イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第十九計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第十九計 釜底抽薪(ふていちゅうしん)“釜の底から薪を抜く”

出典 北斉魏牧《為侯景叛移梁朝文》 “薪を抜いて沸騰を止め、草を刈って根を絶やす”


原文解釈 “その勢いに敵せず、しかして、その勢いを消しむるは、下手から上を攻めることが肝要である”
 敵が強力でまともに戦っても勝てないときは、敵の力の根源を見極めて、その要点の戦力の損耗を図ってから、戦えば勝ちを収められる。

 どこを抑えれば、敵の釜の沸騰を沈められるかを探し出すことが重要である。まさに、敵の弱点を見つけて攻撃することである。
 敵の弱点は、時間、場所、人、物等様々である。
考証  紀元前154年、漢王朝に対して、七カ国が叛乱を起こした。鎮圧に向かった漢の将軍は、まともにこの反乱軍と戦っても鎮圧できないことを悟り、反乱軍の兵站線を攻めることとした。当然、反乱軍も、この兵站線の防御を固めていたが、この将軍は、一方では反乱軍を正面から攻撃するように見せかけるため、反乱軍の兵站線を攻撃する我れの兵力を正面防御に回させて、敵の兵站防御を手薄にさせた後に、この兵站線を急襲して分断し、反乱軍の戦意も戦力も喪失させて、これを鎮圧した。

 兵站線を攻撃してから、その効果が現れ、敵が戦意や戦力を喪失するまでには、時間を要する。この作戦をとる場合には、攻める方も、それなりの覚悟と準備が必要である。

応用事例-1          “海運王オナシスの策略”
 サウジアラビヤは、まさに天の恵の石油を享受しており、1953年においては、世界の石油産出量は6.5億トンで、そのうち4000万トンがサウジの産出量であり、毎年5000トンから1億トンへと産出量を伸ばしていった。欧米の巨大な実業化がこれを見逃すわけがなく、先を争ってこの国の石油の採掘権とその運輸権益を得るために奔走した。ここにおいて、サウジのサウド国王とアングロサクソンぺルシャ石油(阿美石油)が独占的な石油採掘に関する契約に調印した。その内容は、1トンあたりの採掘につき、それなりの採掘費をサウド国王に与えるものであった。
また、採掘後の石油の世界各地への輸送はアングロサクソンペルシャ石油が行うというものであった。この高い利権防壁は堅固なものであり、他者の参入を受け付けないような内容であった。
 しかし、その後、世界の海運王となったオナシスは、当時この契約の内容をつぶさに検討した結果、サウジアラビヤが有する船団による石油の輸送を排除するものではないというこの契約の瑕疵を見破った。この契約は、他者の参入は受け入れないものであったが、サウジアラビヤが自分で行う石油海運は規定してなかったのである。即ち、サウジアラビヤは他者ではないのである。これにより、サウジアラビヤの石油海運権を独占するというアングロサクソンペルシャ石油の利権は、不利な状況となった。
 オナシスは、早速、サウジアラビヤ石油の海運権の獲得に乗り出した。オナシスは、電撃的にサウド国王との会談に成功し、老齢の王と長時間の密談を行い、国王自身が石油輸送船団を持つことを納得させた。数ヵ月後、オナシスとサウド国王は新たな協定《ジッタ協定(吉達協定)》は、世界を震撼させるものとなった。
 その内容は
 * サウジアラビヤ油船海運会社を設立する。
 * この海運会社は50万トンの船団を擁する。
 * 全てサウジアラビヤ国籍である。
 * この会社は、サウジアラビヤ油田の石油輸送を独占する。
 * この会社の株主はサウド国王とオナシスである。
 協定はオナシスの策略であった。この協定は実行され、サウド国王とオナシスの思惑通りになり、アングロサクソンペルシャ石油は致命的な損害を受けた。すなわち、石油の採掘権があっても、この石油を世界に運び出せなければ、何にもならなかったからである。運輸権が、石油の価格を決定付ける最大の用件であった。まさに石油販売の釜から運輸という薪を抜いてしまったのである。

 敵の薪を抜いて火を消すことも作戦であるが、敵に薪を沢山入れさせて、鍋を煮立たせて焦げ付かせるのも作戦である。作戦は、常に逆も成り立つ。

応用事例-2          “本当の薪は何か”
 ソフトソープ(液状石鹸)のメーカーであるミネトン社は、当初、小さな会社であったため、この新製品の「ソフトソープ」を販売すれば、P&Gやコルゲートのような大会社がすぐに類似品の生産を行い、自社の製品は売れなくなってしまうことを危惧した。このため、液状ソープの製造に必要な特殊ポンプのメーカーと長期的な独占的な供給契約を締結した後に、このソフトソープの販売を開始した。案ずるかな、各社もこの製品の販売を考えて生産に踏み切ったが、ポンプの量が不足したため、生産量が不足した。この間に、ミネトン社は大きな利益を上げることが出来た。

 二つの事例とも、本当の薪(重要なもの=弱点)は、相手の思いもよらぬ手段(船団とポンプ)であった。
 薪は、智慧と努力で見つかる。

(第十九計 了)