イワン・チェンナムの中国便り
-中国兵法「三十六計」全36回(第二十計)-

翻訳編集 イワン・チェンナム

 第二十計 混水模魚(こんすいぼぎょ)“水を混ぜて魚を探る”

出典 《三国志・蜀志主傳》 魚を素手で捕まえようとして手を水に入れても、魚はすばやく逃げてしまい捕まえられない。しかし、魚の周りの水をかきまぜて、水の泥を掻き混ぜると、魚の目をくらませることが出来るので、捕まえることが出来る。

原文解釈 “その陰乱に乗じて、その弱くして主なきを利す。隋は以って日暮に向かえば入りて宴息す”
 敵に内部の混乱を起こさせて、戦力が低下し指揮の乱れたところに付け込めば、思い通りの作戦が出来る。夕方になれば誰でも家に帰って休むように、予測どおりの全く無理のない方策がとれる。

考証  曹操がある敵国を攻めたときに、兵站が尽きたため、撤退か又は最後の総攻撃かの決断を迫られた。大方の武将の意見は、撤退して態勢を整えてから再起を図ることが良いとのことであった。しかし、あえて、曹操は“混水模魚”の策をとることにより、兵站が尽きる前に、最後の決戦に臨んだ。そのために、自軍の兵士に敵軍の軍服を着せて、敵陣に向かわせ、敵に援軍の来援と思わせて、敵陣に入り込ませた。そして、敵陣内に火を放った。敵兵は、火消しと曹操軍の対応の二手に分散させられると共に、火の手で視界が遮られて思うような戦いが出来ず、曹操軍に敗北した。

 曹操が、武将として高く評価される理由は“たとえ大方の武将が反対の意見を具申しても、常に、最後は自分の決断を武将に承諾させ得た”ことである。指揮官と武将の信頼関係があったればこそ出来た。

応用事例-1          “間組社長神部の思惑”
 第二次世界大戦後、日本では様々な復興計画が開始された。特に、電気の開通工事が全国的に行われた結果、道路の補修、ダム建設、電気工場の整備等が急速に行われていった。当時は、この戦後の復興建設には、5大ゼネコンの鹿島、大成、清水、大林そして竹中が当たっていた。
 当時、間組は、トンネルやダム工事の専門会社であった。神部社長はこの復興の機会を利用して更なる会社の発展を期して、営業活動の陣頭指揮をして飛び回っていた。しかし、5大ゼネコンの壁に阻まれてうまくいかず、営業から帰社しては、憤慨していた。彼はこの状況をよくよく考えた挙句に、“一流の大会社と認められて、それなりの体裁を整えない限りは、これ以上の会社の発展は無理である。”との結論に達した。
 “そうだ! 彼らが分からないようにして、一泡吹かせてやろう !”神部は意気軒昂、闘志満々の企業家であり、この好機にあたって、これしきの障害に挫けるような男ではなかった。そこで、常識的には考え付かないような策略を採った。そこで、彼は、当時の大手新聞社に多額の広告費を支払って、その新聞社に対して次の要求をした。“五大ゼネコンが広告を出す時には必ず間組のものも出す。間組の広告は、五大ゼネコンと同列にする。五大ゼネコンの新聞報道、論評等の全ての文章記述には、今後は間組の名前を加えて、五大会社の慣例を六大会社にする。”この、見返りとして、新聞各社に莫大な広告費を支払ったのである。
 この様な状況を知っている情報通は神部を嘲笑し馬鹿にしたが、建設業界は彼のこの仕掛けによって、翻弄された。一般の内情を知らない人々には、間組の名声は高まっていった。実際、神部社長の期待を裏切ることはなく、業績も会社の規模も拡大して、五大ゼネコンに迫るまでになった。三年後、神部の願いは実現し、遂に間組は名実共に日本の六番目の大建設会社となった。
 まさに、神部は、当時の建設業界を“混水”して“第六位の魚”を掴んだのである。

 “混水”には、度胸と行動が伴わなければならない。安定を願う人々は、“混水”は望まない。妨害や失敗の批判を恐れぬ勇気が必要である。 
 言うは易しく行い難し!

応用事例-2          “自動値下げの妙案”
 米国のボストン市の中心部に人目を引く高層ビールがあり、その屋上には“ホーリ連合百貨店”と書かれた大看板が掲げられていた。更に、最下の1、2階の入り口には“ホーリ地下自動値下げ店”と書かれていた。
 “自動値下げ”とは、この店独特の販売方法であった。それは、出品した商品は、基本料金表示の外に、売れていない商品は、一定期間ごとに自動的に表示価格を値下げしていく方法であった。例えば、13日間出品していても売れない商品は、その後20%の値引き価格となり、更に6日間のうちに売れない商品は50%引きとなり、更に6日経っても売れない商品は75%引きとなる。即ち、当初200ドルの表示価格は、13日後には、160ドルとなり、その6日後には100ドルとなり、更にその6日後には50ドルとなる。また、それでも売れない商品は、その6日後には、陳列台から取り去られて、慈善団体に寄付されてしまうのである。
 この百貨店の商品のほとんどのものは、中流階級向けの商品であり、品数も多く、サイズも各種あり、幼児向け用品から靴下、衣服、レジャー、体育用品等日常の生活用品が主要な商品となっていた。当然、この自動値下げ商品といえども、質量ともに悪いものではなく、むしろ、質量ともに申し分なく、客は買った後でも、もし何か商品に不都合があれば、何時でも商品の交換に応じた。この独特の販売方法はたちまち評判となり、各地から客が押し寄せて、必要な商品や安い商品を買い求め、業績も急上昇していった。この店は、値下げによる損失も出さずに、大きな利益を得たのである。
 一般の客は、ほとんど13日以内に買っていくのである。日常品はそんなに高くはなく、ましてや中産階級の客は、むしろ品質や品数に購買欲を誘われるのであり、“値下げ販売方法”は、客寄せの話題つくりであったのである。客は通常の販売方法の“清水”の状況から“かき回された水”の値下げ販売に翻弄されてしまったのである。しかし、この作戦のみに頼ったのではなく、商品自体も良質なものであったからこそ、客は商品を買い求めたのであることを忘れてはならない。

 策略(アイデア、作戦)には、結果が伴わなければならない。策士(指揮官)が策に溺れることもある。策略は、あくまで手段であり、目的は良い品を売ること(戦勝)である。
 苦労して練りだした作戦は、可愛いものであり、大切にしたくなり、かばいたくなり、信じたくなる。 無意味なことである。

(第二十計 了)