには手段を選ばぬ決断と説得力が重要であることをこの事例は教えている。戦いは、消耗戦である。損害を少なくすることが勝利の根源である。
 しかし、消耗には無駄な消耗と価値ある消耗がある。これを取り違えれば、将来は無い。この見極めは、リーダーにしか出来ない。何故ならば、リーダーの仕事は、将来にリードすることである。

応用事例-2           “コカコーラ対ペプシ”
 1886年、米国ジョージア州の薬剤師が「コカコーラフォーミュラ」を発明し、数年後にコカコーラとして売り出された。1893年、ノースカロナイナの薬剤師が「ペプシ・フォーミュラ」を発明して、ペプシコーラが売り出された。
 両社は同じフランチャイズ方式によって発展してきた。この両社の競争のパターンは、相互の新製品や、ビジネスモデルや流通等において、常に何れかが先行してそれを後者が真似をするといったイノベーションと模倣の繰り返しであった。両社は互いに相手を敵とみなしているが、有益な敵として共存を図ってきている。ペプシがいなければコカコーラはサッカリンからアスパテームに変更せず、2リットルボトルの導入もなかったのである。また、ペプシは、コカコーラがいなければコーラの原料を高価な砂糖からブドウ糖液に出来なかったのである。1998年、当時のペプシのCEOのロジャーエリンコは“コーラ戦争は、コカコーラがいなければ、ペプシはその独創性を発揮して、コーラの強敵であり続けられなかったであろう。コカコーラが成功すればするほど、我々もまた、成功できたのである。もし、コカコーラがいなければ、我々はコカコーラと同じような敵を待ち続けたであろう”と言っている。

 ライバルとは、打ち負かす相手ではなく、ともに成長し発展する同志である。でも現実には難しいことである。打ち負かしたくなるのが本音である。
 しかし、戦争には、ライバルはいない。敵と共に成長発展することは無い。
 ライバルと見るか、敵とみるか、悩み時である。

(第十六計 了)