イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第十七計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第十七計 抛砖引玉(ほうせいいんぎょく)“レンガを投げて玉を引く”

出典 《傳灯録》の故事。 唐代詩人常建は超暇の詩才に敬服しており、何かにつけ超暇のマネをしていた。あるとき、超暇が蘇州の寺に訪れることを聞いた常建は、先回りをして、その寺の一番良い場所で詩作に耽っていた。案の定、そこに超暇が訪れて、常建が作っていた詩に手を加えてくれた。これにより、常建の詩は一段と見栄えのよいものになり常建の名声も高まった。


原文解釈 “類を以ってこれを誘い、蒙を撃つなり。”
 紛らわしい類似のものを使って敵を惑わせて、敵の思考が混乱したところに乗じて攻める。

考証  道教の莊子は、常に“価値観とは相対的なものである”と説いている。即ち、価値観(好き嫌い、良い悪い)は、自分自身の中にあるのである。莊子が好んだある古木は、ほとんど誰も見向きもしないような節くれだった木であった。このため、平らな板としても使えないため大工も見向きもせず、見た目も悪くこの木を描きたいという画家もいなかった。このため、この木は大工や画家や園芸家からは見放されていたために、その木は誰にも切り倒されることなく、数百年にわたって思い通りに枝や根を張って生き続けられた。

 生きるためには、他人と比較する相対的な価値観に煩わされる。自分独自の生き方を貫くためには、他人に左右されない絶対的な価値観を持ち続けるにことが必要である。難しいことである。

応用事例-1          “小銭が大金を引き寄せた”
 ハンズは米国のある小さな缶詰会社の社長であった。日頃から、会社を大きくすることばかりを考えていた。ある年、彼はシカゴ市の国際博覧会に出品することを決めた。しかし、彼の会社に割り当てられたブースは、会場の中の最も屋上の端っこの目立たない場所であった。せっかく社名と製品を売り込むために参加したのに、こんな場所では客が来ないから意味がない。彼は、大会の責任者にブース場所の変更を求めた。しかし、大会の責任者の答えは“貴方、御覧なさい。参加者の多くが有名な大会社ばかりです。我々は、ちゃんと参加者の状況を考えて場所を決めています。貴方の会社の場所は、この位置が最適です。”ハンズは会場を見渡したが、確かに自分の会社よりは有名な、全国で一二を争うような会社の商品が主要な場所を占拠していた。“確かに、自分の商品は見劣りするが、今更引き下がることは出来ない。どうしたらよいだろうか ?大金をはたいて参加したのだし、何の成果もなくおめおめと帰れないではないか ! ” この様に、彼は、何度も心の中で叫び続けた。
 博覧会が開始されたが、案の定、参観者は多いのに、彼のブースに立ち寄る人は少なく、閉館時間は迫ってくるのになす術もなく、第一日目が終わってしまった。ホテルのベットで横になりながら秘策を練ったが妙案は浮かばなかった。第二日も、なす術もなく過ぎていった。
 三日目、会場の床に小銭のコインが沢山ばら撒かれていた。コインの裏面には、“このコインを拾った方は、屋上のハンズ食品会社に、このコインを持参していただければ、記念品と交換いたします。”とあった。
 果たせるかな、これまで閑古鳥が鳴いていたハンズの屋上の辺鄙なブースは人垣が出来るほどになった。参加者は至る所で、“ハンズのコイン”の新たな試みを話題にした。当然、新聞もこれを取り上げた。
 この結果、ハンズの商品の名は高まり、この博覧会で55万ドルの売り上げを記録した。これがハンズが採った“抛砖引玉”の策である。誰も見向きもしない状況下で、彼は人集めのためのコインを作って、これを会場にばら撒かせて、他のブースの客を彼のブースに引き寄せたのである。

 もともと、彼の商品が優秀であったことが、売れた原因であった。アイデアだけでは、成功しない。アイデアは手段に過ぎない。
 作戦もアイデアである、部隊が精強であればこそ作戦は成功する。

応用事例-2           “ブラシを贈って消費を促す”
 米国リッチモンド市にあるペンキ屋は、商売がなかなかうまくいかなかった。ペンキ屋の主人のトリスキーはペンキの売り上げを伸ばすために、ある考えを思いついた。市場調査をして、反応のありそうな客500人を選んで、ペンキブラシの木の柄を送りつけた。同時に“この柄の刷毛部分を半額で提供します。”と言うチラシを同封した。その結果、100人あまりの客が来て刷毛の他にペンキを少しばかり買って行った。しかし、大した売り上げにはならなかったが、今後の方策を考えるきっかけとなった。何とかしてもっと客が来るように出来ないものか? ブラシの柄は大して高くもなく、ほとんどの柄は、贈っても捨てられてしまう。 もしこれが柄だけではなく刷毛の付いた完全なブラシであったならば、もったいなくて、客は捨てはしないであろう。ブラシがあれば、きっとペンキを塗りたくなるはずである。そうすれば、ブラシを贈ったペンキ屋にペンキを買いに来るはずである。その時に、割引をして売れば、客が来るのは間違いない。早速、彼は有望な顧客を1000人ほど選んでブラシを贈ると共に、“貴方の部屋の改装をペンキ塗りで、お手伝いさせてください。このためにペンキブラシをお贈りします。当店は、このチラシを御持参のお客様には、本日から三ケ月以内はペンキを定価の8割で販売させていただきます。”と書かれたチラシを同封した。この方法は、多くの客から好感を持たれて、750人あまりの客がチラシを持って来店し、ペンキを買って行った。お客は、トリスキーの“抛砖引玉”策にまんまと乗せられてしまったのである。

 主体は客(相手)の心理であり、営業方法は客体である。繁盛しない店の営業は、往々にして主客が逆になっている。
 ブラシの柄を送る事を考えていた時は、まだ自分の商売ばかりを考えていて、客の気持ちを考えていなかった。客の立場で考えた時に、柄ではなく、ブラシを送る事を考え出せた。
戦いは、敵ばかり見てもダメ、味方ばかり見てもダメ。

(第十七計 了)